「イリス、いまどの辺りなのだ?」
「え、と…」
イリスの先導で北へと向かうカイル一行。ロウガの問いに、イリスは地図を確認してから返した。
「もうすぐランツァン大橋跡ね」
「ランツァン大橋か…」
カイルは、イリスの言葉に苦笑をもらしていた。
「…カイル?」
「いや、なんでもないよ」
見上げて聞くリアナに曖昧に返し、その視線をイリスに移す。
「そう言えば、イリスはどうして北に向かっているんだい?」
「あら?話していなかったかしら?」
イリスの中では既に話していた事になっていたようで、心底意外そうに問い返された。
「聞いていないよ、なにも」
「私も、詳しくは聞いた覚えが無いのだがな」
カイルが首を振り、ロウガが苦笑を浮かべて返してくる。
その様子を眺め見ながら、イリスは小さく溜め息をついた。
「探しているの」
「探している?」
「ええ。過去の文明を紐解く、その鍵となると言われる物を」
そのセリフで、ロウガの表情に険しい物がよぎった。
「──まさかイリス。君の探している物とは…」
「そう。“緋色の経文”、その断片とされる様々な記述よ」
肯定の言葉に、ロウガは嫌な物を聞いたような表情になる。
「やはり、そうか…」
「“ヒイロノ……キョウモン”?」
リアナが疑問を込めて、イリスに説明を求めている。
「かつてそう呼ばれていた、現在の文字とは毛色の違う文字で綴られた太古の書物よ」
これまで何やら考えている様だったカイルは、慌ててイリスの前に回り込んだ。
「文字から違う……って、もしかして聖刻文字(ワースフラグ)で書かれたって言う、伝説の…!?」
「伝説じゃ無いわ。緋色の経文は存在するのよ」
自分の両肩を掴みかねない勢いのカイルを手で払い、イリスは怒った様に足を速めた。
「さ、もうすぐ日が落ちるわ。野宿できる所を探しましょう」
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
やがて時が過ぎ、天空に星が瞬きだす。
リアナは既に眠っており、カイルとイリスも火の近くで寝転がっている。
ロウガは一人火の番をしながら、まだ起きているらしいイリスに問いかけている。
「しかし、イリス。君は緋色の経文を探して何をしようと言うのかね?」
「それ…は………」
イリスの脳裡に、一人の存在がよぎった。
「経文を、探してるかもしれない人がいるの。その人を探し出す為に……それだけよ」
「イリス…」
カイルは、イリスが時折見せる悲しそうな表情が嫌いだった。
少しでも、彼女の支えになりたい。そう思っているのに、そこには見えない大きな壁が存在しているかのように思えて仕方ないのである。
「まあ、何はともあれランツァン大橋を越えた先。そこに当初の目的があるのだろう?」
「ええ、恐らくそこから北に行った…」
確認するようなロウガの問いに、イリスは上体を起こして簡単な説明を始める。
「ランツァン大橋か…」
そんな面々を余所に、カイルは星の散りばめられた夜空を見上げていた………。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
それは、カイルがイリスと出会う一年ほど前の出来事であった。
「ここがランツァン大橋?」
カイルが周囲を見渡してから振り向くと、彼の連れが大仰に頷いた。
「うむ、そうじゃ。かつてこの大陸を分断していた大河の両岸を結ぶ生命線として造られた橋じゃ」
年齢不肖と言われても反論できないような、研究者とも商人とも取れる初老の男が説明する。
この男、つい先日カイルと行動を共にするようになったばかりの、自称『アイテムコレクター』ギャリクソン老と言う。
「しかし、今はここ以外にももっと安全に渡れる橋があるんだろ?なんだってここを通るんだ?」
それに疑問を抱きつつ、ギャリクソン老の背後から青年がもう一人姿を現した。
年の頃は、カイルと同じ位であろうか。ただ長身で整った顔立ちをしている事から、かなりの美青年に見える。
彼の名は、クシュト・ザールラント。カイルと故郷を共にする幼馴染みである。
「それはじゃな。この大橋に、とある秘密のアイテムが隠されているからなのじゃ!」
「「秘密のアイテム、ねぇ…」」
ギャリクソン老のセリフに、カイルとクシュトは同時に疑問の眼差しを向けて見た。
「なあカイル、本当にこのじーさんは当てになるのか?」
「ま…まあ、あまり人を疑い過ぎると良くないよクシュト」
そう言う割には、カイルもギャリクソン老の言う『秘密のアイテム』には甚だ疑問を感じている様だ。
「なんじゃお主達、まだワシの言葉を信用しておらんかったのか?」
「いや、まぁ…」
ギャリクソンが不満そうにかけた問いに、カイルは曖昧な笑みだけを浮かべて言葉を濁す。
カイルの口元は密かに引きつっている。
「しかしよ、秘密って言ってもどんな物かの説明も無いんだぜ?」
クシュトの意見に、ギャリクソン老は頭を振って返した。
「仕方ないのぉ…教えてやっても良いが、お主達にどこまで理解できるか…」
そう前置きし、ギャリクソン老は一つの石版らしきものを布の袋から取り出した。
「これが何か、お主達に分かるかね?」
「あ?石版だろ?そんなのどこにでも………!?」
差し出された石版を見たクシュトの言葉は、途中で失われた。
「なんだか、訳判らない言語が並んでるね」
カイルも同じように覗き込むが、これと言って変な所は見られないように思う。
「どうやら、クシュトには知識はある様じゃのぉ」
「…じーさん、これ…!?」
動揺しているらしいクシュトの問いにならない問いに、ギャリクソン老が大仰に頷いて返した。
「これぞ、緋色の碑文、その断片の一部じゃ」
今度こそクシュトは完全に声を失い、目を見開いた。カイルは…
「ヒイロノキョウモン????」
カイルの反応は、奇しくもリアナのそれと似通ったものであった。
「なんじゃカイル、お主はこの名前すら知らぬのか」
呆れ顔のギャリクソン老の声に、クシュトが小さく呟いた。
「……ああ、そっか。お前はあの時別の商隊の護衛だったもんな」
その言葉で、カイルは一月前ほどに請け負った護衛の仕事を思い出していた。
「ああ。あの大隊の護衛の?クシュトはその時に聞いたんだ」
「まあな。俺の雇い主の長話にはうんざりしたもんだが……」
先を催促するかのようなクシュトの目つきに、ギャリクソン老は一つ咳払いをして顔を引き締めた。
「とにかく。この町のどこかで緋色の経文と取れるものが見付かったとの情報があるのじゃ。それを探し出すのが、今回の依頼じゃよ」
「なるほどな…。実在すれば、確かに凄い事だよな」
まだ動揺している様子を抑えて、クシュトが皮肉げに口元を歪めた。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「この峠を抜ければ、ランツァン大橋が見え………!?」
先頭を行くイリスが、峠の向こう側の景色を見て絶句した。
「どうしたのイリス?……あ」
「これは……」
後に続くリアナとロウガも、同じように動きを止めた。
皆が目を見張ったそれは、ランツァン大橋の方から、まるで地面を抉ったかのように続くまっすぐな溝であった。
「………」
ただ一人、カイルだけがそれを見、静かに言葉を紡いだ。
「かつて、ここで戦ったその傷痕だよ」
「それは判るけど…それにしても、これは…」
「まるで、かつての大量殺戮兵器のような破壊力だな」
イリス、ロウガともにそう呟き、リアナは不思議そうにカイルを見上げた。
「…カイルは、どうして驚かないの?」
「………この傷痕を残す戦い。僕も…あいつも、その場に居たからね」
悲しそうに返し、カイルはかつてランツァン大橋に来た時の事をイリスたちに伝えた。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
それは、ランツァン大橋近郊の地下空洞で緋色の経文と見られるサンプルを一行が発見した帰りの事。
地上に出てすぐ、老を挟んで左右にカイル、クシュトが武器を構えた。
「…ヤバいぜ、この数は」
周囲を取り囲む魔物の群れを前に、クシュトが悪態をつき、カイルが武器を握る腕に力をこめる。
「この経文は、物によっては異形の生物を呼び寄せる性質があっての。その関係かも知れんな」
一人、ギャリクソン老だけが飄々とした顔を崩さないまま呟いていた。
「こんな時に、のんきだなあんたは」
「とにかく、何とかして突破しないと…殺されるよ」
カイルは少しでも優位に立とうと、現在の状況を見極めるように周囲を見渡した。
現在、三人は地下への建物の壁を背にしている。
その前方には、建物を取り囲むように扇状に有象無象の魔物たちが寄ってきている。
まだ、背後を取られないという事は利点と言えようが、それは反対に、背後に下がれないと言う事でもある。
どう考えても、絶望的な状況にしか感じられない。
「…まあ、確かに。切り抜けなければ死が待っておるな」
そう言いながら、ギャリクソン老は背中に背負った大きな筒を地面に下ろした。
「クシュト、カイル。多少時間稼ぎを頼む。そうすれば、ワシがすべて片付けてやろう」
「は?何を言って…」
「クシュト!…今は信じてみよう」
反論しようとしたクシュトも、他に手立てが思いつかなかったのか小さく舌打ちして魔物に向き直った。
「何とかしてくれよ。何とかならなきゃ、化けて出てやるからなじーさん!」
無茶な事を言いつつ、目の前に迫る魔物の群れに突っ込んだ。
「クシュト!無茶はするなよ!」
クシュトに攻撃を加えようと動く魔物の鼻先を、カイルの放った銃弾がかすめ牽制する。
「判ってる!フォロー頼むぜ!」
動きの止まった魔物を、クシュトの持つ細身の剣が切り裂いた。
息の合った連携で魔物を抑えている二人の背後では、ギャリクソン老が黙々と作業を進めていた。
地面に置いた筒に、どこから取り出したのか大量の部品をつなげていく。
次第にカタチを成すその様を見れば、人によっては絶句するかもしれない。
「完成じゃ、前を開けぃ、カイル!」
「!?」
声に半ば反射的に、カイル、クシュトは横に飛びのき、老の方を見遣った。
そこに見えたのは、まさしく…
「デッドリーキャノン、ファイアー!」
空気を切り裂くような光の束が、砲台から真っ直ぐに魔物の群れに突き刺さる。
圧倒的なエネルギーの余波を受け、飛びのいた時の体勢が不安定だったカイルは成すすべなく後方に吹き飛ばされていた…。
「…!?」
気を失っていたらしいカイルが目を覚ますと、そこには地面を深く抉る溝と、
「…クシュト!」
その溝の向こうで倒れているクシュトの姿があった。
「つっ、一体何が……な!?」
向こうも気を失っていただけのようで、すぐに顔を上げ、目の前の光景に絶句した。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「…まるで、本当のレーザーキャノンのような兵器だなそれは」
カイルから話を聞いたロウガは、苦渋を最大限に表したように顔をしかめている。
「で、そのお爺さんは?」
「…わからない。気づいた時には、もう姿が見えなかったから」
「そう……」
頭を振るカイルに、イリスは微妙な表情で返した。
(この橋に、彼は来ていたのかしら…)
周囲を見回すも、それで何が発見出来るでもない。それは、彼女が一番知っている事かもしれないが。
「ともかく、今の我々は北に向かうことを最優先としよう。イリス、それで良いかね?」
「ええ、もちろん」
うなずくイリスを先頭に、一行はランツァン大橋を超えて北へと向かう道をたどっていく。
〜to be continued to Page5〜
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