EPILOGUE 「時、刻んで」

  ゆるやかに時は流れ――
  私達がM13銀河からの帰還に用いた、銀河間距離を踏破可能な輸送艦を介して もたらされた技術は、恒星間移民船へと転用され、大半の地球人類も また、太陽系から巣立って行く事となる。
  やがては地球という星も、辺境の一惑星に成り果てていくのかもしれない。
  だがそれでも、人の持つバイタリティというものは、この宇宙の終わる瞬間まで尽きは しないのだろう。
  そう、思う。

  驚くべきことに――いや、大宇宙を行き交う者達にとっては、至極当然のことなのかも知れないが――帰り着いた地球は、我々が旅立った あの日から、60年以上が経過していた。
  そして、すっかり失念していたが、あの火星での一件は、地球規模の大逆罪と認定されていたらしい。
  らしい、というのは、60年後の この世界では、最早どうでもよい事と、受け取られていたからだ。
  帰還から数か月が過ぎ、周囲の騒ぎも醒め始めていた頃。
  丁度、季節は四月――春が訪れようとしている、そんな折。
  帰還民達で作った集落からは、少し離れた丘。
  私は、暇を見つけては この丘に登り、空を見上げるようになっていた。
  理由は……無いと言えば、嘘になろうか。
  大いなる白銀の翼が、その後どうなったのか。
  無論、知る者は無い。
  あのまま、ブラック ホールに消えたのだと考える者が、ほとんどだった。
  だが私は、何故か彼らの生存を信じて疑わなかった。
  この60年の間に、外部から太陽系へ進入してきたものは、我々以外には無いらしい。
  だとしても、こののち、帰ってこないと誰が断定出来るだろう?
  あの超戦艦は、必ず地球ここへ戻ってくる。
  ある意味で、それは今の私のり所の一つとなっていた。
  「先輩。また、春が来ます」
  柔らかな春の風に乗って、鼻を くすぐるような、微かな甘い香りが届く。
  「我々が地球を旅立ったのも、こんな日でしたね……」
  風の吹き去った方へ、一時いっとき視線を投げてから、また、空を見上げる。
  「僕等の子供も、もうとおになります。僕などは、三十路ですよ? 信じられますか?」
  蒼穹そうきゅうは、どこまでも果てが無いかに見える。
  その先は、誕生と消滅というドラマがダイナミックに渦巻く、宇宙空間へと続いている。
  「そうそう、無断で すみませんが、子供の名前は、先輩達から頂きましたよ。了承してないぞ、なんて、言わないで下さいよ? 先輩達が、帰って来ないのが いけないんですから」
  そんな事 言わないさ。
  「っ!?」
  耳元を吹き過ぎる薫風くんぷうが、そうささやいたような気がした。
  「う……っ」
  ざあっ、と、季節ときならぬ突風が辺りをぎ、私は思わず目を閉じる。
  1テンポ遅れて、大陸特有の花々が、宙に舞い散った。
  何であろうか、地響きか、竜巻にも似た遠鳴りが耳を打った。
  目を開けた時、そこに現れたのは――
  「――!!」

  この時 私の見たものは、何だったのだろう。
  私の願望が見せた、幻だったのだろうか。
  知る限り、以降の歴史に白銀の翼の名は、ついに記される事は無かった。
  後に残されたものは、結局、私達の悔恨かいこんの念だけだったのだろうか。
  求める答えは、今はまだ、どこにも無かった。

―― never ended passions…!!


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