……西暦2075年、春。
この年、旧オーストリアのシュタイアに程近い、山間の小さな山村から、二人の少年が旅立った。
「行くぜ、カイル」
「…ああ」
魔に対抗するべく、力を求め旅立った二人。
名を、カイル・デファー二とクシュト・ザールラント、と言う。
あれから、もう三年も経ってしまったんだな…。
僕はその時、中国最南端の町「クンミン」に居た。その宿屋兼食堂で、一人の女性が目に止まった。
「!」
それは、入り口で僕とすれ違いそうになっただけなのに、その人の目に一瞬だけ驚きが見て取れたからだった。
「…キミは?」
「……何か用なの?」
話しかけた僕を、その人は突き刺すような瞳で睨み返してきた。その表情には、もうさきほどの驚きは感じられない。
「あ、いや…別になんでも無いけど」
「じゃあ話しかけないでくれる?……悪いけど、今は機嫌が悪いから」
「あ、ああ…すまない」
最後の方は言葉になっていたかどうかわからなったけれど、その人は無言で二階に上がっていった。
「……」
何となく気になった僕はしばらくその後ろ姿を見送ったけれど、そのまま肩をすくめて食事に向かう事にした。
◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇
「何よ、あの子…」
一瞬、本当に錯覚した。“あの人”が帰って来てくれたんじゃないかって…。
「偶然なんて、信じていないはずなのに、ね……」
……なにやってるんだか。
私はベッドに倒れ、そのまま思いをめぐらした……
◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇───◇
「よう、カイル。どうだった?“小娘”の料理の味は」
「ああ、予想以上に美味しかったよ」
僕はあの店を紹介してくれた顔見知りの傭兵に笑顔を送り、宛がわれた部屋へと入った。
ベッドが一つ置かれているだけの簡素な部屋で、僕は床にあぐらを組んで座り込む。
「さて、と」
僕──カイル・デファーニの日課として、『相棒の手入れ』がある。
「…OK、かな」
ホルスターに仕舞ったハンドガンの動作状況を見て弾倉の残りを確認し、次に腰に手を伸ばす。
「……」
最近では滅多に見られなくなった、幅広で短めの鉄の剣。
じーちゃんの形見の剣『段平ちゃん』。名前はちょっとアレだけれど、切れ味はお墨付きだ。
僕は丹念に手入れし、いつでも戦いに備えられる様にしておく。
「“それが、傭兵たる者の基本だ”ってね」
少し前、大先輩に言われた口調を真似して見せて、手入れの道具を脇によける。
「…さて」
僕が立ち上がるのと同時に、
「魔物が来たぞ!!」
外から、伝令の声が聞こえた。…さっそく、か。
僕は剣の柄に手を置いたまま、廊下に飛び出した。
この町に関してだけじゃないけれど、最近は魔物やなんやらが町を襲う事も珍しくなくなってきている。
もっと酷い時は、魔物なんか足元にも及ばないほどの“悪魔”のお出ましとなるんだけれど、幸運な事に僕は未だに出会った事がない。
だからこそ、僕のような流れの旅人でも、“傭兵”と言う職にありつけるんだけれど…ね。
「第三傭兵隊は左方に展開、挟み撃ちにするぞ!」
『おう!』
現場の傭兵長の指示に、僕を含めた傭兵の三分の一が左に回り込む。
「でぇいっ!」
間近に迫った魔物の一体を切り伏せ、僕は一歩前に出る。
「あまり無茶するなよ若いの!」
「分かってますよ」
この町に先に着いていたらしい年かさの傭兵に軽く返して、僕は次の獲物を狙って走る。
「このまま一気に押し返してやれ!!」
傭兵長の叫び声に、僕らの士気が上昇し、魔物を徐々に圧し始め、
─ゥォォォ…………ン─
「え?」
それは、あまりにも唐突に起こった。
「がっ!?」
強風に吹き飛ばされた。それが、最初に思った事。背中から地面に叩きつけられて初めて、全身に痛みが響く。
「…ぐっ」
全身を襲う意味不明な激痛に耐えながら上体を起こし…
「な………」
僕は、言葉を失うしかなかった。
荒野にたたずむ、たった十数名に減った傭兵たちと、一人の魔物。
そして、周囲に転がる、幾つもの魔物と傭兵の死体。
動けないでいる僕の目の前で、傭兵たちが武器を構える。
瞬時にその魔物を取り囲み、全く隙のない連携でそれぞれの相棒を掲げ突進する。
魔物の顔が、嘲笑に歪んだ気がした。
次の瞬間、僕は慌てて目を逸らした。
それでも、生肉を斬る独特の音は暫く僕の中に木霊しつづけていたが。
やがて、気が付けば。
荒野に立つのは、その魔物だけだった。
魔物…いや、あれは…
「デー…モン」
僕の呟きが耳に入ったのか、悪魔が僕の方を向く。
ニィ、と、なんともイヤな笑顔を送って、僕に向かってゆっくりと足を進める。
僕は、ただ震えて見ているしかなかった。思考も止まり、今の状況を頭脳が拒否しているのを、心の何処かで誰かが観察している気分。
だけど、悪魔は一直線に僕に向かってきている。あと、数メートル………
と、
「悪魔…ね。昼間から随分と威勢が良いわね」
その声が、町の方から聞こえてきた。
悪魔と僕の視線が向く先で、一人の女性が立っていた。
「これだけの人数を殺したのよ。言い訳は聞かないわ」
それは、食堂ですれ違った、あの人だった。
「さあ、戦いを始めましょうか」
その人は悪魔を挑発する様に見下した声で言うが、悪魔は動こうとはしない。…警戒しているのだろう。いきなり現れたその存在を。
「こちらに先手をくれるの?…その余裕、高くつくわよ!」
腰に下げた細身の長剣を構え、女性が地を蹴った。
…疾風。それが第一印象だった。
瞬時に間合いを詰め、悪魔が攻撃に移るよりも更に速く剣を振るう。
斬撃と刺突が流れる様に繰り返され、悪魔は何も出来ないままに無へと帰って行く。
「す…凄、い…」
僕の呟きを聞き取ったのか、その女の人が僕の前に歩いて来た。
「大丈夫?」
息を少し弾ませて、黒と銀の瞳が僕を覗き込んでくる。
左右で色が違う、印象的な瞳。
長いブロンド髪が風で揺れ、女の人は少し眉をひそめた。
「…ねえ。本当に大丈夫?生きてる?」
「…あ、う、うん。助けてくれて…ありがとう」
僕はなんとか言葉を搾り出して、その場に立ち上がった。
「まあ、悪魔に初めて出会ったら、生きた心地はしないでしょうね」
女の人は軽く肩をすくめて、町に戻りかけた。
「あ、ね…ねえ、キミ!」
僕が慌てて呼び止めると、少し不審な表情を取りながらも振り返ってくれる。
「キミの名前は?僕とそう年は変わらない様に見えるのに、本当に凄腕の剣士なんだね。
あ、ぼ…僕はカイル・デファーニ。出身はオーストリアの方なんだけど」
少し慌てた口調で喋る僕の様子を少し眺めていたけれど、その人は冷たい口調で返してきた。
「イリス・カラハス。出身は北欧よ。それじゃ」
「待って! 待ってよイリス!!」
「…まだ何かあるの?」
面倒そうに立ち止まったイリスの前に回り込んで、僕は頭を下げた。
「お願いだ!僕に剣を教えてくれ!」
「は?」
その声からは迷惑と思われていることは明らかだったけれど、僕は続けた。
「僕は強くなりたい。強くならなくちゃいけないんだ!
もう……大切な人を守れずにいるのはゴメンなんだ………だから、」
「…分かったわよ。分かったから顔を上げて」
僕が顔を上げると、イリスは片手を頬に当てながら大きく溜め息をつき、面倒そうに聞いてきた。
「それで、いつまで教えれば良いのかしら?」
「僕、旅の途中なんだ。…って言っても、目的地が明確な旅じゃ無いからさ。イリスに着いてく」
笑顔で言って、僕は片手を差し出した。
イリスは少し硬直してたけれど、諦めたように苦笑を浮かべた。
「これからよろしく、イリス!」
「…はいはい。よろしくね」
苦笑を浮かべたまま、イリスは僕の手を握り返してくれた。
〜to be continued to Page2〜
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