カイルとイリスに、ロウガとリアナが合流してから数日後。
「ここね、ターリーの町は」
「ここが…」
紛いなりにも地図を持っているイリスを中心に、カイル一行は北を目指して進んでいた。
「ターリー。典型的な、捨てられた街か」
「なんだか…さみしい、ね」
昼の光は無人の町並みを容赦なく照らし、人が暮らさなくなって久しいその現状を目の当たりにさせていた。
「この街も、数年前までは栄えていたのだがな。このご時世、一寸先は闇と言う事だな」
「あ、ロウガは昔この街に来た事が?」
「まあ、少しばかり若い時分にな」
カイルの問いに、ロウガは軽く苦笑を浮かべて返した。
「あなたの若い頃って、なんだか想像できないわね」
「おいおい、これでも私は若い頃は街中の人気者だったのだぞ?」
イリスがロウガを見上げながらそんな事を言い、ロウガも軽く笑顔を浮かべながらそれに返す。
そんな遣り取りが暫く続いた頃。
「ここが、街の中心地…だよね?」
人の温かさが感じられない町並みに根源的な恐怖を抱いているのか、リアナがイリスの服を掴んだまま周囲を見まわしている。
「人が、住む事を諦めた土地か…」
カイルには何か思う所が在るのか、誰も動く者のないかつてのメインストリートを寂しそうに眺めている。
「…とりあえず、近場で一晩の宿を借りれそうな建物を探しましょう。もうすぐ一雨来そうな天気よ」
「そうだね。商店街跡にでも行って見ようか。そこならお店もあっただろうし、宿屋も見付かるかもね」
西の空を見上げながらのイリスの意見に賛同し、カイルが移動を開始した。
こうして、彼等はターリーの街の繁華街跡へと足を向けた。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
何故、この街に人が住まなくなったのか。
それは、かつて起こった大戦が大きく関係している。
人間の生み出す過剰な兵器は、各国で切磋琢磨されて、“殺人兵器”から“地球破壊兵器”へと規模を変えて行った。
そんな兵器が使用された結果、世界各地で地殻変動を伴う自然災害紛いの現象が相次ぎ、世界中の人口は瞬く間にその命を奪われていったと伝えられている。
こうなってくると、人間は特定地域に集中して生活を送るようになり、各地を旅して物資交換を行う行商人でもない限り、生まれた土地を離れる事は久しく無い状態となっていった。
そしてその過疎化に拍車をかける存在があった。
魔物、悪魔…。呼び方は様々なれど、いわゆる『異形の生物』たちである。
それまで物語の上の登場人物でしかなかった彼等は、大戦末期に突如として大量発生しはじめた。
彼等は当然の如く、動物・植物関係無く全ての存在に攻撃を始めてしまった。
そして、『兵器』という牙を無くした人間にとって、魔物たちはそう簡単に太刀打ちできる存在ではなかったのである。
こうして、大地を我が物顔で闊歩していた人間は、魔物に怯えながら少数で集まって日々を生きる存在に変わって行ったのである。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「………」
吹きさらしより幾分かマシな程度の酒場跡で、カイルはカウンターの椅子に腰掛けて雨を眺めていた。
イリスとリアナは奥まった場所に位置する、唯一完全に雨が届かない部屋で仮眠を取っている。
ロウガは、カイルの横の床に座って瞑想を続けている。
カイルはそんなロウガを眺めるでもなく眺めながら、時が過ぎるのを待ちつづけていた。
雨が木の板を打つ音だけが世界を支配し、時の流れを極端に遅く感じさせている。
「…そう言えば」
これまで一言も発さなかったロウガの唐突の声に、カイルは必要以上に驚いて椅子から滑り落ちそうになってしまった。
「な、なんだい?」
「カイルは、イリスと旅を始めてから半月も経っていなかったのだな」
「そうだけど…それがどうかしたの?」
椅子に座り直したカイルは、ロウガの言いたい事が判らず少しうろたえている様に見える。
「いや、なに。イリスの事なのだが…カイルは気が付いているか?」
「気が付いて…って、どう言う事だよ?」
ロウガの言いたい事が思い当たらず、カイルが首を傾げて問い返した。
ロウガは軽く肩をすくめ、首を振った。
「彼女からは、何やら張り詰めた緊張感を感じる」
「緊張感…」
ロウガの言葉に思い当たることでも在るのか、カイルの表情が僅かに曇った。
「時折、悲壮感すら感じるほどに思えるのだが…カイルには心当たりがあるかね?」
「いや…分からない。僕には、出会う前の事は何も話してくれないから」
「そう…か」
カイルの言葉が嘘でない事が理解できたのか、ロウガはそこで会話を切って上空を見上げた。
「雨が強くなって来ているな。移動するか」
「あ、うん」
静かに立ち上がったロウガに続いて、カイルも腰を上げる。
「確か、イリスたちが使ってる横の部屋が比較的ましだったよね?」
「ああ、そうだな」
カイルが奥へ続く扉を押し開け、ロウガが掌に小さな炎を生み出す。
灯り代わりに使うのだろうその炎を、カイルがまじまじと見つめている。
「この炎が、どうかしたかね?」
「あ、いや。何度見ても凄いなって思って。ロウガの手品」
「……」
カイルの感心したような声に、ロウガの表情が軽く引きつった。
「手品…ではないのだが」
「え? そうなの!?」
心底驚いているカイルに、ロウガは不安になって聞いてみた。
「カイル。二三、質問があるのだが」
「ああ、なに? とりあえず、部屋に向かいながら聞くよ」
二人並んで歩き出してすぐ、ロウガが問いを口にする。
「異能者という存在を、君は知っているかね?」
「イノウシャ…?」
「…で、では。サイキック・パワーについては?」
「さい…何??」
「…………」
ロウガは軽く嘆息し、『部屋に着いたら説明しよう』とだけ言った。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「異能者とは、有体に言って常人からは考え様もつかない能力を所持している存在の事だ」
「考え様もつかない?」
「そう。例えば、この様に…」
ロウガが手を前にかざすと、それに従って風が起き、部屋の端にある小さな樽を両断した。
「…常人からすれば原理すら不明な能力の事だ。この能力の事を、私はサイキックと呼んでいる」
カイルは両断された樽を凝視し、固まっている。
「この様な攻撃的なサイキックだけでなく、リアナの扱うように人体に働きかけて代謝を活性化し、傷を癒すような能力を持つ者もいる」
「サイキック…か」
ある程度落ちついたらしいカイルが、何やら考えながら言葉を繋いだ。
「それってつまり、物語の中で言う“魔法”みたいな物、って思っちゃって良いのかな?」
「まあ、原理は違うだろうが…発現される力は似通った所があるな」
「へー…あ、そだ!」
何かを思いついたのか、カイルは瞳を輝かせてロウガの方を向いた。
「その能力、僕やイリスにも使えるのかな?」
カイルの言葉に、ロウガは軽く目を見開いた。
「…いや、無理かも知れんな。この能力を有すると言う事は、それは“人としての道を外れる”事と相違無いしな」
ロウガは『使えない方が人間らしいさ』と自嘲の様に付け加えてカイルへの講釈を終了させた。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
ロウガとカイルが酒場を後にして暫くした頃。
酒場のドアを開けて雨の通りに飛び出た人影があった。
降りしきる雨に打たれていつもより更に小さく見える背中が、街の北を目指して歩いていく。
暫く進んだそこは、街の人が眠る墓地となっていた。
少女はその片隅にしゃがみ込み、近くに落ちていた木の板で地面を掘り始めた。
「…くしゅっ!」
途中、寒いのか小さなくしゃみを交えながらも、少女の前に小さな穴が出来あがる。
少女はそこに、左手に持っていたネックレスを置き、その表面を一度撫でた。
「お母さん…お父さん…」
それは、少女の両親の形見。少女と両親を繋ぐ、唯一のネックレスだった。
「…………」
雨だけでなく別の物まで流れ出した顔を乱暴に拭って、少女は穴を埋め直し、用いていた木の板をそこに突き立てた。
「…………。」
少女は誰にも聞こえないほどの声で何事か呟き、その即席の墓の前で静かに両手を握り合わせた。
やがて、少女は静かに立ち上がり、振り返っ──
「!!」
真横に飛んだ。
今の今まで少女が膝をついていた場所に、槍のような黒い物体が突き刺さっている。
その槍からは細長い紐が続いており、それを辿ると一つの黒い塊に行きつく。
「────」
尾を槍のように変形させた、体長数メートルのトカゲ。
「…魔物……」
少女は身構え、トカゲの瞳を睨み付ける。
だが、トカゲにはそれが虚勢である事がわかっているのか、ゆっくりと、しかし確実に少女に歩み寄っていく。
少女の足はすくみ上がり、一歩も動いてくれそうにない。まさに、蛇に睨まれた蛙状態だ。
トカゲが少女の目前まで到達し、後ろ足で立ち上がった。
少女を見下ろす位置から、鋭い爪が生え揃った前足が大きく振りかぶられ、雨の世界に無音の乱れを生み出す。
「───っ!!!!」
少女は目を見開き、顔を絶望に染めた。顔を背けたくても、身体が言う事を聞いてくれない。
爪は無残にも振り下ろされ、
──ザン──
銀の光に両断された。
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「リアナ!?」
廊下から聞こえた悲鳴のような声に、カイルとロウガは瞬時に覚醒状態に戻る。
一度顔を見合わせ、頷きあって同時に部屋を飛び出す。
「イリス、どうしたの!?」
廊下に居たイリスは、いつもからは考えられないほどにうろたえていた。
「カイルっ!リ、リアナが…リアナが!?」
「落ちつきたまえ、イリス。冷静に、何があったか伝えられるかね?」
「あ、ぅ…はい」
ロウガがイリスの両肩を握り、無理矢理に落ちつかせる。
「イリス。リアナがどうしたの?」
カイルがイリスの目を覗き込みながら聞くと、イリスは今にも泣き出しそうな表情になっていた。
「リアナが、部屋から居なくなったの…!」
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
斬り飛ばされた腕は、瞬く間に灰と化して雨に融けて消えた。
「……」
瞬時にその世界に生まれ出でた様に、トカゲを切り裂いた存在がリアナの前に姿をあらわした。
全身を黒いコートで包み、その下から黒いシャツが見えている。
髪は燃え盛る炎の様に赤く、瞳も雨を寄せつけないかの様に燃え上がっている。
「…雑魚が」
一言言い放ち、男の腕が動き、銀の軌跡を残す。
ただ、それだけで。
魔物(トカゲ)が霧散して消え去った。
男はその感触を確かめる様に右手を二三度握り、初めてその存在に気づいた様にこちらを向いた。
「…ニンゲンか?それとも、魔物か?」
「わ…わたしは……人間、です」
「そうか」
それだけの遣り取りで、男は墓場を後にする様に動き出した。
「…あ!待って!待って下さい!!」
リアナは必死に身体を動かし、その男にすがりついた。
「…どうした?」
振り払われるかと思ったが、男は静かに見下ろしただけで足を止めた。
「あの、助けてくれてありがとうございます。あの、わたし、あなたが来てくれなかったら…」
「“ありがとう”…? 何だそれは?」
「え?」
男の言った事がすぐには伝わらず、リアナは暫く男を見上げて硬直した。
「あ、の…わたしは、あなたに助けてもらえたから、感謝の気持ちを伝えたかったんですけれど…」
もしかして外国の人かな、そんな事を考えながら説明したリアナに、男はつまらなそうに目を逸らした。
「別に助けた訳じゃない。私は、ニンゲンの行動を見聞しているだけだからな。その見聞対象のニンゲンを殺す事はしない。それだけだ」
「……????」
リアナは男の言いたかった事が判らず、表情に疑問符を浮かべる。
「えっと…ともかく、ありがとうございました。もし良ければ、お名前を教えていただけませんか?」
「名前か…貴様は?」
「あ。わたしは、リアナ・ヴィオラって言います」
「私は…」
◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇──◇
「とにかく、街のどこかに行ったのかもしれない。手分けして探そう!」
「ええ」
「了解した」
カイルの声で三人が酒場から踏み出そうとしたその時。
──キィ……──
小さく軋ませて、リアナが扉を開けた。
「あ、みんな…?」
「リアナ!?」
イリスはそのまま飛びつき、リアナを抱きしめた。
「どこに行ってたのよ…!私、心配したんだから……っ!!」
「ご、ごめんなさいイリス」
いきなり泣き付かれるとは思ってもいなかったのか、リアナはそうとう戸惑っている。
「貴殿が、リアナを見付けてくれた様ですな。感謝します」
ロウガがリアナの背後に立っていた男に気付き、軽く頭を下げる。
「いや、礼を言われることではない。…ではな、リアナ」
「あ、ナジェディクさん。ありがとうございました。…また、何処かで」
「…ああ」
ナジェディクと呼ばれた男は、リアナに背を向けたまま軽く手を振って雨の中に歩み出していった。
その後ろ姿を、ロウガが睨み付けるような表情で見送っている。
「………」
「ロウガ?どうしたんだ?」
「ああ、いや。なんでもない」
カイルがその視線に気付いて声をかけたが、ロウガはすぐに表情を和らげてしゃがみこんだ。
「さて、何があったのか聴きたい所だが…」
リアナの顔を覗き込むようにしているロウガが、やや厳しい表情で続けた。
「まずは身体を洗わねばな。全身泥だらけだぞ?」
「「あ…」」
その事に今気付いたのか、リアナとイリスが小さな声を上げて顔を見合わせ、同時に苦笑を浮かべた。
「奥で身体流そうか、リアナ」
「はい!」
イリスがリアナの手を取って立ち上がり、リアナを連れて店の奥に向かって行った。
そして次の日。
「ん〜っ。雨も上がったわね」
酒場入り口から、イリスが小さく背伸びをしながら出てきた。
「それでは、出発するとしようか」
「そうだね」
「はい」
ロウガの号令で、カイル一行は北へ向けての行軍を再開する。
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