PHASE_3 「破壊と創世のやいば

  古典には、ほとんどと言っていい程に、“幸せな結末ハッピー・エンド”の物語が無い。
  それも、洋の東西を問わず、だ。
  人間てのは、どうあっても、悲観的になる様に出来ているのかね。

  スローモーションのように、一条の閃光が、片方の艦を貫き――
  まばたきの間に、それは爆発の華となった。
  「えっ?」
  ほぼ予測のついた事ではあれど、消えた光の線を逆に辿れば、遥か遠く、艦隊が居た。
  そして、こんな非道な手を使うならば、指揮しているのは、あの男以外に有りえない事も。
  『クククク、汚い花火だが……少しは腹立ちも紛れようと言うものだ』
  「……!?」
  ゾッとするような、のど奥からの笑いが、通信モニター越しに届く。
  『さあ、次は どいつを狙ってやろうか?』
  しくてたまらない、といった風に。
  まるで、次に遊ぶ玩具を決めあぐねる子供のように。
  スヴェード・ロドラームは笑っていた。
  「!! こ、んな、時に……!?」
  いまだ安定しない異能力を、運悪く発動させたレイジは、聞いてしまう事となる。
  死にく人々の、断末魔の声を。
  祈る声。
  呪詛じゅその声。
  助けを求める声。
  本来聞こえる筈の無い真空を貫いて、レイジの脳に突き刺さる、声無き声達。
  「う、うああああ!」
  その膨大な怨嗟えんさの与える苦痛に、許容を越え、意識を失うレイジ。
  意識の途切れる寸前 よぎったのは、もしや美緒も同じ痛みを受けているのではないか、という心配だった。

  G・サジタリアスの艦橋では、無駄と知りつつ繋いだ通信モニターは、しかし、ノイズしか発しなかった。
  『お、れは……。俺は、また……ッ!』
  思い出したくもない、思い出すべきでは なかった過去の光景が、嵯峨の脳裏にフラッシュバックする。
  コスモ・シャドウが、いや、誰もが、岩の様に動かなくなっていた。
  動けなかった。
  「おっさんっ!」
  『嵯峨……』
  艦橋では、志賀が叫び、艦の意思――ソウマは、唯一 嵯峨の事情、心情を知る者として、今、嵯峨がおちいった心の間隙をおもんぱかっていた。
  その時。
  『お・お・オお・お……』
  「!?」
  通信モニターから、嗚咽おえつとも、うめきとも とれない、嵯峨の声が届く。
  『おおおおおおおおおおおおッ!!』
  それは絶叫に変わり――
  そして。
  「なっ!?」
  「何が!?」
  輝いていた。
  コスモ・シャドウが、色に。
  いや、そうではなかった。
  良く見れば、コスモ・シャドウの機体表面には無数の亀裂が走っており、そこから光が漏れ出していたのだ。
  右腕部や左脚部は既に崩壊しており、発する光は、あたかも人の身体の形をしているかに見えた。
  機体の崩壊は加速度的に進行、頭部から生じた髪状の部分は、恒星が噴き出すコロナを連想させる、赤。
  更には、そのまばゆい光 放つ巨人の右手に、何かが生まれようとしていた。
  (……!!)
  ソウマには、ソウマにだけは、見覚えがあった。
  それは、かつてソウマ自身が斬り結んだ記憶を持つ物。
  色の神から受け継がれた、黄金に輝くやいば
   失われた筈の、この世ならざる力。
  それが意味するのは――“絶対の”破壊。
  『よせっ! 嵯峨!!』
  そこに思い至ったソウマも また、叫んでいた。
  嵯峨には、届いている筈、だった。
  だが、止まるどころか、コスモ・シャドウの――いや、金色こんじきの巨人の――手にする剣は、更に輝きを増してゆく。
  一閃。
  衝撃波が、宇宙空間を走る。
  振り抜かれた大いなる神のつるぎは、有りべからざる現象を引き起こした。
  それは、真空を引き裂き、、帝国艦隊へ迫る。
  何という光景なのか。
  誰もが声も無く立ちすくむ中、マセラトゥだけは辛うじて、状況をモニターしていた。
  「巨大な重力震を感知! ……!? 違う、こレは……時空震!?」
  直後。
  ディメンジョン・クリスタルを含む、数層の防御システムを有するG・サジタリアスをして、激震が襲った。
  「うわあああああッ!?」
  過ぎたのは、何秒か、それとも何分か、或いは何時間だったか。
  「う……」
  「何が……?」
  時空震が収まり、席から投げ出されたりして、気を失っていた者達が、起き出す。
  そして、彼等が見たものは――
  眼前には、何も無かった。
  そこに居た筈の、決して少なくない数の帝国艦隊が、スヴェード・ロドラーム諸共もろともに、ちり一つ残さず消え失せていた。
  ただ、一機。
  半壊したコスモ・シャドウだけが、所在なげに漂っている事を除いて。
  「何が、起こったんだ……」
  『嵯峨……。君は、また……』
  ソウマの その呟きは、誰にも届かない。
  時空さえ越える超戦艦の、むなしい呟き。
  それに応える事の出来る者は しかし、今は居なかった。

  難を逃れた側の連合艦は、もう一艦が撃沈させられた時点で、既に超高速航法を起動させていた。
  よって、G・サジタリアスからの通信を受けて、初めて事件の顛末てんまつを知る事となった。
  現場では、外に出ていた二機の回収作業が行われ、レイジのガトリング・ホーンは、シモンの乗るツール・ホーンによって。
  半壊したコスモ・シャドウは、志賀のコスモ・フラッパーによって、回収された。
  自己修復機能を持つ筈のコスモ・シャドウは、だが、損壊した部分に何の変化も見られなかった。
  意識を失っていた二人は共に、医務室に運ばれ寝かされた。
  ほとんどの乗員がふねを降りた後だった事もあり、その治療には原田姉妹と優子が当たる事となる。
  程なくして、レイジの方は目を覚ましたが、それから一週間あまり、嵯峨が目を覚ます事は なかった。
  どの道、G・サジタリアスも また、エネルギーの蓄積充填じゅうてんの為、恒星近傍に腰をえていた為、動く事は出来なかったのだが。
  言い知れぬ想いを、誰もが抱えながら、時間だけが過ぎ去っていった。

  僕は、展望室で、見るとなく赤色巨星を眺めていた。
  赤色巨星に照らされた展望室内は、赤に染まっていた。
  そうして赤い空間に身を置いていると、あの時 見ていた木星を思い出す。
  もっとも、色味は多少違ったが。
  (僕は……僕等は一体、こんな所で何をしているんだろう)
  恒星の光に遮られ、かすかにではあったが、ほんの少し視線をらせば、そこには確かに、渦を巻く銀河系が目に出来た。
  正確な場所は僕には判らなかったが、その中には太陽系が、地球がある。
  オルテガさんを、東条さんをうしない、今また、100人近い人達が犠牲になってしまった。
  人が死なない戦争などない。
  それは判っている。
  だけどそれは、ただの知識、いや、結果論だ。
  犠牲者を数字として数えるかのような、人の心を感じられない論理だ。
  死んでいった人達、一人ひとりに それまでの人生があり、他者との繋がりが、自らの考えがあった筈なのだ。
  数字に換算できるものではない。
  人が、人の命を奪う。
  太古の昔から絶えない事だ。
  人類の祖先に近しい種である類人猿は、他の群れの個体を見つけると、陰湿なまでに袋叩きにして、殺すらしい。
  結局、“猿”から“人間”へ、呼び名が変わっただけで、中身は何も変わっていないのかも知れない。
  一体、人とは何なのだろうか。

  嵯峨さんが目を覚ますまでの数日は、対象の判らない焦燥感にさいなまれる日々になった。
  理由も判らないのに、心の奥底から、焦りだけが突き上げて来るのだ。
  だからこそ余計に、どんな内容でも いいから、今は嵯峨さんの言葉が聞きたかった。
  意識を取り戻した嵯峨さんは、艦に残った全員を艦橋に集めた。
  だけど、全員が集まっても、しばらくの間、嵯峨さんの口は閉じられたままだった。
  これから しようとしている話は、本来、誰かに語るべきものではない、と考えている様に、僕には思えた。
  嵯峨さんの、かすかな思惟しいを読み取ったのかも知れないし、ただ単に、僕がそう考えただけかも知れなかったが。
  「聞いて欲しい話がある。俺自身と、俺の――動機に関わるものだ」
  ようやくに、嵯峨さんが口を開く。
  それはおおむね、僕の聞いた話と大差は無かったが、付け加えられた部分も少なからず あった。
  20世紀末。
  紛争の絶える事は無かったものの、世界的に見て、当時の地球は平和だと言えた。
  だが、平和を享受きょうじゅする事で爛熟らんじゅくした文明は、人心の退廃たいはいを招き始めていた。
  「それが、あんなを引き起こしたとは、思いたかぁねぇが……」
  嵯峨さんは、後々知り得た情報からの推測だが、と前置きして、語り始めた。
  当時の嵯峨さんは知らなかったが、異変は十数年前から始まっていたようだった。
  やがてそれは、目に見える形で人類の前に現れる。
  西暦1997年。
  闇の勢力との戦いが始まると、一挙に地球規模の危機へと拡大する。
  人類史から秘されし緋色の神によって、嵯峨さんを始めとする何人かが選び出され、戦闘は本格的なものとなる。
  戦いの中、世界中で――それは とりもなおさず、嵯峨さん達の周りでも――多くの犠牲者が出た。
  最終的に闇の勢力は、嵯峨さん達と、よみがえった緋色の神の手により、打ち倒される。
  何時いつの時点で そうなっていたのかは、もう定かではないが、この時点で既に、嵯峨さんの内には緋色の神の力が継承されており、なし崩しに二代目の惑星神としてる事となっていた。
  そこから100年、戦いは続き――
  ついには、すべての闇の勢力が駆逐されるに至る。
  「シかシ……」
  「とても信じられないな。この世界に、魔物が居ただなんて」
  「過去は過去さ。今、この世界に そんなモノは いないんだろ? だったら、それでいいじゃねえか」
  志賀さんが、すっぱりと切って捨てる。
  それは、悩むべき時と、動くべき時というものを、心得ているという事なのだろう。
  「これは俺の考えであって、あくまで推論の域を出ないが、やはり この世界に神は居ないんだろう。緋色の神にしたところで、神とあがめられていた時代も あったようだが……単に、“高次元の存在”だというだけの話だと、俺は考えている」
  御堂さんなどが居れば、神の力を受け継いで おきながら、言う事か、とでも言っただろうか。
  だが、問題は実は、この先にこそ あった。
  現在に至る、G・サジタリアスについての話は聞いたが、ここでも付け加わった話があった。
  それは、ただでさえ想像を越える嵯峨さんの生き様の中でも、到底 受け入れ難いものだった。
  「俺は ここで、新たな闇を呼び込まぬよう、人の世をぎょする事にした」
  一個人が そんな事を言っても、夢想家だと一笑にされて終わるのだろうが、それを嵯峨さんが言うならば、意味合いは極端に変わってくる。
  人としての肉体を失い、半ば永久に在り続けられる身体となり。
  あまつさえ、高次存在の力すら持つのだ。
  それは、もう文字通りの“絶対”支配者と、呼んで良い存在なのでは なかろうか。
  影に日向に、人類史への介入は続けられ、その結果として今の地球があるのだと、嵯峨さんは語った。
  けれど、それなら何故? と思わないでもない。
  考えが上手く まとまらず、何が どう、と言えないのが もどかしいのだが。
  何かが、何かが ちぐはぐな気がした。
  綺麗に噛み合っていない歯車を、少々無理をして回しているような……そんな違和感が残った。
  「そうは言っても――」
  話終えた筈の嵯峨さんが、言葉を継ぐ。
  それは、独り言だと すぐに知れた。
  「またぞろトラウマなんぞに いい様に転がされてるんだ。俺もロクなもんじゃねぇな」
  自嘲の意味しか無かったのだろう。
  嵯峨さんの顔には、何の表情も見いだせなかった。

  金色こんじきの巨人の手にした剣。
  観測の結果、それは、この4次元時空に由来する存在ものではない、という結論に至っていた。
  恐らくは、高次元世界より もたらされたもの。
  ただし、世界を支配する法則そのものが異なる以上、それを果たして“もの”とすら、呼んで良いのかは、定かではない。
  ともあれ。
  あの瞬間、そこで起こった、低次元時空と高次元時空の直接接触により、この4次元時空が、その物理的限界を瞬時に突破。
  あたかも空間が破砕したようにすら見える、超常的な現象を引き起こしたのだった。
  オルドス連合、首都星。
  「何という……恐るべき能力だ」
  男達が、スクリーンに映し出された映像に見入っている。
  「理論上、現行の如何いかなる兵器を持ってしても、奴には打撃を与えられまい」
  「そして、如何なる防御手段を講じようとも、アレを防ぐことは出来ない、か。……まさに、神か悪魔といった所だな」
  「何とも非科学的で不愉快な結論だが、致し方あるまい」
  「う、む。……しかし、ロドラーム君は惜しい事をしたね」
  「いや、潮時だろう。扱い易くは あったが、彼は少々やり過ぎる きらいがあった」
  「そうだな。戦争は所詮、政治のカードの一つ。目的は、相手を根絶やしにする事ではないのだからな」
  「民は生かさず殺さず。それこそが最善というもの」
  「電子と同じだよ。定められた軌道の中でのみ、自由であれば よいのだ」
  「お得意のフラクタル理論かね? ユーモアのセンスも あったとは、多才な事だな」
  「お褒めにあずかり光栄だ」
  話題は いつしか、心にもない世辞の応酬へと すり替わっていた。
  「さて、今後の事だが」
  流石に脱線が過ぎたと思い至ったのか、一人の男が話を戻す。
  「ふね処遇しょぐうについては、どうしたものだろうね」
  「今回の事で、帝国も少なからぬ痛手を負っただろうが、人材にしても艦艇数にしても、まだ五分に戻すには時間が必要だろう」
  「そうだな。今少し、役に立って貰わねば。一つ間違えば、全てが瓦解してしまい兼ねん」
  「では、みなの意見は一致という事で、よろしいか?」
  首座に座る男が、他の意見を待つ。
  「異論は無い」
  「私もだ」
  「……了解した。では、これで解散としよう」
  一人、また一人と席を立っていく男達の背後、そのスクリーンでは。
  コスモ・シャドウが変貌し、そして、人智を超えた力が物理法則すら破壊する様が、繰り返し流されていた。

  多くの乗員が去り、がらんとしたG・サジタリアスの艦内。
  その居住区画。
  志賀の部屋に、ウォンの姿があった。
  「今日も来たのかい、ウォンさん」
  「すまない、迷惑だったろうか? そうであれば控えるが」
  「あ……いや。そういう意味じゃなくてさ。熱心だなぁと思って」
  誤解を与えそうになっている事に気付くと、志賀は慌てて訂正を入れた。
  ウォンは、G・サジタリアスに着任して直ぐの頃から、度々 志賀の部屋を訪れては、地球の文化について質問攻めにしていた。
  何故 志賀だったのか。
  切っ掛けは、そう大した事ではなかった。
  単に、気になった――或いは、目に付いた――というだけの話だ。
  だが今では、ほとんど日課か、というペースになっていた。
  「G・サジタリアスここへ来るまで、忘れていたよ。情報部に配属希望を出したのは、際限の無い知識欲から出た事なのだと」
  ウォンの目が、過去を振り返っている者の それになっていた。
  「そうなんか。何で そこで情報部なのかは、俺には よく判らんけど」
  「何がしか、一般人では覗けない、“社会の舞台裏”というものを見られるのではないか。そう、考えていたのかも知れないな」
  「自分の事だろうに?」
  己の事にも かかわらず、不確かな物言いをするウォンに、言って苦笑いを浮かべる志賀だったが。
  「余りに……れつだったんだ。この仕事は。ほんの何か月か前の、自分の想いや、考え、そんなものすら忘れてしまう程に」
  「…………」
  「シガ。君は余りに自然体だ。君を見ていると、初心を忘れ、仕事に忙殺されるがままに流されていた自分が、おろかしく思える」
  「何 言ってんだよウォンさん。あんた頑張ってんじゃんか。俺には出来ない事だよ」
  「……ありがとう。君に そう言って貰えれば、少しは救われる」
  「い、いや……そんな大層な事は言ってねえけどさ」
  言っておいて、自分の くさい台詞に照れたのか、ぽりぽりと鼻を掻く志賀。
  そこで一旦、会話が途切れる。
  時間が経てば経つ程、沈黙が気まずさに変わると判ってはいたが、何をどう切り出したら良いものか、互いに“この手の状況”に経験不足 故、継ぐ言葉が見つからない二人であった。
  しかし、一つ確実に言える事は、この時点で既にウォンの中には、ある決意があった、という事だろう。
  その決意をウォンに させたものは――


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