PHASE_4 反存在アンチ・プログラム

  言葉は、ただ言葉。
  ただの飾りアクセサリに過ぎない。
  誰が、いつ、どこで、どのような状況下で使うかによって、180度 意味が変わる事すらある。
  だからこそ、常に己に問わねば ならないのだ。
  それで良いのか? と。

  格納庫へ足を向けると、半壊したコスモ・シャドウ 改の前で、それを見上げる嵯峨さんが居た。
  G・サジタリアス同様に自己修復機能を持つ筈のコスモ・シャドウだったが、現在に至っても、欠損した部分には何の変化も起こっていなかった。
  「直り、ませんね……」
  「ああ。コスモ・シャドウコイツは、俺からもフネからも独立したシステムだからな。俺の力が弱まった事とは、関係ない筈なんだが」
  少し前から不調だった嵯峨さんは、あの時の力の開放にともなって、かなり消耗してしまったらしい。
  高次存在の力を有すると言っても、時が経つほどに、その力は この4次元時空のパラダイムに浸食しんしょくされ、同化していく。
  そして いずれは消えゆくもの、なのだそうだ。
  と言っても、これまでの種々様々の経験から導かれた推論であって、実際に それが正確な解答なのか どうかは、嵯峨さん自身にも定かではないようだったが。
  これを例えるなら……。
  満タンに給油した後、給油口が壊れてしまった車、だろうか。
  この車は、そもそも燃料タンクにふさぐ事が不可能な、針ほどの穴が開いていて、ほんのわずかずつではあるが、確実に燃料が減っていくのだ。
  更には今回、大きく破損した事で、燃料が大量に流れ出てしまった。
  今回の破損に関しては応急修理が出来たようだが、果たして燃料は、どれだけ残っているのか。
  もしかしたら、もう――使い果たしているかも知れない。
  だが、何も感じていないかのように、嵯峨さんの表情から不安や、それに類する感情を読み取る事は出来なかった。

  格納庫を出て、艦橋へ戻ろうとしていた僕達の前に現れたのは、ウォンさんだった。
  「あれ? 珍しいですね、ウォンさん」
  「ん? おう、ウォンさん、格納庫に何か用かい?」
  「申し訳ありませんが、今一度、皆さんに集まって頂きたいのですが」
  「ふむ? 判った、艦橋へ行こう」
  嵯峨さんの艦内放送で、艦に残る人達が再び集まる。
  しかし、その中に先輩や原田さんの姿は無い。
  恐らく丁度 交代した直後で、寝入っているのだろう。
  「本来ならば、機密漏洩ろうえいは死罪。それでも、私は伝えるべきだと、判断しました。聞いて頂けますか」
  「聞いてみねぇ事にゃ、何とも言えんよ」
  ウォンさんは元々、情報部の中でも諜報ちょうほう活動寄りの士官だったそうで、ゆえに こそ、G・サジタリアス付き督戦官にもなり、故に こそ、伝手つて辿たどり、真相を知りる事も出来たのだろう。
  もっともだ、という風に頷いたウォンさんの口から、全てが語られた。
  誰もが、言葉を差し挟む余地も無く聞き入る。
  最初に帝国が仕掛けてきた戦闘も、東条さんの死も――総ては、連合の影のトップ達の陰謀だったなんて。
  「申し開きのしようも ありません」
  口調こそ普段の彼女だったけれど、その拳は握り締められていた。
  「……アンタのせいじゃ、ねぇさ」
  何とも言い様のない表情で、嵯峨さんが、辛うじて それだけを口にする。
  「そしてこれは、私が言えた事では ないのですが……あなた方は、この銀河から立ち去るべきです」
  「……!」
  「そいつぁ出来ねぇ相談だ」
  にべも無い即答に、ある程度は予測していた筈のウォンさんも、直ぐには二の句が継げないようだった。
  「で、では……お許し願えるなら、私を このまま、ここに置いて頂きたい」
  「おう、気の済むまで居な」
  その表情からは、散々に迷い、悩んだ だろう事は、容易に想像できた。
  そこに、かんはつを入れず、嵯峨さんの答えが返る。
  ウォンさんにしてみれば、悩んでいたのが馬鹿みたいに思えたろう。
  はたで聞いているだけでは、それぐらい軽い返事としか聞こえなかった。
  だが無論、嵯峨さんが そんな軽々しい物言いをする筈もなく。
  「そ、んな簡単に? 宜しいのですか」
  「ん? アンタ、自分で今、言ったろうが。“機密漏洩は死罪”だ、とよ。ンな、間違いなく寝覚めの悪くなる結末 聞いといて、放り出す訳に行くまいよ」
  自分で言っておいて狼狽うろたえてしまったウォンさんに、アリい出る隙間も無い論理を、放り投げて寄越す嵯峨さんだった。
  疲れている事も あって、議論を長引かせたくないのかも知れなかったが、嫌に飄々ひょうひょうとしているのが、気になった。
  どこか嵯峨さん らしくない、とでも表現すればいいのか。
  もちろん、らしくない、などと言えるほど、嵯峨さんの事を知っている訳ではない。
  ないのだが、ここまで接して来た中では、見られなかった態度ではあった。

  それから、何時間も経たない内に。
  「ちょいと出掛けて来るぜ」
  そう言い、嵯峨さんが格納庫へ入って来る。
  機体は、やはり一向に修復が進んでいなかったが、気にする風でもなく。
  「嵯峨さん? そんな機体で どこへ――」
  「何、リハビリだ、リハビリ」
  それだけ言い、ひらひらと手を振っただけで、こちらを向く事もなく、コスモ・シャドウへ乗り込み艦を出て行ってしまった。
  僕の中に、一抹いちまつの不安がよぎる。
  今度こそ、気のせいで あって欲しい。
  そんな僕のあわい期待は、やはり、打ち砕かれる運命に あるらしかった。

  艦を離れたコスモ・シャドウは、艦から3光年ほどの距離を、航宙形態で巡航していた。
  「ガイン、機体に異常は無いか?」
  そもそも半壊した状態であるが、えて そこを無視し、問うてみる。
  『異常ナシ』
  「…………」
  その答え自体が、異常を示していた。
  G・サジタリアスやコスモ・シャドウの持つ自己修復機能は、かつて大戦の折りに嵯峨の有していた、物質の素粒子組成を変換する能力を基礎としていた。
  例え欠損が発生したとしても、周囲の物質を取り込み、素粒子の構成を組み換える事で、必要な物質へと変化させ、自己を修復するのだ。
  この、素粒子や原子配列の変換時に発生する、膨大な核分裂、及び核融合エネルギーは、嵯峨自身の駆動エネルギーとしても利用されていた。
  余談ではあるが、この能力を応用したものが、コスモ・シャドウの主武装メイン・ウェポン反中間子銃ブレイカー・ライフルである。
  もしや、素材となる物質が不足しているのでは、とも考えたが、何を機体に近づけても、取り込まれることは無かった。
  自己修復機能そのものが、起動していないとしか思えなかった。
  「ん?」
  様々な可能性を探り、思考の海に沈んでいた嵯峨は、通信が届いている事に気付いて現実に引き戻される。
  『存外、早く再会出来たものだな』
  「おう、クーゲルさんかい。……いや、まァ、実は、な」
  嵯峨としては、そこまで深く意識を沈めていたつもりは無かったのだが、クーゲルのものであろう ふねは、有視界に進入していた。
  に問題のある人間が率いていたとはいえ、帝国の艦隊を1つ、壊滅させた張本人である。
  本来ならば、警告なしで撃たれていても おかしくは無い状況では あった。
  だが、クーゲルは そうしない。
  今もって敵対の意思は無いと感じた嵯峨は、クーゲル艦に接近しつつ、経緯いきさつを語った。
  『そうだったか。仕組まれた事だったとはな』
  「遣り切れん話さ……」
  『どうだ? ここで再び会ったも何かの縁だろう。共に酒でもみ交わさぬか?』
  「いいね。そうするか。どっかイイとこ あんのかい?」
  『ああ。本艦に同道、願えるかな?』
  「了解、だ」
  辿り着いたのは、見覚えのある構造物だった。
  それは、G・サジタリアスがM13この銀河に進入した直後に、クーゲルとまみえた、リューフェ星系の第二惑星近傍に浮かぶ、コロニーだった。
  「直接会うのは、二度目か」
  「そうだな」
  わざわざ そうしたのか、部屋も、あの時と同じ部屋が選ばれていた。
  「まずは、謝罪せねば ならない」
  「む、何だい、やぶから棒に?」
  予期していなかった展開に、面食らう嵯峨。
  「ミドウ氏の事だ」
  「! 奴が……どうした?」
  「スヴェード・ロドラームが知れば、間違いなく良からぬ事に利用するだろうとは、容易に予測できた。それ故、ミドウ氏の存在については秘匿し、それとなく警護を付け、注意を怠らぬよう言い置いたのだが……どこから漏れたのか、身柄を強奪されてしまったのだ」
  クーゲルにしては珍しく、沈鬱ちんうつな表情を見せる。
  その言葉が示唆しさする事実に思い至った嵯峨の顔が、一瞬にして蒼ざめる。
  「ちょ、ちょっと待て、まさか……まさか、奴も あの艦隊の中に居たってのか!?」
  「その可能性が高い。……すまぬ」
  「……ッ!!」
  がくり、と、嵯峨の身体から力が抜け、その場に膝を着く。
  なまりごとくに重い空気が、しばし その場を支配した。
  ようやくに立ち上がり、ソファに腰を下ろし、背もたれに身を預けた嵯峨だったが、そうしてからもしばらく、口をひらけずにいた。
  クーゲルにしても、ここで何を言おうと言い訳にしか ならないと判っているゆえに、沈黙を続ける。
  「奴の事だ。こんな結末も、想定済みだったかも知れんがな」
  長い、長い沈黙の末に、諦念ていねんを形にする嵯峨。
  「正直な所、私は忘れていたのかも知れない」
  「ん?」
  「戦争行為を繰り返す内に、死をいたむという事を」
  「御堂ヤツが死んだかも知れないと判っても、何も感じなかった、と?」
  嵯峨の その言葉に、なじるような響きは無い。
  否定解が返って来る事を判って、いや、信じているのだろう。
  「いや、逆なのだ。無論、私の至らなさも原因にある。が、それ以上に、彼をうしなってしまったという事実が、胸に刺さった。このような感覚、久しく持った事が なかったのだよ」
  「戦争の中での人殺しを、正当化する事に慣れ過ぎた、って所かい」
  「そうなのだろう。これ程に感じ方をすり減らしていたのかと、驚くばかりだ」
  「昔の傷に踊らされちまった俺も、人の事ァ言えんからな……」
  言いつつ、グラスを手に取り、空の それを眺める。
  沈黙で答えたクーゲルが、黙ったまま、嵯峨のグラスへ酒をいだ。
  「せめて悼んでやらにゃァ、なるまいよ」
  二人が、かかげたグラスを一時いちどきに あおる。
  空になったグラスに、再び酒が注がれる。
  だが手に取った それを、口に運ぼうとはしない。
  「なぁクーゲルさんよ。こんな事ァ、頼めた義理じゃねぇんだが……俺に何か あった時は、ウチの乗組員の事を頼めないもんかね」
  予感めいたものを感じているのか、嵯峨の言葉は弱気とも取れるものだった。
  「縁起でもない事を言うのだな。だが、他ならぬ君の願いだ、承知した」
  「すまん。何事も無けりゃ、それで済む話なんだがな」
  傾けたグラスをもてあそびながら、グラスの中で踊る液体を見詰める嵯峨。
  「どうだろう? このまま、私と共に来ぬか」
  「……あんたには、借りも あるしな」
  唐突にでは あったが、それは、答えを判っていて敢えて、という問いだ。
  それを理解する嵯峨の言葉も また、常になく歯切れが悪い。
  「いや、忘れてくれ。出来ぬ相談だったな」
  「……俺、一人なら、な」
  「…………」
  「俺が、一人で ここまで来たのなら、そうも出来ようが」
  「……感謝する」
  それ以上、互いに言葉は無かった。
  いや、要らなかった。
  状況は、嵯峨に それを させる事を、許しは しないのだ。
  クーゲルの艦は、去っていった。
  後方モニターの中、その噴射炎が天空の星に紛れるまで見送ると、嵯峨も、コスモ・シャドウを発進させる。
  嵯峨の目は、氷の様に凍てついていた。
  凍てついた瞳の、見据える先――
  だがそれは、G・サジタリアスの在る方向とは、別の方角だった。

  轟音ごうおん
  影の首脳会談の静寂を破ったのは、生半なまなかなものではなかった。
  我に返った首脳陣が、外壁面へ向き直ると、それはあきれる程に あっさりと、吹き飛んでいた。
  代わりに、そこに存在するモノに意識を向けた首脳陣は、一様に恐怖に凍りついた。
  地上60階の、その壁面の向こう。
  虚空こくうたたずんでいる、影。
  それは、悪魔の如き殺戮さつりくを、訳もなく こなした張本人。
  そして、人知を超えた能力を持つ、神のマシン。
  まさしく、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ、そのものだった。
  「……!?」
  そのコックピットが開き。
  一人の男が、会議場へと降り立った。
  「…………」
  「な、なっ……」
  「貴様等……。貴様等がァッ!!」
  首脳の一人が、何かを言おうとしたが、男の激昂げっこうに吹き散らされ、再び縮こまる。
  「わ、我々が、何をした!? い、いや、我々に何の用だ!?」
  辛うじて、別の一人が それだけ口にする。
  しかし、その声音は、震え、とても まともには聞こえない。
  「貴様のような奴が! よくも ほざくッ! 戦争だ……戦争なんだぞ! それを、戦場に行きもしない、いや、後方でコソコソしている輩どもが! 貴様 一体……何様の つもりだッ!!」
  男の身体が、瞬間、その感情を具現化し、まとったかの様に、金色こんじきの光を放ち出した。
  怒りが、怒りの気が、大気を打ち、その場の空気さえも震わせる。
  「な、何を言う! 我々が居なければ、我々のような人間が居るからこそ、国が動くのだぞ!」
  「ほざいたなッ!? 虐殺者どもが!!」
  「それを行使したのは、君だ!」
  「……そうだ。確かに、俺のした事でもある。だが! それを けしかけたのは、どこのどいつだ!? そうせざるを得ない状況を創り出し、あまつさえ己の手を汚さずに高笑いをして いやがった、貴様等だろうがよ!!」
  「そ! それはっ」
  「問答無用ッ!! 死んでいった者達に、あの世とやらでびでも入れて来いッ!!」
  光が。爆発的に高まった光が。
  全てを、飲み込んだ。
  光の過ぎ去った後には、まるで使った事のない部屋であるかのように、男以外の物が消え去っていた。
  「俺も……役目を終えた その時には――」
  きびすを返し、マシンへと乗り移りながら。
  呟きは、高空を吹きすさぶ風に、掻き消された。

  「うぁっ!?」
  その瞬間、僕の全神経に、今まで感じた事のない感覚が走り抜けた。
  「どうした、レイジ?」
  「え? あ、いえ……何か変な感覚が――!?」
  僕よりも正面舷窓に近い席に座る志賀さんの方を振り返った僕は、違和感を与えて来たものの正体を見る。
  「ん?」
  固まってしまった僕を見て、その視線の先を追う志賀さん。
  正面舷窓には、暗黒の宇宙が映し出されている。
  いやむしろ、それだけの筈だった。
  けど、そこには“何かが居た”。
  それは、宇宙の闇よりも暗い、黒。
  だが形だけを見れば、覚えがあった。
  「黒、い、コスモ・シャドウ……?」
  「それだけじゃねえ! アイツの足元――何だ?」
  コスモ・シャドウの同型機であれば、インパクト・ドライブを装備している筈。
  姿勢制御も こなすインパクト・ドライブであれば、例え木星の風速 数百キロの大気の中でも、静止していられるだろう。
  だが、そうではなかった。
  黒いコスモ・シャドウの足の下には、何かが あった。
  宇宙を背景にして、そこに溶け込むような、漆黒の、何かが。
  「何なの? あれは……」
  「わからねえ。見たことも無いぜ」
  『いや、一部 形状データが一致。あれは以前にも観測されている』
  「えっ? ……あっ、それって、あの時の――」
  ソウマさんが声を上げ、僕の記憶が呼び起される。
  もうの事だか忘れてしまったが、深宇宙を巡っていた頃に観測された、宇宙船もの。
  どうやら、あれが そうらしい。
  そして、黒いコスモ・シャドウが座乗するとなれば、自ずと答えも出る。
  「まさか、あれは――黒いG・サジタリアス?」
  「俺達は ずっと後を付けられてたって事か?」
  コスモ・シャドウに酷似した、その頭部キャノピーに、二つの赤い光が灯る。
  それは、人の心を かき乱す不安の象徴、悪魔の目玉であるかのようだった。
  「見えてイる……のに? 目の前にイるのに!? あらゆる計器は、奴をとらえてイませン!!」
  「何だって!?」
  観測装置からのデータを受け取ったマセラトゥさんが、驚きの声を上げる。
  すう、と その右腕が、ひどく場違いな ほど優雅に、持ち上げられて行き――
  「……!!」
  『罪ととがで造られしフネよ……ちよ』
  G・サジタリアスの第一艦橋を捉え、静止した それは、あらゆるモノを素粒子の塵へ分解する、ブレイカー・ライフル。
  時が止まったかのような感覚の中で、僕が抱いた想い。
  それは、ひどく場違いな感想だった。
  ああ、でも きっと、痛みは感じないんだろうな、と。
  あれに撃たれれば、神経伝達物質が脳に痛みを伝える前に、中間子を解きほぐされて、僕等は素粒子のちりかえるのだろうから。
  ……おかしいかな?
  いや、そんな事は無いよね。
  だって、こんな異常な状況、そうそう あるものじゃないんだから。
  悲鳴すら上げられぬまま、その場の全てが塵へ回帰しようとした、刹那せつな
  『やらせんッ!!』
  半壊したコスモ・シャドウが、黒き機体へ体当たりをかけた。
  どこかへ出掛けていた嵯峨さんが、間一髪、帰って来てくれたようだ。
  そのまま、両機は吹き飛んでゆく。
  「っああぁ!!」
  意味を為さぬ叫びを上げ、金縛りの如き状態から、志賀さんが脱した。
  コンソールへ取り付いた志賀さんは、主砲の一基に、二機のコスモ・シャドウを追尾するようセットし、続いて通信モードを立ち上げ、ありったけの声量で怒鳴った。
  「おっさーーーんッ!!」
  志賀さんの叫びと共に、主砲がえる。
  残っていた左腕で黒き機体を掴むと、体勢を入れ替えるコスモ・シャドウ。
  『ナイスだ!』
  『愚かなり』
  しかし、着弾の瞬間、主砲の光条は黒き機体を避けるように拡散し、再び収束、その背後のコスモ・シャドウへ吸い込まれていった。
  『うおおおっ!?』
  「そんな!?」
  もはや、コスモ・シャドウは、その原形を想像する事すら出来ぬ程に破壊し尽くされ、鉄塊同然の姿と成り果てていたが、嵯峨さん自身が戦意を失った訳ではなかった。
  『俺は人道の守護者……。やらせは せんよッ!!』
  『人道? 人の道などと いうものが、本当に あると思っているのか? 愚かな』
  冷徹な声、そのままの答えが返る。
  『ッ!』
  『人ならぬ者が人の世に干渉する。それが罪でなくて何だというのだ。人の世は人にりてされるべきもの』
  『結果 滅びてもかッ!』
  『結果は、ただ結果。意味を求めるものではない』
  『黙って見てろって事かい。だが俺ぁ、そういうのは性に合わんな!』
  『貴様は貴様の罪をあがなえば、それで良い』
  鉄屑を完全に消滅させるべく、黒き機体が、背に負う二本の長大な砲身を、発射態勢へ移行させる。
  コスモ・シャドウ自身も使用した事の無い、その武装の内実は、すぐに知れた。
  「空間歪曲わいきょく率増大……ッ? あレは重力兵器だったのか!?」
  計器が はじき出した数値が、全てを物語る。
  極大まで高まった歪曲率が、空間に、時空の穴ブラックホールを、強制的に生み出す。
  無慈悲な死神の鎌のごとく、発生したマイクロ・ブラックホールが、コスモ・シャドウへ向けて放たれた。
  『嘘とても、貫き通さば真実となると言う。……やって やれない事など あるものかッ!』
  インパクト・ドライブは無傷。身動き出来ない筈は無かったが、あえて真正面からブラックホール弾を受け止める嵯峨さん。
  そのまま、大破したコスモ・シャドウとブラックホール弾が、その場から消滅した。
  「嵯峨さんッ!?」
  「おっさんが……」
  『大丈夫、転移したみたいだ』
  ソウマさんの言葉に安心するのは、もちろん まだ早かった。
  いくら半壊していたとは言え、文字通り無敵とも思われたコスモ・シャドウを、いとも簡単に鉄屑に変えた存在が、僕等の前に健在なのだから。
  だけど、何が出来るというのだろう?
  嵯峨さんですら、傷一つ付けられなかった相手に。
  誰もが“死”の一字を脳裏に浮かべる中、ゆっくりと、黒き機体が こちらへ向く。
  『何故に、死を恐れる』
  心理を読んだかのような言葉。
  漆黒のコスモ・シャドウからの通信には、相変わらず映像は無く、背筋が凍りつきそうな程の冷たい声だけが、艦橋に響き渡る。
  「!?」
  『死とは、あらがうものではない。受け入れるものだ。恐れる必要など無い』
  「そんな簡単に、諦める訳には――」
  『死とは、あまねく生命の行き着く場所である。それは、この宇宙における、唯一にして絶対の“物理法則ルール”の定める所。それを忌避きひする者こそ、悪。そう、奴のような。われは、そのような輩を断罪する為に在る』
  「断罪者だってのか? 何の権利があって!」
  『われが、奴の反存在であるがゆえに』
  「反存在……!?」
  『この世界そのものが生み出した。異質なる存在に対してのカウンター、アンチ・プログラムとして』
  更に質問を重ねようと口を開きかけた僕は、目前に何も居ない事に気付く。
  「! ……!?」
  消えていた。
  少なくとも、艦橋から視覚で捉えられる範囲には、何も居なかった。
  それはまるで、最初から何も無い空間だったかのように。
  「どう、いう……?」
  『僕等を無視したという事は、やはり彼の標的は、嵯峨一人だけ、のようだね』
  「そう、なんでしょうか……?」
  『そうでなければ、今頃 僕等は存在ごと消滅している筈だろう? 恐らく、先刻こっちを狙って見せたのは、嵯峨を誘い出すブラフだったんだろうね』
  そら恐ろしい事実を、どうという事も ないかのように語るソウマさん。
  人当たりの良さから忘れがちだが、ソウマさんも また、100年を戦い抜いた戦士の一人なのだ。
  こう言うと聞こえが悪いかも知れないが、命の やり取りに“馴れている”のだろう。

  黒いコスモ・シャドウ、便宜的にCS−Rと呼ばれる事になった機体の攻撃を受け、何処いずこかへ転移した嵯峨さんは、幾ら待っても戻って来なかった。
  その場に停泊し、帰りを待つ つもりになっていたG・サジタリアスだったが、それは出来なかった。
  ウォンさん経由で、連合から拿捕だほ、或いは撃滅げきめつの指令が出た、との知らせが舞い込んだのだ。
  事態は、僕等の知らない所で、急激に変化していた。


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