PHASE_2 「神の大地」

  人の本質は、暴力に根差している。
  民主主義を得て、平和になったと言いながらも、物事を決定付ける方法は、多数決と言う名の、数の暴力である所をかんがみても、それは明白。
  本来ならば、全ての者が納得するまで言葉を交わさねば、真実、平和などと言えるだろうか?
  それが出来ないのは、対話に費やす時間を渋っているからだ。
  それは人が、“急がねばならない”と、錯覚している事に起因する。
  そうしていびつなまま進められる物事は、やがては そのゆがみから、崩壊する。
  だがそれでも、人は暴力での解決を、やめる事は無い。
  いや、やめられないのだ。
  人が人で あるがゆえに。

――第14代 地球統合政府大統領リチャード・クレスタ、就任式典での言葉

  G・サジタリアスの迷走は、いまだ続いていた。
  レーダー波は返って来ず、上も、下も、前も、後ろも、右も、左も。
  どちらを向いても、見渡す限り、何も無い。
  指針となるような目標物も当然 見当たらず、時折 向きを変え進んでみるものの、一向に状況の変化は訪れなかった。
  いや、それ以前に、本当に艦が前へ向かって進んでいるのか、それすらも怪しいのだ。
  インパクト・ドライブの推進能力が、この空間に対して どれだけ有効なのか、判然とは していない。
  もしかしたら、空間の一点にはりつけにされたかのように、全く動いていない可能性すらあった。
  一同の――ことに優輝の――焦燥感は、ピークに達しようとしていた。
  『もう少し、長めに休んで来た方が良いよ、優輝君』
  「いえ……この状況では休んでなど――」
  明らかに疲れの取れていないと見える顔で、艦橋に入って来る優輝。
  ソウマがたしなめるが、聞き入れようとはしない。
  『君が倒れてしまっては、本末転倒だと思うんだけどね?』
  「そこは気を付けているつもりです。それより、何か変化は?」
  『無いね。あれから推定7日、出会ったものと言えば、僅かばかりの石ころデブリぐらいだよ』
  「明らかに人工物と思える物も、ただよっていたじゃないですか」
  『おや、そうだったかな? でも、恐らくそれは、あの時の――』
  「……ええ、でしょうね……」
  『ごめん、さすがに無神経だったか』
  「気にしないで下さい。今と なっては過ぎた事です」
  珍しく、渋い顔を見せる優輝。
  それは疲れによるものなのか、不快感の表明なのか。
  ソウマの言葉にもある通り、約一週間にわたる航行でも、変化は全く見られなかった。
  約、と言わざるを得ない理由は、無論この空間の特性に起因する。
  通常空間であれば、恒星なり、原子の振動なり、指針は有り余る程ある。
  だがここでは、指針となるべき物理法則そのものが揺らいでしまっている。
  先般の時計の例を出すまでもなく、とどのつまりは、“何も信用できない”のだ。
  G・サジタリアスの計器類は、艦が前進を続けているとの反応を示していたが、鵜呑みに信じても良いものなのか、そこから疑わねば ならない状態だった。
  皆、口に出さないが、肉体よりも、精神的な疲労が蓄積していた。
  (何か、突破口さえ見つかれば、ね……)
  優輝の背中を見つめながら、状況が、考えるよりも危機的であると、感じざるを得ないソウマであった。

  奈美は、展望室で、ぼんやりと外を見ていた。
  G・サジタリアスが この空間へ落ち込んでから、それは日課となってしまっていた。
  風景は全く変化しなかったが、他にする事も無いのでは、仕方のない面もあった。
  そうしていれば、いつか、何か、変化が発見できるのではないか。
  最初の内は、そう意気込んでいた部分も、あった。
  だが、艦外の景色は、延々と、一様に、のっぺりと広がり、眺めていると心が溶け出して、自分の存在が希薄になって行きそうな気さえした。
  事実、半日ほど前の事。
  優輝に肩を揺すられ我に返った奈美は、自分が10分以上もの間、魂が抜けたかの様に、呼び掛けに反応しなかったと聞かされ、怖気おぞけを振るったばかりだった。
  自覚は、全く無かった。
  或いは本当に、存在そのものが希薄になっていたのかも知れない。
  この空間には、そんな、魔力めいたものが あるのか。
  考えても、答えなど出ない。
  在りもしないものを探し続けて、広大な砂漠を、大海原おおうなばらを、彷徨さまよっているような心境。
  危険な事を、何より、無意味な事を しているのかも知れないと思いはするが、またここへ足を向けてしまった。
  (――!?)
  しかし この時、かすかな変化が生じる。
  理屈など、判る筈もない。
  それでも目の前に、確かに目に映る何かものが あった。
  ぼやけていた像が、次第に はっきりしていく。
  「っ!?」
  あまりに長い時間 黙り込んでいた為か、驚きの声は、喉を振るわせる事が出来なかったようだ。
  空間に、懐かしい顔が浮かび上がっていた。
  それは、今は遥か遠く、進む道をたがえてしまった妹、美緒。
  いや、もちろん それが、自分の妄想もうそうでないとは、言い切れない。
  しかし その姿は、記憶の中にある美緒とは、どこか違って見えた。
  先ず何より違うのは、その腕に赤子を抱いている事だ。
  奈美が見た覚えの無い、優しい微笑みを浮かべ、腕の中の赤子を見つめる美緒。
  そして、そんな2人を、レイジが守るようにいだく。
  何の根拠も確証も無いながら、奈美には その子が、2人の子供だと判った。
  (そっか、仲良くやってるんだね。良かった……)
  一つ、胸のつかえが取れた気がした奈美だった。
  これを きっかけとしたかの様に、この直後、状況は唐突な変化を見せる。
  2つの事象に因果いんが関係があるのかどうか、それは、当の奈美にも判りはしない。
  ただ、状況は確実に、動き始めていた。

  「な……何じゃ、ありゃーーッ!?」
  舷窓に へばり付かんばかりの勢いで、叫ぶ志賀。
  それもまた、無理からぬ事だった。
  優輝からの急を知らせる呼び出しで、艦橋へ集まった一同が目にしていたのは、何も無い空間に浮かぶ――“大陸”だったのだから。
  「まさに大陸としか言い様がないが……それにしても」
  「皆に、見えてるんだよな? 俺だけじゃないよな?」
  あまりの非現実的な光景に、我が目を疑うウォンと、自らの見た物すら信じられなくなっている志賀。
  奈美に至っては、何が起こっているのか理解できないという風に、ぽかんとしていた。
  ざっと計測した限りでは、差し渡しは5000キロ以上あり、もはや岩塊などとは呼べぬ規模なのは確実だった。
  加えて、明確な事実が もう一つ。
  浮遊する その“大陸”は、少しずつ大きくなっていた。
  無論それは、大陸が膨らんでいるなどというのではなく、G・サジタリアスが接近している、という事だ。
  これをもって、逆説的に艦の前進は証明された事となる。
  『ようやく、“目指せる”指標が出来たわけだ』
  「ええ。確実に、近付いてます」
  『と、言うより、そうでないと困る、という状況だね』
  「…………」
  優輝は答えない。
  まるで、答えてしまえば、更なる状況の悪化が訪れる――そう思っているかの様に。
  だが、事実までが変えられる訳もない。
  優輝の手元、制御卓コンソールに表示されたエネルギー残量計は、確実に進んでいた。
  残量ゼロエンプティに向かって。
  『それで、君は どう考えてるんだい? よしんば、辿り着けたとしよう。だけど、あれがやはり“大きいだけの ただの岩”だったら?』
  「……志賀達はまだ、そこまで気が回ってないみたいですけど、エネルギーが切れれば、当然 環境装置も止まります。艦内は広いですから、即、どうなるという事は ないでしょうけど、放っておけば酸素は無くなります。だからこれは――賭け、ですかね」
  切羽詰まる、とは、まさに この事か。
  事態は既に、抜き差しならない所まで来ていた。
  『ふむ』
  「何でしたっけ、“あしにもすがりたい”という奴ですよ」
  『わら、だね。“藁にも縋りたい”』
  「あれっ?」
  苦笑いで、訂正するソウマ。

  更に接近していくと、また幾つかの事実が判明する。
  どうやら、G・サジタリアスが正面に見ているのは、“大陸”の底部らしかった。
  推定値ぶくみではあったが、計算によると、大陸の水平面から約37度 下がった位置から、眺めている格好のようだ。
  針路を、大陸辺縁へんえんかすめるように修正し、無辺空間を ひたはしるG・サジタリアス。
  ついには、大陸が視界に入り切らぬ程の距離にまで到達する。
  しかし。
  がくん、と一度、艦が揺れる。
  「!」
  「お? 何だ、今の?」
  意味は無いと知りつつも、きょろきょろと辺りを見回した志賀は、蒼ざめる優輝を見、直感的に状況を理解した。
  「もう、エネルギーが無いんだ……! 突っ込むしかない! 皆、シートベルトを!」
  「な、に!?」
  「優輝ッ、大丈夫なのかよ!?」
  「駄目だろうと、無理だろうと……。強行着陸するよ!」
  『それは“不時着”って、言わないかなぁ?』
  答えは無い。
  この状況下で、ソウマの軽口に応対できる余裕のある者は、居なかった。
  優子、奈美、志賀、ウォン、4人は それぞれ着席し、シートベルトを接続する。
  再び艦が揺れ、大陸のふちが、はっきりと映り出す頃には、それは次第に回数を増していく。
  「まさかとは思うけどよ、こ、この揺れって――」
  「……推進器が、止まりかけてるんだよ」
  「うひぃ」
  「乗り上げ切れずに停止してしまったら、どう、なる?」
  「判りません。そのまま その場に漂うのか、どこかへ流されてしまうのか……」
  交わされる言葉の間にも、揺れの回数は、分けて数えられぬ程に連続し始めていた。
  そして遂に、艦首が推定水平面を越えた所で、推進器が停止する。
  艦首構造物が大陸の縁に引っ掛かると同時に、推進力を失った艦は、ぐらり、と後方へ傾き始める。
  「だ、駄目だ、エネルギーが……足りない!?」
  「踏ん張ってくれぇっ! あと少しなんだ!」
  その願いが形になったかの様に、刹那、推進力が戻り、力強く艦が押し出される。
  「!?」
  大陸水平面に対してほとんど垂直に“立って”いた艦が、艦腹を岩にこすり付けながらも、一気に その艦体を水平面の上に現す。
  そして今度こそ本当に、動力が途切れた。
  そのまま ゆっくりと、徐々に加速しつつ倒れ込み、最後は、艦首を大地に叩き付ける激しい衝撃と共に、大陸の縁へと乗り上げた。
  続けて、ゆっくりと左に傾き始める。
  「う、わ、わ」
  30度以上傾いてしまったものの、左の翼が接地し、艦体を支える格好に至る事で、ようやくに傾斜が止まる。
  「ふぅ。何とか なったか」
  「ギリギリ過ぎるぜ……心臓に悪いって」
  「奈美、大丈夫?」
  「う、うん。平気」
  めいめい、シートベルトを外して立ち上がる。
  舷窓のシールドは降りたままだった為、今は何も映っては おらず、ただのシャッターとしか見えなかった。
  しかし、破損したのか一部が崩れ、そこから外が見えた。
  「おい、おいおいおい……こりゃあ……」
  「私は、一体 今、どこに居るんだ……」
  「何だか……地球の上みたい」
  「まるでサバンナ、いや、もう少し乾燥した気候かな。でも、その位の感覚だね」
  4人で一斉に覗けるとはいえ、そこからの視界は限られていた。
  それでも、目に映るものは、地球を初めとする有人惑星ならば あって不思議ではない光景だった。
  しかし。
  ここは、どことも知れぬ無辺の空間に浮かぶ、浮遊大陸だ。
  中世以前の稚拙ちせつな世界観なら いざ知らず、自然じねんの状態で、平らかな大地に大気や重力が存在する事は不可能であると、我々は知っている。
  そう、“自然の状態では”だ。
  「動物も普通に居そうだなあ。これなら俺達も外に出られるな」
  「だけど、僕等にとっても無害な大気なのかどうかは、判らない」
  「あっ、そうか」
  「調べる手段は――まさに“身をもって”しかない、か」
  見回しても、全ての計器類は沈黙している。
  それ以前に、観測装置も機能していない訳だが。
  そして、大陸への強行着陸の後、ソウマは表示されなくなっていた。
  艦の全てのエネルギーを使い果たしたのだから、それも必然では あったが。

  動力が切れた事で、慣性制御も利かなくなってしまった為、各々おのおの、自力で傾きに対応せねば ならなくなっていた。
  「さすがに、歩き辛い、な」
  「生きてるだけ めっけもんだって」
  互い手を取り合い、ウォンと志賀が艦橋出口へ達する。
  「奈美、気を付けて」
  「大丈夫 大丈――わっ!?」
  つるりと足を滑らせた奈美の手を、間一髪 掴まえる優輝。
  「全然 大丈夫じゃない……」
  「えへへへ……ごめん」
  「後は、おばさんだけか」
  「あら〜、私なら ここよ?」
  「え? ……あ、あれ?」
  声の方へ志賀が振り返ると、確かに優子が立っていた。
  「何時いつの間に?」
  「わかんねえ。……なあ、確か俺らが移動し始めた時、おばさんも一緒に あっちに居たよな?」
  「その筈だが……」
  2人の感想は等しく“何者なんだ……この人”で、あった。
  「エレベーターは使えない。階段で降りるしかないね。皆 気を付けて」
  傾斜した階段エリアそのものに四苦八苦しつつも、下層へ降り始めた5人。
  降りはじめると直ぐに、奈美が何かに気付き、足を止めた。
  「どうしたの奈美?」
  「風、吹いて来てる」
  「? ああ、さっきの衝撃でフレームが歪んだのかな」
  装甲板が ひしゃげてしまったのか、壁が破れ、裂け目から はっきりと外がのぞけた。
  裂け目からは、乾いた風がかすかに吹き込んでいる。
  干し草のような臭いが乗って来るか、とも思われたが、予想に反し、風は無臭に近かった。
  「…………。うん、今のところ呼吸出来てるし、異常は無さそうだね」
  「つーかよ、優輝」
  「ん?」
  「全員で試しちまって、駄目だったら、全員アウトなんだが?」
  「…………。ソウダネ」
  たまに鋭い意見をする志賀に痛い所を突かれ、どっと押し寄せる疲れに襲われる優輝だった。

  艦橋からは階段を使い、居住区画まで降りた一同だったが、そこから先、外へ通じる扉は、いずれも、びくとも動かない。
  「開かない――というより、開く訳もない、と言うべきか」
  「やっぱ、ぶっ壊すしか ねえんかな?」
  「待って待って。緊急時用の手動開閉装置がある筈だから」
  「な、何だよ、そうなんか?」
  「そりゃあ、そうでしょ……」
  居住区画から更に下層、艦の最下部に位置する、第三艦橋へと足を踏み入れる5人。
  「第三まで あったんだな、艦橋。知らなかったぜ」
  「そもそも第二艦橋からして、予備だからね」
  第三艦橋後方に設置されている、非常口に取りつく優輝。
  艦が大きく傾いている上、艦腹を擦り付けた際の衝撃でか、ハッチが歪んでいた為に、かなりの手間と時間は掛かったものの、扉を開く。
  ようやくに艦の外へ出た5人は、改めて、そこに広がる光景に あ然とするばかりだった。
  「……地面、だな」
  「……ああ」
  トントン、と足元を踏み付け、改めて確認する。
  「志賀、ウォンさん、落ち着いて。見れば判るから」
  「っは。そ、そうだな」
  「だ、大丈夫だ。理解が追い付かないだけで、落ち着いている……筈だ」
  深呼吸して見せる志賀に、どう見ても混乱しきりのウォンを見ては、優輝も苦笑いするしかない。
  「でも、何なの、ここ? 空気も、重力も あるなんて」
  「そうだよね。遠くから見た限りじゃ、大地を切り取ったような姿をしていたのに、これじゃあ まるで、どこか惑星に降りたみたいだ」
  むしろ、重力が あるせいで、大陸のへりから墜落しかけたのだろう、と思い至る。
  振り返り、もう二度と飛び立つ事は無いであろう白銀の巨艦を、改めて、一抹の寂しさと共に見上げる優輝。
  (ありがとう、G・サジタリアス。お陰で、助かったよ……)
  翼を休める、傷だらけの巨艦。
  艦橋構造物の破損の程度から、薄々予想はしていたが、外から見ると より一層 目立った。
  艦首を叩き付けた際の衝撃は、艦体の各所を それと判る程 ゆがめ、あちこちに裂け目を露呈ろていさせていた。
  いくらツール・ホーンが健在とはいえど、自己修復機能も働かない今、もはや修復の目途めどは立ちそうも無かった。
  (……それでも、ほんの少し、寿命じゅみょうが伸びただけかも知れないけどね)
  大気があり、重力がある。
  この浮遊大陸には、“何か”が在るのは確実だった。
  だが、それだけで事が足りる訳もない。
  その何かが、用を満たさないものであれば、その時点で5人の命脈めいみゃくたれるのだ。
  「それじゃあ、周辺を探索してみようか」
  何時いつまでも艦を見上げていても、らちは明かない。
  思考を切り替え、優輝が皆に促した時。
  「おぬしは……」
  「!?」
  突然掛けられた声に、驚き振り返ると、そこには――


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