INTERLUDE 「砂塵の邂逅」
“反省”する者は賢しき者であり、“後悔”する者は愚(か者である。
*
ここで、時間は少しだけ巻き戻る。
それはG・サジタリアスが、惑星デイジー・ワールドへ辿り着く、数日前の事。
嵯峨 光政は一人、コスモ・シャドウを駆り、艦を離れていた。
(たまにゃ、一人旅ってのも いいモンだぜ)
巡航形態へ変形させた機体を、気の向くままに飛ばしていた嵯峨だったが、一つの惑星を見かけ、機体を停める。
「……何だ……?」
声、という様なものではない。ないのだが、何故か、誰かに呼ばれている気がした。
どの道、当ての無い旅路である。
(多少の寄り道も、良かろうよ)
進路を変更し、機首を惑星に向ける嵯峨。
苦も無く大気圏を突破すると、そこは、荒涼たる大地に、乾いた風が吹く星、だった。
「ガイン、大気組成は どんなモンだ?」
コックピットには、嵯峨一人の筈だったが、その声に反応が返る。
それは、搭載した人工知能、Guardian・Advanced・Intelligent・Navigater、“GAIN”のものだ。
『タイキソセイ――』
(……人類生存可能、か。こりゃあ間違いなさそうだな)
読み上げられるデータを聞き、嵯峨の中に確信が生まれる。
根拠など何も無いというのに。
何かが在る。いや、誰(か(が居る。
巡航形態から人型へ戻り、地表へ着陸する。
そこは、砂嵐が吹き荒れる、荒野の真っ只中。
ぐるりと周囲を見回すが、砂嵐に遮(られた狭い視界の中は、360度、岩と砂以外に見える物は無い。
「口笛でも吹きたい気分だな」
機体を降りた嵯峨は、だが、迷う事もなく歩を進める。
やがて、砂嵐が弱まり、視界が広がってくる。
「む……っ?」
嵯峨が見たのは、鎖に繋(がれた、一人の男。
その男は、巨大な石柱に絡められた鎖に手足を繋がれ、衰弱しているようだった。
「何を……してるんだ?」
少し間抜けな質問だったかも知れない。
(いや、まぁ、見りゃ判るってもんだが)
そんな愚にも付かぬ思いが、脳裏に浮かぶ。
第一、それ以前に、言葉が通じるかどうかも――
「何者だ?」
こちら側からの問い掛けが通じた訳では無いが、嵯峨には男の言葉が理解できた。
地球で言えば、初期のラテン語の文法に近い、崩れた言語ととれた。それは、嵯峨に古代人との遭遇を想起させた。
嵯峨は、地球上の、古今東西の あらゆる言語を知っていた。
“大戦”終結後、地球全土を隅から隅まで巡った際に、土地の者との やり取りの為に、片っ端から詰め込んだからだ。
二人は、ごく自然に会話を始めていた。
「俺は、遠い星から来たんだ」
「ホシ?」
「ああ。夜空に広がる、あの光る点の一つから、な」
空を無造作に指す。と、男の表情はそれと判るほど変化した。
「……アナタは、神なのか?」
「神、か。どういう意味で言ってんのかにも依(るが、お前さんと同じ存在さ」
思わせ振りな言い様も織り交ぜ、煙(に巻く嵯峨。
改めて見ても、男はヒトと見えた。
外見上は、古代において中米から南米にかけての地域に栄えたという、マヤ、インカ、アステカといった文明を築いた人々の想像図を思わせる顔立ちだ。
「……そうか」
男は隠す事もせず、落胆の色を浮かべた。
「ところで、お前さんは何で縛(られてる?」
「異空(の者よ、私に関わらぬ方が良い」
「ほぉ。ここ以外にも世界があることを、知っているか」
見くびっていたつもりは無かったが、驚きは湧いてくる。
異なる空。それはすなわち、“異なる世界”という概念を持っている、ということに他ならない。
でなくば、異空などという表現が生まれよう筈もない。
「私は罪人(。ここで朽(ちるが定め」
「その通り。罪人に関わる事能(わず」
男を捕えている石柱の背後から、何人もの男達が、姿を現した。
若い者も居れば、年嵩(の男も、老人も居る。衣服の類似性からして、同族の者達なのだろう。
その中から、骨を皮が覆(っただけにしか見えない老人が進み出て、嵯峨を制止する。
「何ンだ、お前さん等(は?」
「我らは神に打ち捨てられた。卑(しき民の末裔(……」
「……人を貶(めるは血に非(ず。種(に非ず。その者の心の在り様なり!」
朗々と響き渡る大音声(で、嵯峨は反論する。
「!?」
「過去に何があったかは知らんが、過去を悔(いるだけなら何者でも出来よう。だが、命は明日(に向かって生きるものぞ!」
「な! ……何を言われるか。我らは――」
「然(して、お前達のそれは、悔いているのではない。“囚(われている”と言うのだ! 過去に囚われ歩みを止める事こそ大罪と知れいッ!」
刹那(、論破されかかった老人が、冷静さを取り戻し試みた反論を、嵯峨は畳み掛けるように押し切る。
「……!」
老人が、がくりと膝を付く。老人の中の何かが、木っ端微塵に吹き飛ぶ様が見えるようだった。
「何をしたかは知らんが、お前さんは悪い奴には見えん。俺と共に行かんか?」
捕われの男へ向き直った嵯峨は、自身でも突拍子もない事を口にしているな、との思いを抱きつつ、誘いを掛けた。
「!? 私を――導くというのか?」
「いや、いや。そんな大げさなモノじゃねぇよ。ただ、その方が良(いような、気がしただけさ。……どうだい、異空と言っても、色々な世界があるんだぜ。そいつを見て回らないか?」
「…………」
暫(し、沈黙が流れた。
「……私は捕われの身。だが、ここから開放してくれたなら、貴方に従おう」
「なンか意味が違うような気もするが……。まァ、良かろうよ」
ぼりぼりと後ろ頭を掻いてから、徐(に、男を繋ぐ鎖を手に取る。
それは、拙(いと一目で判る鍛造(技術で造られていたが、如何(せん厚みが あり過ぎた。
一つ一つの輪が、直径5センチはあろうかという鉄材を曲げて造られている、途轍(もない代物だった。
まかり間違っても、ヒトの力で どうにかなる物ではない。
無論、ヒトの力では、だが。
「……フンッ!」
一瞬、だった。
まるで、氷の彫刻かと錯覚するほどに、ドロリ、と握った部分が溶断される。
両手両足分、四本とて、溶断するのに時間は要らなかった。
「……貴方は本当に、神ではないのか?」
その言葉には、ありありと驚嘆が表れていた。
「ははは……違う違う。でもな、俺の仲間には、この事は黙っててくれよ。……俺は、ちょいと特別製なのサ」
「貴方の言葉ならば、信じられる気がする。そのようにしよう」
「っと、そう言や、名前聞いてなかったな?」
「私は、エルセイルと言う」
「エルセイル。……だけか?」
「とは?」
「ああ、いや、いいんだ。俺達は、2つとか、3つに区切られた名前を使っているんでね。俺は嵯峨 光政。嵯峨、って呼んでくれ」
「サガ……か。不思議だな」
「ん? 何がだ?」
「音(が似ている。我らが伝承にある、民を救いたもうた神の名に」
「そりゃ、照れるね。だが、流石に俺とは関係ないだろうなァ」
「いや、或いは……」
その言葉は、実は真実であったりするのだが、未来永劫、誰も知る事のない事実でもあるのだった。
「よっしゃ、行こうか、エルセイル」
「ああ。サガ」
そして、果てしない旅の道連れが、また、一人――
*
古代文明の末裔(エルセイルとの出会い。
それは、時を越えた壮大なる叙(事(詩(……遥(かなる兄弟との出会い。
その筈(だった。
だが、G・サジタリアスに乗る誰もが、そ(れ(が訪れる事など、露(とも夢想しない事だった。
白銀の翼 G・サジタリアスが、星の海を行き交う人々と出会うのは、それから程なくしての事となる――