INTERLUDE 「砂塵の邂逅」

  “反省”する者はさかしき者であり、“後悔”する者はおろか者である。

  ここで、時間は少しだけ巻き戻る。
  それはG・サジタリアスが、惑星デイジー・ワールドへ辿り着く、数日前の事。
  嵯峨 光政は一人、コスモ・シャドウを駆り、艦を離れていた。
  (たまにゃ、一人旅ってのも いいモンだぜ)
  巡航形態へ変形させた機体を、気の向くままに飛ばしていた嵯峨だったが、一つの惑星を見かけ、機体を停める。
  「……何だ……?」
  声、という様なものではない。ないのだが、何故か、誰かに呼ばれている気がした。
  どの道、当ての無い旅路である。
  (多少の寄り道も、良かろうよ)
  進路を変更し、機首を惑星に向ける嵯峨。
  苦も無く大気圏を突破すると、そこは、荒涼たる大地に、乾いた風が吹く星、だった。
  「ガイン、大気組成は どんなモンだ?」
  コックピットには、嵯峨一人の筈だったが、その声に反応が返る。
  それは、搭載した人工知能、Guardian・Advanced・Intelligent・Navigater、“GAIN”のものだ。
  『タイキソセイ――』
  (……人類生存可能、か。こりゃあ間違いなさそうだな)
  読み上げられるデータを聞き、嵯峨の中に確信が生まれる。
  根拠など何も無いというのに。
  何かが在る。いや、が居る。
  巡航形態から人型へ戻り、地表へ着陸する。
  そこは、砂嵐が吹き荒れる、荒野の真っ只中。
  ぐるりと周囲を見回すが、砂嵐にさえぎられた狭い視界の中は、360度、岩と砂以外に見える物は無い。
  「口笛でも吹きたい気分だな」
  機体を降りた嵯峨は、だが、迷う事もなく歩を進める。
  やがて、砂嵐が弱まり、視界が広がってくる。
  「む……っ?」
  嵯峨が見たのは、鎖につながれた、一人の男。
  その男は、巨大な石柱に絡められた鎖に手足を繋がれ、衰弱しているようだった。
  「何を……してるんだ?」
  少し間抜けな質問だったかも知れない。
  (いや、まぁ、見りゃ判るってもんだが)
  そんな愚にも付かぬ思いが、脳裏に浮かぶ。
  第一、それ以前に、言葉が通じるかどうかも――
  「何者だ?」
  こちら側からの問い掛けが通じた訳では無いが、嵯峨には男の言葉が理解できた。
  地球で言えば、初期のラテン語の文法に近い、崩れた言語ととれた。それは、嵯峨に古代人との遭遇を想起させた。
  嵯峨は、地球上の、古今東西の あらゆる言語を知っていた。
  “大戦”終結後、地球全土を隅から隅まで巡った際に、土地の者との やり取りの為に、片っ端から詰め込んだからだ。
  二人は、ごく自然に会話を始めていた。
  「俺は、遠い星から来たんだ」
  「ホシ?」
  「ああ。夜空に広がる、あの光る点の一つから、な」
  空を無造作に指す。と、男の表情はそれと判るほど変化した。
  「……アナタは、神なのか?」
  「神、か。どういう意味で言ってんのかにもるが、お前さんと同じ存在さ」
  思わせ振りな言い様も織り交ぜ、けむに巻く嵯峨。
  改めて見ても、男はヒトと見えた。
  外見上は、古代において中米から南米にかけての地域に栄えたという、マヤ、インカ、アステカといった文明を築いた人々の想像図を思わせる顔立ちだ。
  「……そうか」
  男は隠す事もせず、落胆の色を浮かべた。
  「ところで、お前さんは何でしばられてる?」
  「異空いくうの者よ、私に関わらぬ方が良い」
  「ほぉ。ここ以外にも世界があることを、知っているか」
  見くびっていたつもりは無かったが、驚きは湧いてくる。
  異なる空。それはすなわち、“異なる世界”という概念を持っている、ということに他ならない。
  でなくば、異空などという表現が生まれよう筈もない。
  「私は罪人とがびと。ここでちるが定め」
  「その通り。罪人に関わる事あたわず」
  男を捕えている石柱の背後から、何人もの男達が、姿を現した。
  若い者も居れば、年嵩としかさの男も、老人も居る。衣服の類似性からして、同族の者達なのだろう。
  その中から、骨を皮がおおっただけにしか見えない老人が進み出て、嵯峨を制止する。
  「何ンだ、お前さんは?」
  「我らは神に打ち捨てられた。いやしき民の末裔まつえい……」
  「……人をおとしめるは血にあらず。しゅに非ず。その者の心の在り様なり!」
  朗々と響き渡る大音声だいおんじょうで、嵯峨は反論する。
  「!?」
  「過去に何があったかは知らんが、過去をいるだけなら何者でも出来よう。だが、命は明日みらいに向かって生きるものぞ!」
  「な! ……何を言われるか。我らは――」
  「しかして、お前達のそれは、悔いているのではない。“とらわれている”と言うのだ! 過去に囚われ歩みを止める事こそ大罪と知れいッ!」
  刹那せつな、論破されかかった老人が、冷静さを取り戻し試みた反論を、嵯峨は畳み掛けるように押し切る。
  「……!」
  老人が、がくりと膝を付く。老人の中の何かが、木っ端微塵に吹き飛ぶ様が見えるようだった。
  「何をしたかは知らんが、お前さんは悪い奴には見えん。俺と共に行かんか?」
  捕われの男へ向き直った嵯峨は、自身でも突拍子もない事を口にしているな、との思いを抱きつつ、誘いを掛けた。
  「!? 私を――導くというのか?」
  「いや、いや。そんな大げさなモノじゃねぇよ。ただ、その方がいような、気がしただけさ。……どうだい、異空と言っても、色々な世界があるんだぜ。そいつを見て回らないか?」
  「…………」
  しばし、沈黙が流れた。
  「……私は捕われの身。だが、ここから開放してくれたなら、貴方に従おう」
  「なンか意味が違うような気もするが……。まァ、良かろうよ」
  ぼりぼりと後ろ頭を掻いてから、おもむろに、男を繋ぐ鎖を手に取る。
  それは、つたないと一目で判る鍛造たんぞう技術で造られていたが、如何いかんせん厚みが あり過ぎた。
  一つ一つの輪が、直径5センチはあろうかという鉄材を曲げて造られている、途轍とてつもない代物だった。
  まかり間違っても、ヒトの力で どうにかなる物ではない。
  無論、ヒトの力では、だが。
  「……フンッ!」
  一瞬、だった。
  まるで、氷の彫刻かと錯覚するほどに、ドロリ、と握った部分が溶断される。
  両手両足分、四本とて、溶断するのに時間は要らなかった。
  「……貴方は本当に、神ではないのか?」
  その言葉には、ありありと驚嘆が表れていた。
  「ははは……違う違う。でもな、俺の仲間には、この事は黙っててくれよ。……俺は、ちょいと特別製なのサ」
  「貴方の言葉ならば、信じられる気がする。そのようにしよう」
  「っと、そう言や、名前聞いてなかったな?」
  「私は、エルセイルと言う」
  「エルセイル。……だけか?」
  「とは?」
  「ああ、いや、いいんだ。俺達は、2つとか、3つに区切られた名前を使っているんでね。俺は嵯峨 光政。嵯峨、って呼んでくれ」
  「サガ……か。不思議だな」
  「ん? 何がだ?」
  「おんが似ている。我らが伝承にある、民を救いたもうた神の名に」
  「そりゃ、照れるね。だが、流石に俺とは関係ないだろうなァ」
  「いや、或いは……」
  その言葉は、実は真実であったりするのだが、未来永劫、誰も知る事のない事実でもあるのだった。
  「よっしゃ、行こうか、エルセイル」
  「ああ。サガ」
  そして、果てしない旅の道連れが、また、一人――

  古代文明の末裔まつえいエルセイルとの出会い。
  それは、時を越えた壮大なるじょ……はるかなる兄弟との出会い。
  そのはずだった。
  だが、G・サジタリアスに乗る誰もが、が訪れる事など、つゆとも夢想しない事だった。
  白銀の翼 G・サジタリアスが、星の海を行き交う人々と出会うのは、それから程なくしての事となる――


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