PHASE_1 「アクリーション・ディスクの向こうに」
この宇宙には、謎も不思議も有りはしない。
それは偏に、俺達ニンゲンが物を知らないってだけの話だ。
謎だ不思議だと言ったところで、それらは厳然(として、そこに存在するモノなんだからな。
*
実際に出入りするようになって、初めて判った事だが、この嵯峨さん達の隠し部屋は、艦内に複数ある“秘匿(区画”の一つだった。
これらのエリアは、基本的に嵯峨さんのみが把握しており、他の乗員は存在すら知らされていない。
そして、入り口も、入る方法も、人の感覚だけでは、つまり何らかの探知装置でも用いない限りは、感知する事は不可能なものだった。
当初言われていたように、この艦やコスモ・シャドウが、発(見(されたものであったなら、それは謎を増やしただろう。
けれど、それも擬装情報であり、全ては嵯峨さんの構築したものであった。
長い、気の遠くなるような長い時をかけて、嵯峨さんが蓄積した知識や技術の集大成、それがG・サジタリアスであり、コスモ・シャドウなのだった。
「どうにもよ、俺にも うまい事 説明出来んのだが……。あ(の(一件、何かが引っ掛かってんだよ」
あの一件、というのは、惑星デイジー・ワールドでの事を言っているのだろう。
嵯峨さんは あれ以来、釣られた魚状態だ、と、頻(りに言っていた。
つまり、喉に針が刺さったかに、得体の知れない何かが気になって仕方ないようだった。
「その“何か”の正体は、判らないんですか?」
「シッポは掴んでる気がするんだが、何でか全体像が見えてこねぇ。もどかし過ぎらぁ」
「しっぽ、とは?」
「ん。観測データの中にな、次元震動みてぇなモンが あったんだ。時間と空間が一度ねじ曲がって、元に戻った形跡がよ」
「それが、どう繋がる……?」
「そこがな――」
(時間と、空間が、ねじ曲がって――)
イメージを頭の中で描いてみる。
すると、そこに一つの答えが浮かび上がった気がした。
「! 嵯峨さん、もしかして」
もう何が起きても驚かないだろう、という心境に至って、僕は思い付いた事を開陳(してみる。
「ぬ?」
「あの肉食植物は、次元を越えて来た、異次元生物だったのでは……?」
自分でも、荒唐無稽な事を言っていると思ったものだが、そもそも聞いている御二方からして常人ではないので、返ってくる答えも また、常識では測れない。
「そうか、それだ!」
「……ユウキ、気は確かか?」
御堂さんは、僕等二人の正気を疑いかけている。
「あたぼうよ。考えてもみろよ、御堂。おかしいだろ? 肉(食(な(の(に(、あの惑星にゃ植物しか無かったんだぜ?」
「そう言われると、不自然ではあるが……。だからと言って、その二つの事実、重ねて考えても良い物なのか?」
「むしろ、繋がっていると考えた方が自然だろう」
あくまで懐疑的な御堂さんだが、殊更否定する訳でもない。
自分自身も長い旅をし、在り得ない物も多く見て来たからなのだろう。
「危ねぇ、忘れる所だったぜ」
御堂さんとの議論が白熱している さ中に、突然嵯峨さんが僕に向き直る。
何を切っ掛けにして そうなるのやら、時々、嵯峨さんの思考パターンを調べたくなる衝動に駆られる。
「何です?」
ずい、と差し出された物は、30センチ弱の、金属製の角型の棒だった。
2/3程が、少し細くなっている。
受け取ってみると、見た目から受けるイメージよりは軽い。
「ビーム・ブレードだ。この先 似た事案が無いとは言い切れねぇんだし、持っとけ」
「び、ビーム!?」
危うく取り落としそうになってしまった。
「おい、ユウキ」
「大丈夫だ、こいつなら。扱い方を間違えたりはしねぇ」
「信用してもらうのは有り難い事なんですけど―― ん? これって、あの時 嵯峨さんの使っていた?」
そこで思い出したのは、気を失う直前、嵯峨さんが構えていた物、それが これなのではないか、という事だった。
「ああ。コイツを用意するんで手間取っちまってな……」
数秒の沈黙が訪れる。
僕同様、嵯峨さんも、オルテガさんの顔を思い出しているのだろうか……。
「ちなみにな、そこのスイッチを押してる間だけ、ビームを発振させる仕掛けなんだが、俺が持つんでもない限り、5、6振りする程度のエネルギーしか貯めておけねぇんだ。そこだけ気を付けろよ」
「は、はぁ」
何とも物騒な物を預けられたものだ、と思ったが、次の一言で考えが変わる。
「美緒をまた、危ない目に合わせたくはあるまい?」
「――ッ! そう、ですね……」
この時は、自分と美緒さんの間の事、としか認識しなかった。
だが、もしかしたら嵯峨さんは、過去にパートナーを失っているのでは、と思い至るのに、それほど時間は要さなかった。
むしろ、そうでなければ、幾ら信用していると言った所で、僕などに こんな危険な物(を渡す道理は無いだろう。
この暫く後、嵯峨さんの居ない所で御堂さんから聞いた話だが、歴史上のミステリーとして語り継がれていた、ブルーメタル製の武器。
あれも、嵯峨さんが造り出した物で、その時々の仲間達に手渡していたのだそうだ。
そう聞いて、僕は、自分の推測の正しさを確信していた。
そして同時に、嵯峨さんの秘める悲しみの大きさに、思いを馳せるのだった。
*
「通常空間復帰完了。通常航行へ、モード変更」
「艦体各部、異常認めらレませン」
マセラトゥさんの確認に、場の空気が弛緩(する。
再確認は必要だが、予定通りならばG・サジタリアスは、銀河系を臨(める位置まで戻って来ている筈だった。
銀河系のような大構造には、概(ね伴(銀河と呼ばれるものが付随する。
球状星団と呼ばれる それは、銀河系の縁(に、紐(で繋がれたように随伴(する、小規模の銀河だ。
その内の1つ、M13銀河の近傍に出る予定になっていた。
「ふぃーっ。毎度ながら、なんか緊張すんだよな、コレ」
志賀さんが、その空気を代弁した直後。
「ン!? 副長! よろシイでスか?」
「どうしたんだい?」
その情報の異常さは、マセラトゥさんの表情から、即座に先輩へと伝わったようだ。
言いつつ、マセラトゥさんの席へ流れて行く。
「こレを」
マセラトゥさんは、とにかく見てくれという風に、制御卓(の情報表示部分を示す。
そこには大量のデータが表示されていたが、僕には何が何やら。
「これは……? どうやら、ブラックホール、のようだ。けど――」
そのデータには、先輩の言葉を歯切れの悪いものにするだけの理由が、あるらしい。
「はイ。ブラックホールを含む、多重連星系であると思わレまス。シかシ、そレだけならば」
「! まさか、これは!?」
「その可能性が、高イのではなイでシょうか?」
「驚いたな……。確かに、可能性はゼロじゃないんだけれど。再度の観測結果は?」
「ビンゴでスね」
「間違いない?」
「フリンジが出てまスから、まず99.9%間違イなイと思われまス」
「そうか……!」
「何か あったのか?」
「どうしたんじゃ? 故障かの?」
ただならぬ雰囲気を醸(し出す二人に、ブリッジのメンバーが集まり出す。
「詳しいことは、ここからじゃあ判らないけど……。アクリーション・ディスク文明だ!」
珍しく興奮した表情で、先輩が声を大にする。
「……何だ、それ?」
まさに、的確な一言だった。
「あれっ」
「ハハハ。アクリーション・ディスクとは、ブラックホールの周囲に構成さレる、ガスの円盤のことでス。そレを利用する文明とイう事で、アクリーション・ディスク文明と呼ぶのでス。……今までは、あくまで想像の産物でシたが」
「それが、それが僕らの目の前にあるんだよ!」
「えー、と。……つまり?」
「おいおい……。だから、それを造った知的生命体がいるって事じゃないか!」ヾ(´д`;
「うおおおお! それってスゲーじゃねーか!」(゜Д゜;)三( ;゜д゜)
「だからそう言ってるでしょ……」(~-~;
しかし、事態は立て続けに進展する。
「こレは……!?」
続けてマセラトゥさんが、新たなデータを見て驚く。
謎の通信を傍受(したのだ。
銀河系の縁に居るとはいえ、太陽系は遥か遠く、2万光年以上の距離があった。
地球人類のものでは、有り得ない。
必然的に、アクリーション・ディスク文明を築いた人々――いや、どんな姿をしているのかは判らないけれど――のものだという結論になる。
マセラトゥさんのチューニングの結果、艦橋に聞き覚えの無い言語が流れ始める。
「喋ってる、ってのは雰囲気で判るが、聞いた事ねえ言葉だなあ」
「そうじゃの、ワシも聞いた事が無いわい」
解読できぬ言語に困惑が広がる中、嵯峨さんだけが緊張感を表情に纏(わせていた。
そのまま、足早に艦橋を出て行く。
「この言語体系なら、翻訳機が作れそうだ」
などと言ってはいたが、その表情を見る限り、嵯峨さんは通信の内容を把握しているのではないか、と思えた。
それも、あまり良くない部類の。
その予測は、隠し部屋に行く事で確信に変わる。
*
隠し部屋には、不穏な空気が流れていた。
「ワーカーの武装化と、ホーン・ド・コアの重装化? 本気なのかユウキ」
その口調は、なじるような調子を含んでいると感じた。
御堂さんは、相変わらず嵯峨さんを“ユウキ”と呼ぶ。
聞いた話では、嵯峨さんは最初から そういう名前であった訳では無く、時代ごとに違う名前を使っていたらしい。
そして、一番最初の――つまり、人であった頃の、元々の――名前が、先輩と同じ音(なのだ、という事だった。
「ああ。どうにも この先、キナ臭くなりそうなんでな。さいわいな事に、ホーン・ド・コアのプランは出揃ってる。後は候補絞りゃ いいだけだしよ」
「よもや、こちらから仕掛けようなどと――」
「ンな訳あるまい。専守防衛って奴よ。俺(等(の(国(の十八番(だったろうが」
釘を刺そうとする御堂さんを遮(り、否定する嵯峨さん。
嵯峨さん達の国、とは、僕等の御先祖様達が住んでいたという、海に没した、日本列島に在った国の事だろうか。
「……そうだったな。過去の事 過ぎて忘れていたよ」
「それと、翻訳機だ。俺は いいとしても、他の連中は通じねぇだろうからな」
「端末が あるだろう。それでは足りんのか?」
御堂さんは、机上のタブレット端末を指すが。
「いちいち こんなモン操作してたらキリがねぇだろ? マシンセルでSOMA(にリンクさせりゃ、万事解決よ」
SOMAとは、G・サジタリアスのメインコンピュータの事だ。
嵯峨さんと同じく、球体コアの姿となった、ソウマさんという人の事でもあるらしい。
ひょい、と差し出した嵯峨さんの手の上には、薬の錠剤と思(しき物が乗っていた。
「薬? ですか?」
「翻訳薬(――いや、“翻薬(”って所か? こいつにゃ俺の構造体と同じ、マシンセルが混ざっていてな、SOMAと無線通信できる。翻訳機能限定で、だがな」
「ユウキ、お前まさか……何かの蒟蒻(から着想を得たのではあるまいな?」
嵯峨さんの言葉に引っ掛かりを覚えたらしい御堂さんが、僕には意味の判らない詰問をする。
「…………。サア? ナンノコトヤラ」
暫(しの沈黙の後、口笛を鳴らしつつ、視線を逸(らす嵯峨さんと、額(に手を当て、長い溜め息を吐(きつつ首を振る御堂さん。
本当に、一体 何の事なのやら……?
*
地球時間に合わせてある艦内の時間で、深夜――
常夜灯以外の光源の無い通路を、ぼうっ、と、光る物が通り過ぎる。
『ぼ、くは……』
それは、人の姿をしていた。
「コラコラ、まぁだ寝惚けてンのかぁ?」
『きみ……は?』
光る人影が振り返ると、そこには嵯峨 光政が立っていた。
「まいったな、寝かし過ぎたか? 大丈夫かよ ソウマ?」
『ソウ……マ?』
「うーむ……。重症だな、こりゃあ」(・A・;)ゞ
ぼりぼりと後ろ頭を掻く嵯峨。
『その、癖……。懐かしい、な』
「おっ?」
『ユウ、キ。随、分、久しぶりの、気が するけど』
「そりゃあ そうだろ。あ(れ(か(ら(200年近く経ってっからな」
『そうか……そんなに経ったんだな』
「どうだ? ハッキリしてきたか?」
『ああ。それで、これは――どういう状況なんだい? 僕は実体じゃないようだが』
自分の身体を眺め回すSOMA。
それは、嵯峨が艦載機の設計にも使っていた、立体映像(と同じものだった。
「すまんなァ。今オマエは、この艦のメインコンピュータと直結さしてるもんでな、出歩けるようにゃ、してやれねぇのよ」
『ふむ』
「コア外すにゃ、一度完全に動力落とさんと ならんのだが、当分そんなタイミングは取れそうもなくてな」
『いいさ。リハビリだと思って、まずはこの姿に馴れるよ』
「細(けぇ動勢は、メインコンピュータにアクセスして把握してくれや。直結してっから、問題無く繋がるだろう」
『わかった』
SOMAの姿が消え、再び常夜灯のみの薄闇が訪れる。
「このまま立ち去るって手も、無くは ないんだがな……」
薄闇の中、嵯峨の呟きは、その姿と共に通路の向こうへ消えて行った。
*
そこは、ブラックホールと2つの恒星から成る、3重連星のクエーサーだった。
クエーサーに近付くと、“それ”は、より明確になった。
降着円盤(には、明らかに人為的な設備が備わっており、今まさに発電をしていると見えた。
出来得る限りのデータを取りつつ、アクリーション・ディスク近傍で休息するG・サジタリアス。
効率的なエネルギー充填(の為、G・サジタリアスは恒星に艦の天井方向を向け、限界まで接近していた。
視界いっぱいに広がる、頭上から照り付ける恒星は、室内に影響が無いにもかかわらず、うだるような暑さを感じた。
「暑(ぃ……」
「ですね……」
今にも制御卓(に突っ伏すか、さもなければアイスクリームの様に溶けてしまいそうな志賀さんの呻(きに、僕も同意するしかない。
人は何故こうも、視覚からの情報(に左右されてしまうのだろうか。
ちらと嵯峨さんを見ると、いかにも呆れている、といった表情で志賀さんを見ていた。
呆れて物も言えない、とは良く聞く表現だが、まさか実際に この目にする事になろうとは。
「嵯峨さん……せめて もう少し離れてもいいのでは」
「お前等、ここはいいから。部屋に引っ込んでろ……」(-д-;)
僕の提案は、にべも無く却下されてしまった。
気分の問題とはいえ、こればかりは如何(とも し難(く、体調まで悪くなっては敵わないので、早々に部屋へ撤退する事にした。
*
レイジに続くようにして、志賀も出て行った艦橋で、データ採取と解析作業が続いていた。
「その、と、父さん」
「ん? どうした優輝」
嵯峨、マセラトゥと共に分担して解析に当たっていた優輝が、嵯峨を呼ぶ。
「どうやらここは、発電だけの施設じゃないみたいだ。一部の設備に、モノポール素粒子が貯蓄されているよ」
「モノポール素粒子だと? そんなものを実用化してるってのか……」
純粋な驚きを隠さない嵯峨。
「どういう事?」
「モノポール素粒子とは、磁気単極子のことだ。有り体に言えば、磁石のS、またはNだけの状態だ」
「え? でも確か磁石って、真ん中で切っても、そのそれぞれの端がSとNになって……って繰り返すんじゃ?」
「そうだ。だから、モノポール素粒子の状態で存在する事は不可能に思えるが、実際には10万立方光年、つまり銀河系程度の空間に“一つ”、存在するとは言われていたんだが」
「銀河に一つでスか。幾ら何でも非実用的でスね」
「じゃあ?」
「! 待って下さイ。こレは もシや、ブラックホール蒸発理論を応用シてイるのでは?」
「何?」
「ブラックホールは蒸発スる。これは御存知でスか?」
「そうなの?」
「はイ。あくまで理論上のもので、確認さレた訳では無かったのでスが、そレによると、真空は揺らぎにより、粒子と反粒子が対生成さレ、瞬時に対消滅スる空間だと言イまス。そこで問題となるのが、その対生成がブラックホールの、イわゆる事象の地平線ギリギリで起こった場合でス」
「両方とも落ちる?」
「その場合は特に問題にはならん。最も重要なのは、この時、片割れである反粒子のみがブラックホールに落ち、粒子が脱出した場合だ」
優輝の問いに、マセラトゥを引き継ぐ形で、嵯峨が答える。
「あれ? それって、エネルギー保存則に反するんじゃ?」
「いいや、そうじゃあない。その場合こそ、反粒子によってブラックホールそのものの体積が“減少してしまう”のさ。そうなる事で、エントロピー増大の法則は保たれているんだ」
「ええと……ここまでを総合すると?」
「つまり、それと同じ手を使い、通常よりも多くのモノポール素粒子を集めることができる、って事だ。多分な」
「はぁ……」
恐らく理解は出来ていないのだろう優輝を見、顔を見合わせ苦笑するしかない嵯峨とマセラトゥだった。
「それにしてもマセラトゥ、どこでそんな理論仕入れた? 言われるまで忘れていたぜ」
「恐レ入りまス。昔取った杵柄(とイうものでシて」
「どんな杵柄だよ……。ったく、世の中広いたぁ、よく言ったもんだな」(-_-;)
「そ、それより、充填もデータ採取も済んでるんだし、そろそろ ここを離れた方がいいんじゃ?」
例によって後ろ頭を掻く嵯峨に優輝が進言するが、この時点で既に、二人の視界の外で、マセラトゥの表情が一変していた。
「あぁ、そうだな。面倒に転がり込んで来られても敵(わんしな」
「……! どうやら、一足遅かったようでス」
『そこの艦(! 何者か! そこで何をしている!』
「!?」
マセラトゥの言葉に問いが発せられる前に――通信は来た。