PHASE_2 「既知との遭遇」

  如何いかあらたしい世界へ臨機応変に入り込むか。
  如何にふるい世界を切り捨てられるか。
  ……切り捨てると言っても、良い意味のそれ(取捨選択を誤らないこと)であって、悪い意味のそれ(放棄)ではない。断じて。

  「ゲッ、まじぃな。レーダーなんざ見てなかったぜ」
  「解析作業で手一杯だったんだから、仕方ないよ……」
  「自動警告モードにシておくべきでシたね、こレはミステイクでシた」
  すでに大半の乗員が翻訳機を服用済みだったので、当然、優輝とマセラトゥにも、内容は通じている。
  制御卓コンソールに目を落とすマセラトゥ。
  レーダーレンジを最小にしても、相手艦は直近に表示されるまでに接近していた。
  だが、もはやレーダーを確認するまでもなく、通信を送って来ていると思われる その相手は、艦外映像にも映し出されていた。
  「魚が泳いでる」
  「カジキっぽいな」
  (さスが親子、この状況でものンでスねぇ)
  無造作に接近して来る相手は、何やら魚を思わせる外観をしていた。
  場所が宇宙空間だけに、見ただけでは相手のサイズは測りかねたが、G・サジタリアスと同等か、それ以上の全長が ありそうだった。かなり大型の艦艇のようだ。
  『聞こえているのか!? 返答如何いかんでは攻撃を加える!』
  「どっかで聞いたような台詞だな、まったく。どこでも変わらんな、軍人ってのはよ」
  「こちらはG・サジタリアス。太陽系から来ました」
  ボヤく嵯峨の後ろで、中央席の優輝が通信に応じる。
  スクリーンに、金髪を短く刈り込んだ、いかにも類型的な、軍人風の男が現れる。
  その風貌ふうぼうは、驚く事に地球人と見分けが付かなかった。
  「やめとけ優輝、太陽系なんつったって、通じるわきゃねぇ」
  『タイヨウケイ? 何を寝惚ねぼけた事を! そのようなごとが通じると思っているのか、連合のカラス共め!』
  「ほらな」
  「そうは言うけど……」
  「連合、とは何なのでシょうね?」
  「さぁな。しかし、ここらの星にもカラス、居るんだな」
  『き、貴様等、馬鹿にしているのかッ!』
  マセラトゥと嵯峨の、己を無視した場違いな物言いに、通信機の向こうの男が激昂げっこうする。
  「さて、そろそろ行くか」
  『何の騒ぎか、ディアス殿』
  殊更ことさらに男を無視し、嵯峨が席に着く素振そぶりを見せた時。男の背後から、別の男が現れた。
  『く、クーゲルきょう……いえ、その、我が方の宙域に、不審船が――』
  『ふむ』
  クーゲルと呼ばれた男は、皆まで聞かず、それ以上の報告など無用とでも言いたに、通信機の方へ向き直った。
  それぞれ多少の表現の差は あったが、嵯峨達の中に、一つの言葉が浮かんでいた。
  丈夫じょうふ
  この世のものなのかと疑ってしまう程の美貌に、知性をたたえた双眸そうぼうは、その一語で全てが語れてしまうと思える、男であった。
  ディアスと呼ばれた先程の男は、どうやら階級としてはクーゲルより下の様で、苦虫を噛み潰したような顔を最後に、カメラの視界から消えてしまった。
  言葉も無く立ち尽くす嵯峨達を見、ディアスのそれが くすんだ偽物に思えてしまう程の、長く見事な金髪を、流れる様にひるがえしたクーゲルが、口を開く。
  『お初に御目に掛かる。ライガルド帝国 司令官、アルスルーヴェ・クーゲルと言う。君達は、連合の者ではないな?』
  「……ああ、そりゃ確かだ。俺達ゃ、隣の銀河から来たんだからな」
  いち早く我に返った嵯峨が、辛うじて答え、継いで、相手に応え自分達も名乗る。
  『ほう。……とは言え、君達の その髪色といい、言葉が通じる事といい、せん部分もある』
  ほんの一瞬、驚きを顔に表すが、すぐに言葉を継ぐクーゲル。
  「釈明する場が欲しい所だが?」
  通信機の向こうで、気体を吹いた様な音がし、クーゲルが視線だけを そちらへ向けたのが見えた。
  クーゲルの振るまいからして、恐らく、ディアスが席を外したのだろう。
  『我が軍の士官が失礼したようだな。出来れば直接会って話がしたいのだが、良いかな?』
  それを裏付けるように、わずかだが、クーゲルの口調が砕けたものになる。
  まだ形式かたしきって聞こえるのは、生来のものだからかも知れない。
  「ああ、構わんよ。どこか適所は あるのかい?」
  『この星系の第2惑星まで お越し願えるか? その重力安定点に、惑星改造拠点コロニアがある』
  「重力安定点……ラグランジュ・ポイントか。了解した」
  『では、後程お会いしよう。楽しみにしている』
  通信が切れる直前に見たクーゲルの柔らかな笑みは、作り物とも思えなかった。
  ともあれ、艦橋の緊張が解ける。
  「ふぅ、やれやれ。……割りに合わねぇ話だぜ」
  「嵯峨さン、どうするのでス? 行くのでスか?」
  「ああ。最初の奴は問題外だが、クーゲルは信用出来そうだしな」
  「本当に、大丈夫なんだろうか……」
  半ば独り言としてか、優輝が呟く。
  「何、問題ぇ。俺一人で行って来るからよ」
  「一人で!? そ、そっちの方が問題じゃないか! 何か あったらどうするんだよ!」
  (……あ、いけね)Σ( ̄□ ̄;)
  安心させるつもりで言った嵯峨であったが、その根拠たる“自身の特殊性”について語ったのは、現段階では御堂とレイジのみである。
  それを知らぬ者には、むしろ当然の如く、逆効果になる道理であった。
  「あー、いや、その、何だ……そ、そうだな、誰か連れてく事にすらぁ」
  しどろもどろに なりながら、何とか その場を取りつくろおうとする嵯峨。
  「僕が一緒に行く」
  「お前まで居なくなったら、フネ、どうすんだよ……。ダメだろ」(-д-;)
  現状、“操艦出来る”と言えるレベルに居るのは、嵯峨と優輝だけだった。
  レイジやマセラトゥも動かせるとはいえ、そこには“辛うじて”、或いは“何とか”という修飾が付く。
  二人して艦を離れては、如何いかな超戦艦G・サジタリアスとて、宇宙に浮かぶ寸胴鍋も同然だろう。
  「うっ、それは……」
  「安心しろぃ、アテは あるからよ」
  何とか やり取りを切り上げて、速やかに この場を脱しなければ、収拾が付かなくなりそうな悪寒を感じた嵯峨は、そう言い置いて、そそくさと艦橋を出て行った。
  「…………」
  「副長の事が心配なのでスよ、きっと」
  「でも……それでも! ……どうして あの人は……」
  それ以上、言葉に ならない優輝だった。
  「ユウキ、私も行こう」
  「御堂? 珍しいじゃねぇか、お前が率先して動くとはよ」
  居住区画まで降りた嵯峨の前に、御堂が現れる。
  「たまには気紛きまぐれも起こすさ」
  「そか。……さて、と。鬼が出るか、じゃが出るか、ってな」
  「楽しんでいるな、こんな状況だと言うのに」
  「ま、何か あっても、俺が何とかするさ」
  「その辺りに関しては、心配していないよ」
  「おぉよ、任しとき」

  クーゲルのげんに従い、恒星を離れ第二惑星へ進路を向けるG・サジタリアス。
  重力安定点、地球で言う所のラグランジュ・ポイントは、通常幾つか存在するのだが、嵯峨には迷う心配は無いという確信があった。
  あの男が、この程度の凡ミスをするとは思えない。
  果たして、第二惑星がモニターに姿を捉えられるようになる頃には、人工構造物が存在するラグランジュ・ポイントは、1つしかない事が判明する。
  「おー、まさにスペース・コロニーだな」
  そこに浮かんでいたのは、全長10キロ、直径2キロという、呆れる程 巨大な円筒だった。
  その姿は、まさに古典SFにより提唱された、密閉型宇宙居住区そのものだった。
  「ん? しかし、回転は していないんだな」
  「回転で重力を起こすタイプじゃねぇのかもな」
  遠目には判然と しなかったが、円筒は回転等は しておらず、静止していると見えた。
  先刻、クーゲルが乗っていた艦も停泊している筈だったが、視界の中には見えなかった。
  相対速度を合わせ、ゆっくりと近付いて行く両者。
  艦橋に優輝を残してきた効果は、てきめんだった。
  円筒構造物からの指示で、とげの様に幾つも突き出している桟橋の一つに艦を寄せる際にも、寸分のズレも無く、エアロック同士が ぴたりと重なった。
  「さすが、いい仕事だぜ」
  息子の手腕を褒める嵯峨。
  「自画自賛にしか聞こえんぞ、ユウキ。いや、どちらかと言えば親馬鹿、か?」
  「う……」
  御堂の辛辣しんらつな意見に、二の句がげない嵯峨であった。
  ドッキングが完了し、互いのエアロックが解放され、通路が繋がる。
  「ぬぉ?」
  接続通路を流れて行く二人だったが、前を行く嵯峨が、円筒構造物側に入った所で、落下するようにして膝を着く。
  「どうした?」
  「っと。御堂、気ー付けろ、慣性制御が働いてる みてぇだ」
  立ち上がりつつ振り返り、注意を促す。
  「人工重力か」
  足を床面へ向けて進み、御堂はスムーズに着地する。
  「見た目だけでは なさそうだな」
  「流石アクリーション・ディスク文明。地球よか、よっぽど進んでるぜ」
  桟橋を抜け、円筒構造物の本体に入ると、見覚えの無い若い男が立っていた。
  青年はクーゲルの付き人だと名乗り、案内役を仰せつかったと言った。
  青年の後に付いて進むが、行けども行けども、想像していた“筒の内側”には出なかった。
  「ふ、む。内側に人工大地が広がってるのかと思ったが……そうでもねぇようだな? もっとも、遠心力が要らんのなら、こんな構造でもアリなのか」
  慣性制御され、約1Gに調整されているらしい構造物内部は、地球に居るのかと錯覚しそうな程だった。
  「ユウキ、独り言は危ないぞ」
  「…………」
  御堂を振り返りはしたが、何も答えない嵯峨。
  だが その目は、何か言いたい事があると語っていた。
  「な、何だ?」
  「ここまで放置した俺も悪いがよ……御堂」
  嵯峨の表情は、今しも溜め息でもきそうなものだ。
  「そぉぉぉろそろ、修正してくれねぇか。お・れ・は・嵯・峨・だ」
  「……すまん」
  そっちか、とは言えず、素直に謝るしかない御堂であった。
  
  「待っていたよ、異邦の方々」
  部屋の一つに通された二人は、そこで優雅にグラスを傾けるクーゲルを見る。
  さも今、二人に気付いたかに、立ち上がるクーゲル。
  「まずは礼を言わせてくれ。アンタが居なけりゃ、折角出会った異邦人と いきなりドンパチやる所だったろうからな」
  「何、大した事はしてない。寧ろ我々が、非礼を詫びねばならぬ場面だ」
  「気にはしてねぇ。地球にも居るからな……ああいうタイプは」
  「ふむ」
  勧められたソファに腰を下ろしつつも、会話を交わす。
  「さてと。情報出すにしても、まずこっちからってのが礼儀かな。どこから話したもんか」
  「せんの疑問に答えて貰えると、助かるな」
  「そうか、それもそうだな」
  先の疑問、つまり、髪の色と、言葉が通じる事についての答えを求めるクーゲルに、嵯峨は ありのままを答える。
  「そうだったか。君達の技術は進んでいるようだな」
  「いや、そうでもねぇ。俺の造った あのフネは、地球の先端技術の遥か先にあるものだ。それでも、慣性制御は出来てねぇ。ここに来て、驚いたぐらいだ」
  「得手不得手、とでも言うべきか。二つの文明が手を組み補い合えば、人類は更に先を見る事が出来そうだな」
  「平和な出会い方が出来りゃ、だがなぁ」
  「うむ。心苦しい所だが、今、我々帝国は、南天連合と睨み合いを続けている」
  「南天連合……。ディアスの言ってた国? か。髪の色が どうとか聞いた気がするが、まさか連合の人間てな黒い髪なのか?」
  「その通りだ。長い歴史あってのこと ゆえ、最早何が原因かは判る物ではない。が、事実として、髪の色、肌の色によって住み分けが成され、今に至っている」
  「戦争に なりそうだってのか?」
  「既に一部では小競り合いも始まっているようだ。回避する努力を怠るつもりはないが、何分なにぶん、私は一司令官に過ぎぬ。諫言かんげんを呈するが関の山なのだ」
  「人の世ってな、どこも物騒なこった」
  「主義主張、信仰、貧富の差……争いの種には事欠かぬ。悲しい事だが」
  「信仰? 宗教……か。ヒトが宇宙に出る時代になっても宗教などとはな」
  「神は信じぬ口か?」
  「いや。どの道、実存が立証され得ないものは永遠に“グレー”なんだ。信じるも、信じぬも、自由。……それだけさ」
  「興味深い見解だな。私も信じているとは言い難いが、否定する気も無いよ」
  「おかしな話だな……。まともに行き来も できねぇ距離にある二つの人類種が、ここまで似ている」
  「だが、それこそ君の言う、永遠のグレーというものなのではないか?」
  「おっと、一本取られたぜ。確かに、答えは出ねぇだろうな」
  (いや、こいつは もしかしたら――“もしかする”のかも知れんぜ)
  エルセイル、そしてM13銀河人。
  そう言いつつも、嵯峨の中に、おぼろげなビジョンが浮かび上がろうとしていた。
  その後、地球人類にも髪色の違いがある事、太陽系の位置、等が簡潔に説明され、一つの区切りが付いた。
  それを見届け、今度はクーゲルが口を開く。
  まず、自身の属する体制が、帝政国家ライガルドである事。
  北天寄りの3つの星系を有し、南天寄りの5つの星系が まとまった連合国、通称南天連合と一触即発の状態にある事、等が語られた。
  「するってぇと、アンタ等が居るって事は、ここは帝国領内という事か」
  「いや、そうではない」
  クーゲルの語る所に依れば、今居る ここは、リューフェと呼ばれる中立星系らしい。
  「中立星系? 確か、ディアスって奴は、我が方の宙域だとか言ってたが」
  「それについては、詫びるしかない。我が帝国は“優雅たれ”というのが信条であるのだが……そうでない者も居るのだ。残念ながら」
  クーゲルの表情に、一瞬、かげりが差す。
  「あぁ、判るぜ。土台が人間。一つに まとまるなんざ、夢の話さ」
  「ふ」
  嵯峨の言葉に、笑みをたたえるクーゲル。
  それは、如何なる意味を持つのか。
  「しかし、そこは判らんな。地球だったら、中立ってのは、不干渉地帯の事だ。気軽に立ち入って良いモンなのか」
  「ああ、この銀河ではな。無論、戦争行為は御法度だが、通行する事に問題は無い。暗黙の了解というものだ。ちなみに、君達からは見えんだろうが、我が方の艦の隣に、連合の艦も停まっているよ」
  「な……」Σ(゜д゜;)
  「第二惑星ここには美味い酒が あってな。実の所、私自身も それが目当てで ここへ来ているのだが、連合の兵にも人気が高いようなのだ」
  「意外と呑気のんきなんだな……」
  (酒だけに、か?)
  話の良い流れを断ち切ってしまいそうな恐れもあり、心中密かに突っ込むに留めておく御堂。
  「そう言われてしまうとな。ろくな休暇も取れんのだ、たまには、と考えるのも仕方無かろう?」
  「そ、そうか……」
  この男には似つかわしくない、苦笑いを浮かべるクーゲル。
  生まれて この方300年弱、結局、一滴の酒も口にせず過ごしてきた嵯峨に、理解せよというのは酷だろう。
  (嵯峨さん、嵯峨さんっ!)
  「おぅ? どうしたレイジ?」
  やり取りの さ中、唐突に飛び込んで来たレイジの思惟に、思わず声に出して応じてしまう嵯峨。
  「?」
  (隣の第三惑星に、小惑星が衝突しそうなんです! 見て来てもいいですかね!?)
  (む……。あんま勝手に動くのも、どうなんかな……ちょいと待て、聞いてみらぁ)
  興奮気味のレイジに、さすがの嵯峨も慎重になる。
  「第三惑星ってのは、もしかして惑星改造の真っ最中かい?」
  「うむ、その通りだが?」
  「ウチの若ぇのが、見学したいらしいんだが、構わんかな?」
  「惑星改造は公社の仕事だからな、我々も手を出せぬ。だが問題は無い筈だ」
  「そうか。小型機だし、物の判る奴だ、軽々けいけいな事は せんとは思う」
  (いいってよ。だが近付き過ぎたり、おかしな挙動すんなよ。下手すりゃ撃ち落とされっぞ?)
  (ぅ……。は、はい、気を付けます)
  レイジの事は言葉以上に信頼している嵯峨だったが、ホーン・ド・コアを初めて操った時の事もあり、一応、“物騒な釘”を刺しておく。
  「君達は――精神感応能力を持っているのか?」
  「!? 何故……いや、そんな概念が ここにもあるのか。驚かせたのなら すまん。俺ではなく、今言った若い奴がな、異能に目覚めたらしい」
  「驚いた訳では……うむ、やはり驚いた、という事だろうな。この銀河にも、何人か それらしい能力を持つ者が現れたと聞いた事がある。研究対象と された時期もあるようだが、異端扱いを受けたらしい」
  「そうなのか……」
  「しかし、まさか私自身が 出会う事になるとは。何が起こるか判らぬものだな」
  (この男――疑いも しないというのか?)
  誰あろう、嵯峨から話を聞いて尚、未だレイジの能力について半信半疑の御堂は、クーゲルの、ひいてはM13銀河人の、メンタリティを計り兼ねていた。
  クーゲル個人に由来するものなのか、それともM13銀河人特有のものなのか。
  或いは、クーゲルが真実、知識欲に溢れた人物であるならば、これ程単純かつ明快な答えも無いのだが。
  その後も情報交換は続き――
  「しかし、何故です?」
  概ね やり取りが済んだと察し、付いては来たが ここまで口を挟む余地の無かった御堂が、クーゲルに問う。
  「む? 何が かね?」
  「失礼ながら、突然現れた見ず知らずの、それも、遥か宇宙の彼方から来た等と のたまう我々に、情報を与え過ぎているのではないかと。しかも直接会おう等とは……無防備に過ぎる」
  「興味があった、というのでは理由として不足かな? 情報の事ならば、私としては十二分に、対価を貰ったつもりだよ。気にする事は無い」
  「知略に長けた者にしか判らん事もある、ってこったよ、御堂」
  「ほう? 私の戦歴については、語っていない筈だが」
  「判るさ。地球の歴史にも、高名な軍略家が何人も居る。あんたは……歴史書から受ける、軍略家のイメージそのままだ」
  「これは。褒め言葉と受け取っておくべきかな?」
  さも当然、と口に出すようなクーゲルではない。
  緩衝材を挟んだような言い回しになるのは、自然な流れだろう。
  「率直な感想なんだがな。少なくとも俺個人は、駆け引きって奴は苦手だからな」
  後ろ頭を がりがりと掻く嵯峨。
  表情かおにこそ出しはしなかったが、あまりに明け透けな この男に、クーゲルは少なからず戸惑いを覚えていた。
  規模の大小は あれど、常に戦乱に明け暮れてきたM13銀河。
  クーゲルとて、立身出世の道と言えば、と問われれば、軍人として、と答えるのが至極当然の少年時代であった。
  そんな中にあっては、無理からぬ事なのかも知れない。
  他の銀河から来た、という以上の意味で、クーゲルにとって嵯峨は、初めて出会うタイプの人間であった。

  M13銀河人類との初接触は、僕の知らない所で平和裏に幕を閉じたようだ。
  この時点ではまだ、予断を許さず、という注釈付きではあったが。
  さて置き、嵯峨さんの部屋へ行くと、丁度一仕事終えたのか、長い息をいている所だった。
  余りに人間臭いので、すぐに忘れてしまうが……嵯峨さんを見ていると、機械で出来てるとは思えない。
  いや、元は生身の人だったのだから、人間臭いのは当然、なのかな?
  「何です?」
  「重力ブロックで やってた実験じゃあ、成果がイマイチだったんだがな、あちらさんのフネを見学した お陰で、やっと慣性制御エリアを艦全体に拡大する目途が付きそうだ」
  「あれは、回転の遠心力で発生させていたのでは?」
  慣性制御というのが、具体的に どういうものかは判らなかったけれど、てっきりドラムの回転だけで重力を作り出しているのだと ばかり思っていた。
  「お前ねぇ……。あの程度の直径のモンで1G発生させようとしたら、俺が溶けてバターに なっちまうっての」
  「そうなんですか!?」
  僕の鼻先で、トンボを捕る要領で、高速で指を ぐるぐると回す嵯峨さん。
  G・サジタリアスの内蔵する、ドラム型の擬似ぎじ重力ブロックは、艦の中央付近に在り、回転軸を、艦首と艦尾を繋ぐラインに重ねている。
  従って当然、ドラムの直径が艦の幅を越える事は出来ない。
  このG・サジタリアスというふねは、全長こそ500メートル近いが、主翼を除いた本体は存外スマートで、確か幅は100メートルも無い。
  「ちったぁベンキョーしとけ〜、そうそう簡単に、損にゃ ならねぇからよ。……いや、流石にバターは冗談だぞ?」
  「うう……ワカリマシタ」
  『ユウキ』
  「わ!?」
  文字通り話に割って入る形で、僕と嵯峨さんとの間に、突然人が現れる。
  いや、人、と表現するのは微妙な線かも知れない。
  何と言っても、透けているのだから。
  夜中の薄暗い、人けの無い通路なんかで見たら、腰が抜けそうだ……。
  「お、ソウマ。何か あったんか?」
  「この人? が、ソウマさん?」
  『やあ、佐々木レイジ君だね。大体の事は聞いてるようだけど、僕はソウマ。この艦のメインコンピュータに居候しているよ』
  くるり、と振り向いたソウマさんが、僕に挨拶してくれた。
  「あっ、どど、どうも」
  「ちゃんと説明したろうが。何を そこまで慌てる?」
  苦笑いする嵯峨さんに、どう返したら良いものやら。
  「そんな無茶な……。見ると聞くとじゃ、大違いですよ」
  『ふふ。まあ、慣れて貰うしかないなぁ』
  「は、はぁ」
  優しげな笑みを浮かべるソウマさん。
  この姿は――やはり、人で あった頃の物なのだろうか?
  「ンで?」
  『ああ、そうだった。今 造ってる、ホーン・ド・コアのモジュールを見ていて思ったんだが』
  嵯峨さんに用件を促されて、再び向き直ったソウマさんが、嵯峨さんの設計用ホログラムに触れると、今は まだ存在しないモジュールを装備したホーン・ド・コアが映し出される。
  「シザー・ホーンか。こいつが?」
  『この装備、有線制御だろう? これ、無線通信で制御した方が良くはないかな?』
  「つったってよ、ソウマ……どうすんのよ。単純に一直線にカッ飛ばすんなら別だが、複雑な機動を無線制御するなんざ、システムだけで本体よりデカくなっちまうよ?」
  『もちろん考えてあるさ。量子による通信システムと、そのプログラムをね』
  もう一度触れたホログラムに、今度は何か、文字と記号の羅列が、目にも止まらぬ速さで流れ出した。
  「……うへ。マジかよ……おま、こんなモンよく作れたな」
  ざっと目を通した嵯峨さんの顔が、心底驚嘆した、と物語っていた。
  『伊達に歳は重ねていないさ』(^-^)
  「ウヮー、ナニソレ嫌味?」(-皿-;)
  『おっと、そう言えば同い年だったね』
  「……オマエ、性格悪くなってない?」(~д~;)
  『そうかなぁ? そんな事は無いと思うけど』
  嵯峨さんは、これまで見て来た中でも特に楽しそうだった。これが200年越しの付き合いというものなのだろうか?
  それとも、にこにこと笑顔を絶やさない、ソウマさんの影響なのか。
  「だが、もう完成する頃だろうしなぁ……。今からってのも――おっ、そんだら改造した実験機に積む事にすっか。あっちは まだモジュール無い状態だしな」
  『ふむ』
  「おし、そうと決まりゃ」
  机に向き直った嵯峨さんが、一心不乱にホログラムを弄り出して、部屋に沈黙が訪れる。
  『さて。ユウキは別世界へ行っちゃったようだし、僕も退散しようかな』
  半分は僕に言っているのかな? と思えるソウマさんの言葉。
  『そうそう、レイジ君。ユウキは まだ知らないようだけど、モジュールは もう一通り完成しているよ。つい今しがたの事だけどね』
  さすがメインコンピュータ、と言うべきなのか、艦内全てをリアルタイムで把握しているらしい。
  「またシモンさんが、一人で苦労したんでしょうねぇ……」(-_-;)
  『ははは……』(^-^;)
  馬車馬のように大回転しているシモンさんを思い浮かべる僕に、さすがのソウマさんも苦笑いに変わるのだった。
  この数日後、一部を除き、艦内全てが慣性制御下に置かれ、1G環境となった。


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