INTERLUDE 2 「100年の追憶」
人が どんなに否定しようと、意思決定を しているのは『己』だ。
仮令(それが強制された事であろうと、それを行うまでには、一つの選択肢がある。
従うか、拒(むか、だ。
後者を選べば、不利益を被(る場合も あろう。
しかし、守るに足る人の尊厳は保たれる。
それが嫌な者は、前者を選び、尊厳を捨て、従う。
選んでいるのだ、無意識であろうと なかろうと。
己の『意思決定機関』は、己のみである。
*
ある時――
僕は、嵯峨さんに聞いてみた。
僕等が生まれる前の地球に、何が あったのか。
嵯峨さんが、どんな人生を送って来たのか。
どちらかと言えば、ちゃらんぽらん な顔の多い嵯峨さんも、この時ばかりは硬い表情で僕に向き直る。
「どうしても……聞きてぇか?」
いや、訂正しよう。
硬いのではない。
普通の人間では背負う事の在り得ない、数限りない悲しみ。
その一つ一つが、積もり、積もって、彼の顔を強(張(らせている。
僕が頷くと、深く、重い溜め息を吐(く嵯峨さん。
やがて、ぽつり、ぽつりと話し始める。
100年の長きに亘(る、金色(の戦士の戦いを。
そして、その後の160年あまり、どうしていたのか。
「少なくとも、面白くはねぇぞ」
長かった。
もちろん話が、ではない。
300年近い時間(を過ごす――それは、どんな心境なのか。
気の遠くなりそうな刻(を想うと、言い様のない感情が湧きあがる。
*
1997年、始まりの戦い。
与えられた、戦う為の力(を手に、大いなる喪失を経て、多くの仲間達と共に、熾烈な戦いを続ける。
闇に取り込まれた友とすら剣を交え、身体にも、心にも、数え切れぬ傷を受けた。
それでも、侵攻して来た闇の勢力を撃退する。
世界中に無数の、大きな傷跡を残しながらも、全てが終わったかに見えた。
だがそれは、その後一世紀に亘る、長い闘争の始まりにしか過ぎなかった。
現在の身体を構成するに至る基礎技術を手に入れ、10年近い休眠を経て目覚めた後は、世界中を転戦する日々に入る。
引き裂かれ、諸島化した北の大地(で。
人的にも、物的にも、最も被害の大きかった、北アメリカで。
東西に断ち割られたオーストラリア島で。
南アメリカ、アフリカ、インド、ロシア……。
およそ足を踏み入れていない国は無かろう程に、旅は続いた。
その中には、惑星デイジー・ワールドでオルテガ・榎戸を捕食、殺害した、あの肉食植物も姿を見せていた。
それも、幾度となく。
「俺は、“あれ”を知っていたってのによ……」
昏(い陰(を落とす、嵯峨の横顔。
話題に触れるべきでは なかったのかも知れない、と、レイジの中に後悔が滲(み出す。
倒しても倒しても、何処から ともなく湧きいずる闇の勢力。
生まれた地、日本列島が海に没し、世界地図から消滅しても。
闇に引きずり込まれた者達、自ら闇に堕ちた者達、人ならざるモノ達との、終わりの見えぬ戦い。
傷付き、倒れてゆく仲間達。
或いは寿命を迎え、この世を去る者達。
見送るしか出来ぬ我が身。
数知れぬ戦いを経て、しかし遂(に2101年、闇の勢力を駆逐する。
戦いは終結し、牙は無用となった。
目的を見失いかけた時、思い出したのは、大宇宙への憧憬だった。
そこから、現在のG・サジタリアスに繋がる、遠大な計画が始まる。
驚くべき事に、太陽系で普遍的な出力装置としての地位を築いていた光圧駆動回路も、嵯峨の手による物であった。
太陽系人類全体の宇宙への意識を高め、宇宙開発を加速させる事で、間接的に、必要とする知識、技術、素材……様々なものを揃える事に成功する。
東条家の先祖が、あの地に邸を構える遥か以前に、あの大深度地下ドックは構築され、艦(は造られ始めていた。
足りぬ知識は、その都度 教えを乞(い、或いは資料を漁(り。
足りぬ物は、その都度 世界を巡って掻(き集めた。
まだ少女であった優子と出逢ったのは、そんな日々も終わりに近付く中での出来事だった。
未(だ、始まりの戦いでの喪失が心の傷として残る嵯峨は、初めの内、優子を受け入れられずにいた。
だが、何年も同じ時を過ごす事で、少しずつ傷は癒(されていく。
そして――
*
時の旅は終わり、僕は現在(に帰って来た。
言葉少なに部屋へ戻った僕は、そのままベッドへ倒れ込んで、眠りに落ちた。
肩に圧(し掛かる刻(の重さが、そうさせるかのように。
一つ忘れていた。
まだ先輩と身体を共有していた頃の嵯峨さんと、僕が見た、木星の大気を舞うように飛んでいた、竜。
あれは、嵯峨さん達が戦った、異次元生命体の生き残りなんだそうだ。
彼らは闇の勢力に唆(され、共に攻め入って来たが、最初の戦いの終わった後、生き残った者達は嵯峨さん達と和解し、何処かへ去ったという。
嵯峨さん自身は、その戦いの中、事故 同然に。
他の仲間達も、何人かが戦いの後、彼等と融合し、異能者となったのだという。
てっきり自分達の世界へ帰ったんだとばかり思っていた、と、嵯峨さんは笑っていた。
一度は命の やり取りを した相手だというのに?
何故 笑って話せるのか。
思わず問うた僕に、戦う理由が無くなった相手ならば、味方ではないかも知れないが、少なくとも敵ではない、と答えた。
そういうものなのだろうか。
僕には判らない。
判らないが、多分、そうなのだろう。
いや、きっと、そうでも考えなければ、とても正気では いられない時代だったのかも知れない。
時代とは、人が、タペストリーの様に織り重なって創り出すものだと思っていた。
でもそれは、恐らく違う。
いつだって人は、時代に翻弄されるしかない存在なのだから。
そしてそれは、人智を超えた存在である嵯峨さん(とて、例外ではない――
そんな予感が、いや、“確信”が、僕の中に生まれた。
だが、さほど遠くない未来に、その確信が現実のものとなる事までは、人の身では、判る筈もなかった。