PHASE_1 「パプティスマの熱風」

  気を付けろよ。
  言葉ってのは、魔力を持つ。
  あんまり下手な使い方してると、言葉の持つ魔力に、自分が惑わされるぞ。

  呆然ぼうぜん自失だった僕達二人を現実に引き戻したのは、帝国戦闘機の隊列に猛然と突撃する、シャマのシザー・ホーンだった。
  気が付いた時には、帝国軍の戦闘機隊が、片端から撃墜されていた。
  遅れて、エルセイルさんのクエーサーホーンも加わり、一方的と言うしかない戦闘は、呆気あっけ無く終了した。
  余りにも、性能に差が有り過ぎたようだ。
  二機の艦載機ホーンは、そのまま小惑星の裏側へ姿を消す。
  少しして、裏側からかすかな発光が観測された。
  そうだ。
  小型機が、単体で長距離を移動する筈も無い。
  そこには母艦が居たのだろう、と推測するのは、容易だった。
  だけど、この事実は、一体何を意味するというのか。
  考える事が多過ぎて、全く まとまらなかった。
  混乱していた、と言う他ない。
  時間が過ぎ、ほんの僅かだけれど、落ち着きを取り戻す。
  けれどそれは、否定したい事実が、じわじわと染み入って来るという事でしか なかった。
  東条さんが……死んだという、現実が。
  シャマとエルセイルさんが、辛うじて回収できたのは、眼鏡だけだった。
  普段 使っている所を見た事が無かったので、一瞬、本当に東条さんの物なのだろうか、と疑いもしたが、嵯峨さんは間違いないと断言した。
  それは、本人が使っていたものではなく、父親の形見だという。
  「よく覚えてるよ……あいつの親父が使ってた物だ」
  東条邸すら無い頃から、あの地を中心として活動していた嵯峨さんだ。
  歴代の東条家の人々と面識が あっても、何ら不思議ではない。
  「いつも、ふところに忍ばせてたんだなァ」
  沈痛の面持ちを見ずとも、嵯峨さんの中の感情が伝わってくる。
  茫漠ぼうばくとした荒野に一人たたずみ、誰からも忘れ去られたかの様な……寂しさが。
  東条さんの葬儀も また、遺体の無いままり行われた。
  「どうして……東条さんが、こんな形で」
  「だが、最後に夢を叶えられたんだ、ちったぁマシな人生だったろうよ」
  「そんな言い方……!」
  「ああ、そうだ。どんな言葉だろうと、かどが立つだろう。だがな、言葉も無く見送るなんてな、それこそ礼をしっするって もんじゃねぇか?」
  「…………」
  そんな親子の会話を聞き流しながら、僕は、ぼんやりと空の柩を眺める。
  誰かが、菜園の隅で でも育てていたのだろうか?
  小さな花が、ひつぎに添えられていた。
  そう言えば、オルテガさんの柩にも、同様に添えられていたのを見た気がする。
  人は、他者の死に際し、花を手向たむける。
  慣習と言ってしまえば それきりだけど、僕は この時 初めて、それが何故なのか判った気がした。

  「くッ、の作業が、もう少し早く済んでりゃあ……」
  人であれば、拳から出血しているのではないかと思う程、何度も何度も、机を殴る嵯峨さん。
  秘匿区画に来たのは、久しぶりの気がする。
  あれ、というのは、コスモ・シャドウの事なのだろう。
  ホーン・ド・コアと量産型が一段落した所で、使えそうな技術をコスモ・シャドウへフィードバックしたらしい。
  改修作業とは言っても、コスモ・シャドウも基本的には嵯峨さんと同じ構造――金属メタル骨格フレームにマシンセルをまとっている――らしいので、どちらかと言うと“プログラムの改良”と表現するのが正解なのだそうだ。
  そして、それが済めば、後は機体自体がプログラムに従い、構造を変化させる。
  だがせんの事件は、まさに その作業中に起こった。
  他の艦載機と違ってコスモ・シャドウの場合は、動かす事も、途中で作業を中断する事も出来ないという。
  これ以上無い間の悪さで起こった事件だった。
  もう御堂さんも居らず、何をしているのか、ソウマさんも姿を見せなかった。
  来ては みたけれど、声を掛ける事も出来ず、居たたまれなくなり、僕は早々に立ち去る事にした。
  それは そうだろう。
  御堂さんやソウマさんならば いざ知らず、僕などに何が言えるというのか。
  部屋を出る時に、ちらと見た嵯峨さんの背中は、ただの人にしか、見えなかった。

  艦内の――というより、実質“艦橋の”だが――意見は、連合寄りに傾いていた。
  事、ここにいたっては、む無し、と。
  クーゲル氏の事も あってか、嵯峨さんは帝国に後ろ髪をかれている風にも見えたが、事態の推移が、それを許さなかった。
  嵯峨さんだけが発言の無いまま、議論は収束した。
  東条さんが、会談で何を話し合ったかが判らない以上、下手に動くのは危険が伴う。
  そんな常識的な判断すら、僕等は出来て いなかった。
  それ程に、東条さんを失った事は、大きな感情の波を起こしていた。
  先輩によって連合へ連絡が成され、時を置かず、連合から人を送り込むとの報せが届いた。
  けれどそれは、想像していたものとは違い過ぎた。
  報せから2日の間を置いて、G・サジタリアスの前に、ゆうに千せきを越える、連合の大艦隊が現れたのだ。
  特に理由は無いが、小型の航宙艦 単艦だろう、と考えていた僕達は、驚くしかない。
  「一体こりゃあ、何の騒ぎだってんだ?」
  それでも、そこから先“だけ”を見れば、想像の通りだった。
  艦隊から発進した、移動専用と思われる小型機が一機、G・サジタリアスへ向かってくる。
  艦の方も、それに合わせ格納庫の扉を開放した。
  「出迎えに行っ――」
  「俺が行って来るよ」
  席を立とうとした嵯峨さんを抑える形で、志賀さんが艦橋を出ていった。
  「……何だ、やけに張り切ってるじゃねぇか?」
  「そうでもしなきゃ、居られないんだよ……。志賀は昔から、そうだから」
  「そうか……」
  先輩の言葉に、嵯峨さんも同意するしかなかった。
  「失礼します。督戦とくせん官として参りました、ウォン・ドハーティ大尉です」
  やがて、志賀さんと共に女の人が入って来て、肩肘張った、折り目正しい敬礼をして見せる。
  その顔付きは まるっきりアジア人で、軍服さえ着ていなかったら、僕等の中に紛れ込むのは容易たやすいだろうと思えた。
  「お目付け役って事かい。信用を得るってェのは大変な こったぜ」
  ほんの少し、嫌味も入っていたのだろう。
  だけど、馴れているのか どうかは定かではなかったが、ウォンさんは眉一つ動かす事も無く、たずさえた指令書を読み上げ始めた。
  その内容は、要所要所に譲歩を見せつつ、しかし、一見して そうとは判らない箇所で、僕達に不利な ようにも聞こえた。
  どちらにしても、ウォンさんが考えた文面ではないのだろうし、彼女に どうこう言っても始まらないのだけれど。
  「続けて、今後あなた方が随伴ずいはんする艦隊の司令官を紹介します」
  まるで、その言葉を契機としたように、通信が入る。
  『済んだか、ウォン』
  「ええ、司令。相変わらず正確ですね」
  壮年の男が、モニターに映し出された。
  どうやら秒単位――か、どうかは定かではないが、あらかじめスケジュールは組まれていた様だった。
  『スゴウだ。宜しく頼む』
  男は、言葉少なに、それだけを挨拶とした。
  だけど、僕等の誰も、返さなかった。
  違う、“返せなかった”。
  あの嵯峨さんでさえ、驚きの表情のまま、固まっていたぐらいだ。
  『……どうした? 私の顔に何か付いているのか?』
  余りの反応の無さに、異変を感じたのだろう。
  「あ、アンタは――」
  「東条、さん?」
  『トウジョウ?』
  ようやく口を開いた志賀さん、続く先輩の言葉に、スゴウ氏はいぶかしんだようだ。
  モニターの向こうの男は、余りにも東条さんに似ていた。
  いや、似ているという次元の話ではなかった。
  僕などは、ホーン・ド・コアが撃墜された事が嘘で、東条さんが帰って来たのでは、とすら思った程だ。
  「……そんな筈は無ぇ、か」
  嵯峨さんの その呟きで、艦橋の全員の言葉が失われる。
  「スゴウ中佐は、口数こそ少ないですが、人として尊敬できる方です。信頼して頂いてよろしいかと」
  ウォンさんのフォローが入る。
  『……ウォン。本人の前で、やめんか』
  「失礼しました、中佐。通信を お切りになったものと」
  『白々しらじらしい奴め』
  言う割に、スゴウ氏は嫌そうには見えなかった。
  そこへ、更に通信が飛び込んできた。
  『やあ、君達かい、他の銀河から来たっていう人達は』
  スゴウ氏に並んで、新たに開いた通信モニターの向こうには、かなり若い男が映っていた。
  『リー司令。まだ刻限には早い筈だが?』
  『ごめんごめん、スゴウさん。やっぱり僕も興味が あってね。初めまして、僕は この艦隊を預かってる、リー。リー・トンポゥ大佐だ。よろしく』
  「む? どっちも司令ってな、どういう事だ?」
  『ん? そうか、君達は軍属では ないんだったね。僕が、今 君達の見ている全ての船を統括する、艦隊司令。で、スゴウさんは、第一大隊の司令なんだ』
  「そういう事か。それで、この物々しい出迎えは、どういう趣向なんだ?」
  『僕等は これから、一戦交える所なのさ。それで、早速で悪いんだけどね、同道願えると有り難いんだけど、どうだろう?』
  あくまで強制ではない、という体裁を崩さず、判断を委ねてくれている風にも取れるが、実際は どうなのか。
  「俺等は戦争しに来た訳じゃ、ねえんだけどな」
  『うん、聞いてる。人殺しは したくない、とね。でも、だからって降りかかる火の粉まで、放ったらかしには しないだろう?』
  笑顔すら浮かべて、全く嫌味の無い口調の筈なのに、途轍とてつもなく的確に、核心を突き刺す言葉ばかりが並ぶ。
  この人は……見た目の優男やさおとこさに反する人物なのかも知れない。
  でも、そもそも連れて行かれなければ、火の粉とやらが降りかかる事も無い、と思うのだが。
  「それは……そうですが」
  言いよどむ先輩を見てか、リー氏は言葉を変える。
  『そうだな、だから、帝国を手玉に取ったっていう超技術で、僕等を護る、っていうのはどうだろう?』
  何とも強引な こじ付けだったが、恐らく どの道、同行せねば ならない状況なんだろう。
  『司令、ジェニス星系に帝国艦隊が侵入したとの報告が』
  『想定より早いな。転移機動、準備してくれ。終わり次第 転移に入ろう』
  会話の さ中、モニターの向こうで別の声が上がり、状況の転変を告げたようだった。
  『現在位置からだと、小惑星帯に接触する確率48%、危険です!』
  『確率など目安に過ぎない! 後は度胸で補えばいい!』
  「……アイツ、本当に軍人なのか? 無茶苦茶な事 言ってんぞ……」
  いきなり叫び出すリー氏に、もっとも な嵯峨さんの呟きが突っ込まれる。
  『すまない、のんびり話を している余裕が無くなってしまった。僕等は行かなければ』
  「何だ? その口振りだと、付いて行かなくても良い、みてぇに聞こえるが」
  『さすがに強制は出来ないし、そんな権限も無いからねえ』
  「良く言うぜ。ま、専守防衛で良いってんなら、同行するのもやぶさかじゃねぇよ。……俺だって、助けられる命を むざむざ失わせたかぁねぇしな」
  後ろ頭を掻きながらも、嵯峨さんの心は決まったようだった。
  そして、付け加えられた最後の一言は、しかし、モニターの向こうではなく、むしろ こちら側――僕達へ向けたもののようにも聞こえた。
  転移機動、詰まる所ワープと呼ばれるものだが、G・サジタリアスの跳躍航法とは違い、M13銀河の航宙艦の それは、超高速航法とでも呼ぶべきものだった。
  仕組みは良く判らないけど、G・サジタリアスのように、位相の異なる空間を経由する形ではないようだ。
  これだけを見比べても、G・サジタリアスこのふね如何いかに“桁違いの”デタラメな存在かが、判るというものだ。
  結論が出た所で、邂逅かいこう地点を決め、連合艦隊が先行する。
  数時間の後、G・サジタリアスもHFドライブを起動、ジェニス星系へと飛んだ。
  「あれ? 連合軍、居ませんけど……」
  窓から見える範囲といっても、そう広い訳でもないのだが、窓外映像を見る限り、1隻の艦艇も見えなかった。
  「あ、ごめん。ちょっと ずれたみたいだね。……ええと、艦直下、約10キロに艦隊の反応があるよ」
  先輩にしては珍しいミスだった。
  緊張しているのかも知れない。
  ……先輩の辞書に、緊張と言う言葉が載っていれば、の話だけど。
  ともあれ合流を終える頃には、帝国艦隊との距離は、艦砲の有効射程すれすれまで縮んでいた。
  「そんじゃあ行くか」
  わざとだとは思うけれど、殊更 軽い調子で言い、嵯峨さんが艦橋を出て行くと、志賀さんも立ち上がった。
  「志賀?」
  「悪いな優輝。俺も行くよ」
  「…………」
  先輩からの言葉は無かった。
  もしかしたら、予想していたのかも知れない。
  出て行く志賀さんの背中を、僕だけが――いや、何故かウォンさんも、視線で追っていた。
  彼女の胸に去来する想いとは、何なのだろうか?
  そんな事を考えながら、僕は先輩と分担して、発進管制を こなすのだった。
  嵯峨さんがコスモ・シャドウ、シャマがシザー・ホーン、エルセイルさんがクエーサーホーンで。
  少し遅れて、志賀さんがコスモ・フラッパーで、それぞれ発進して行った。
  前回の経験からか、コスモ・シャドウはライフルでなく、ビーム・ブレードを手にしていた。
  僕が渡された、生身で携行できる大きさの物を、コスモ・シャドウが扱えるサイズに拡大したものらしい。
  もっとも、そんな言う程 単純な事では ないのだろうけど。
  『志賀、艦から離れるなよ。向こうも そう言ってんだ、防衛に徹すりゃいい。シャマ、エルセイル、志賀のフォローを頼んだぜ』
  『了解!』
  『了解だ、サガ』
  『お、オイオイ、俺って そんなに お荷物なのか!?』
  「そういう問題じゃないよ志賀。どんな状況に だって、越えては いけない一線って、あるんだから。それに、君の操縦スキルが相対的に低いのも、判っているだろ?」
  一応、志賀さんの名誉の為に、先輩の言葉を補足しておこう。
  まず他の三人に比して、実動時間が短いのは、否めない。
  加えて、同じホーン系ならば遜色の無い操縦技術を持っていた志賀さんなのだが、今回乗っているのは、人型マシンであるフラッパーだ。
  僕も少しだけ動かそうとしてみた事が あったけれど、嵯峨さんなら いざ知らず、その操縦の複雑さは、ホーン系とは比較に ならないのだ。
  『ぐぬ……っ、判ったよ』
  そんな やり取りの間に、既にコスモ・シャドウは視界から姿を消し、前線では火線が飛び交い始めていた。
  最大望遠で戦場を見ると、煙を上げる艦艇が あちこちに あった。
  『まるで八艘はっそう跳び戦法だね』
  「ソウマさん?」
  今の今まで居なかった筈だが、気付くと隣にソウマさんが映し出されていた。
  『いや、ユウキらしいなと思ってね』
  「そ、ソウマさん、他の人に聞かれたら……」
  思わず小声になって、注意を促す。
  『あ。そうだった、嵯峨だったね』
  鷹揚と しているというか……。

  戦闘が始まって、小一時間。
  前線では嵯峨さんが暴れ回っている筈だったが、それでも徐々に連合が押され始め、G・サジタリアスの直近にも帝国機が襲来する回数が増えて来た。
  艦隊旗艦の隣に居れば、それも当然の帰結と言えたが。
  何にせよ、待機していた志賀さん達も、それぞれ応戦を始める。
  更に半時ほどが経過し、シャマが帰艦した。
  コスモ・シャドウやクエーサーホーンと比較しては可哀想というものだが、半ば無制限の前二者に比べれば、ホーン・ド・コアの稼動時間は、極端に短いと言えた。
  今頃、補給作業に入っているだろう。
  そんな中、コスモ・シャドウが有視界内まで後退して来るのが見えた。
  けれど、その挙動は何か、どこかが おかしい。
  「嵯峨さん? どうかしたんですか?」
  「レイジ?」
  「先輩、あれを。何だか様子が」
  嵯峨さんへ通信を送りながら、僕は、まだ気付いていないらしい先輩に、コスモ・シャドウを指し示した。
  『機体の調子が、おかしくてな。うまく、動きやがらねぇんだ』
  案の定だった。
  成程、それで合点が いった。
  嵯峨さんが抜けてしまったが為に、こうも あっさりと押されていたのだ。
  それにしても、機体だけでなく、嵯峨さん自身も調子が悪そうに見えるのは、何故だろう?
  「父さん、一度戻って。点検しよう」
  『ああ、そのつも――』
  『見つけたぞォ! 悪魔のマシンめ!』
  嵯峨さんの言葉を遮るようにして、謎の通信が入る。
  いや、もちろん僕に とっては、という事だ。
  艦橋ここに志賀さんかマセラトゥさんが居れば、きっと状況の理解はスムーズだったろう。
  『……また、お前か』
  『貴ッ様あァ! 貴様如きに そのような口を利かれる覚えは無いわッ!!』
  嵯峨さんの その一言で、概ね想像は付いた。
  つまり、こいつが、志賀さん言う所の“帝国のギルボガルハ”なのだと。
  帝国艦隊は当然ながら、連合艦隊の正面に居る筈だったが、通信の発信元を探ると、小規模な艦隊が、僕等の直上に存在すると判明した。
  『スヴェード・ロドラーム!? まさか……。オペレータ、現在宙域は どの辺りか!』
  旗艦の艦橋では、リーさんが、血相を変えて何かを確認していた。
  M13銀河の航宙艦群は、砲の口径が大きくなれば なるほど、砲口が艦の正面を向いて固定されている。
  この位置関係は、確かに かなり不利だったが、リーさんの動揺には、それ以上の何かがある、と感じさせた。
  『まずいな、うっかり踏み込み過ぎた。僕とした事が、パプティスマ・クラウドおびき出されるなんて』
  「どういう事なんです?」
  そう訊かずには いられない程に、リーさんは取り乱していた。
  『話は後だよ。全艦、左回頭、急速離脱!』
  『もう遅いわ! 消えろッ! 消えてしまえぇぇッ!!』
  かすりも しないような出鱈目でたらめさで、帝国艦隊の艦砲射撃が始まった。
  放たれた光の矢は、G・サジタリアスを含む連合艦隊の、遥か右翼に流れてゆく。
  「――? どこへ? 撃って?」
  すると突如、夏の夜空を彩る花火の如く、次々と光の華が咲き始め――
  それは見る間に、連鎖反応で巨大な光球へとふくれ上がってゆく。
  「これは!?」
  「いけない! あれに巻き込まれたら――!」
  「うわあああッ!」
  予感が確信に、悲鳴が怒号に変わるまで、時など要さなかった。
  『落ち着け! その程度で どうこうなるようなフネじゃねぇ!』
  嵯峨さんの言葉も、狂乱の渦に呑まれ、艦橋の誰の耳にも届かなかった。
  数分が経過し、気が付いた時には、帝国軍は影も形も無かった。
  混乱に乗じて撤退したのか、それとも巻き添えを恐れて最初から引き始めていたのかは、判らなかったが。
  嵯峨さんの言葉の通り、超新星爆発にも匹敵するかも知れない大爆発にも、G・サジタリアスは傷一つ負う事は無かった。
  ただ、その防御システムの性質上、他の艦艇の盾とは成り得ず、僅かながら範囲を拡大させる事で、リーさんの乗る艦隊旗艦、スゴウさんの第一大隊旗艦 他、十数隻を、辛うじて守ったに過ぎない。
  『これは……痛恨のミスだね』
  口調は変わらないながら、さすがのリーさんも、悄然しょうぜんとしていた。
  4桁を数えた連合艦隊は、一瞬にして その半数が轟沈。
  残る半数も、自力航行可能な艦はほとんど無かった。
  辛うじて、本当に辛うじて、全滅だけはまぬがれた、という状態だった。
  もし、G・サジタリアスが居なかったら……或いは誰も生きては いなかったかも知れない。
  瀕死の重傷を負った、連合の兵士達の呻きが聞こえて来るような気がしたのは、気のせいだと思いたかった。

  帝国のギルボガルハ、その名をスヴェード・ロドラームと言うらしい。
  数多あまた居る帝国軍の司令官の中でも、その存在は一際、異彩を放つという。
  好んで奇策を用い、どんな残虐な作戦も平然と遂行。
  そして最大の問題は、それを何の痛痒つうようも感じずに行う事。
  帝国の竜虎と称される二人の司令官、ラクサス・アウシュヴァーンとアルスルーヴェ・クーゲルとは、違う種類の危険な人物であると。
  その行状から、敵味方問わず、蛇蝎だかつの如く嫌われているそうだ。
  そんな話を聞いている僕に、近寄って来たソウマさんが、何事か囁く。
  「えっ? そんな――」
  それから小一時間が経過した後。
  秘匿区画で休んでいる嵯峨さんに、僕はつらい報告をせねば ならなくなった。
  「……嵯峨さん」
  「レイジか。どうか、したのか?」
  僕の姿を見て、寝台の上で身を起こす嵯峨さん。
  「エルセイルさんが……帰艦してません」
  「何!?」
  シザー・ホーン始め、旧来のホーン・ド・コアとは違い、クエーサーホーンには基本、補給が必要無い。
  補給の為に帰艦したシャマが、結果的に助かったのは、皮肉と言うしかないだろう。
  無論、あの爆発に巻き込まれる前に、どこかで撃墜されていた、という可能性も、あるにはあったが……。
  G・サジタリアスの探査装置群に加え、僕もサーチ・ホーンを出して周辺宙域を捜索したけれど、クエーサーホーンの、エルセイルさんの行方は、ようとして知れぬままとなった。
  捜索を続けたくは あったが、大打撃を受けた連合艦隊も、そのままには しておけなかったからだ。
  最初の戦闘での帝国艦隊の被害が どれ程のものかは判らなかったが、少なくともスヴェード・ロドラームの部隊が無傷なのが確実な以上、艦隊の9割以上を撃ち減らされた連合艦隊が帝国軍の攻撃を受ければ――結果は、言うまでも ないだろう。
  生存者の捜索、救助を済ませ退却する連合艦隊を護衛すべく、捜索を打ち切ったG・サジタリアスは、その場を離れるのだった……。


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