PHASE_2 転変てんぺん

  “正しい”とか、“間違っている”とか、そんな概念そのものが、この世界に とっては無意味な ものなのかも知れないな。

  「駄目だな……判らん」
  コックピットから出て来た嵯峨さんが、顔を曇らせる。
  嵯峨さんとコスモ・シャドウの不調の原因は、結局 解明されずじまいになった。
  と言うより、どこをどう調べても、そんな原因が発見できなかったのだ。
  もっとも、どこをどう、などと言った所で、つまる所、コスモ・シャドウは単なるマシンセルの集合体。
  調べるべき箇所など、コックピットにあるCQNNコクーン以外に無い訳だけれど。
  「……? あれって……」
  「どうした、レイジ?」
  コスモ・シャドウの足元では、見馴れない、人間サイズの人型メカが作業していた。
  その時になって ようやく気付いたが、その頭部に見覚えがあったのだ。
  「嵯峨さん、あれは?」
  コスモ・シャドウの足元を指して訊ねると、嵯峨さんも つられて、身を乗り出して下方を覗く。
  「ああ、アイツか。格納庫ここの隅に転がっててな。人手も足りん所だったんで、胴と手足 付けてやったのさ」
  「転がって……って、あれは嵯峨さんが作ったものじゃなかったんですか?」
  「いや、違うぜ。何だ、お前 何か知ってるのか?」
  「いえ……そういう訳じゃ。でも、何だろう、良くないものを感じてしまうんです」
  僕は ちょっとした嘘をいた。
  正確には、僕は僕が感じたものを、言葉にする事が出来なかったのだ。
  良い物なのか、悪い物なのか……或いは ごく単純に、何の変哲も無い機械なのかも、判らなかった。
  ただ、何かが、少なくとも“普通ではない”と、感じただけなのだ。
  「…………」
  「気のせいだとは、思うんですけどね」
  力なく笑う僕に、しかし、嵯峨さんの方が真剣な表情になる。
  「だが、他ならぬ お前の感覚だ。判った、気を付けるぜ」
  もう一度、下を見ると、人型メカが作業を中断していた。
  特に顔のような意匠も無い筈なのだが、その体勢は、何故か僕には、こちらを じっと見ている風に思えた。
  自分で言っておいて何だが、本当に、背筋に冷たい物が触れたような気になった。

  「考えたんだけど、“下”の人達には、降りて貰った方が良くは ないかな?」
  下、とはつまり、居住区で生活している者達の事だ。
  今 艦橋には、優輝の他に、嵯峨とウォンが居た。
  取り合わせとしては奇妙ではあるが、話の内容からすれば、妥当な ものだろう。
  「どうだろうな。見知らぬ土地に放り出される よりゃあ、ここに、とも思うが」
  「それは父さんの意見だろ? ちゃんと一人ひとりに聞いてみなくちゃ、判らないじゃないか」
  「まぁ、そうなんだがな」
  がりがりと後ろ頭を掻きながら、何か言いたげな嵯峨。
  「ウォンさん、降りる人が居た場合、受け入れて貰えるんでしょうか?」
  「本部からの返答次第ですが、恐らく問題は無いでしょう」
  次いで、ウォンを振り返った優輝が訊ねると、ウォンが歩み出て、簡潔に答える。
  「おっ、難しい話か? 出直すか……」
  「! シガ。聞きたい事が あるのだが――」
  入って来た途端、自己完結し、そのまま回れ右で出て行く志賀。
  それに気付くと、何故かウォンも後を追うように、艦橋を出て行った。
  「ツラぁ、アジア系なのに、は欧米型なんだな」
  興味深そうに、ウォンの言動を分析する嵯峨。
  どうやら、“敬称”の有無の事をしているようだ。
  「どうかしたの?」
  「いや。……そうだ、人もけたし、丁度いいな」
  図らずも二人のみに なった事で、嵯峨は懸案けんあんを持ち出す機会を得た。
  「?」
  「優輝、お前が艦長だ」
  「なっ!? 何を言い出すんだよ!」
  余りにも直球過ぎる嵯峨の言葉に、流石さすがの優輝も狼狽うろたえる。
  「俺以外でフネを自在に操れんのは、お前だけだ。俺にゃコスモ・シャドウがある。お前が適任だろう」
  「そんな、事。でも」
  振り返り、今は誰も座る事の無い、艦長席を見上げる優輝。
  「人にゃ それぞれ役目がある。を引き継ぐのも、仕事の内だろ」
  「……考えさせて、くれないか」
  それだけ言って、優輝は席を立ち、艦橋を出て行ってしまった。
  「やれやれ、俺も うまくないなァ」
  200年余りの時を、人の行く末を見続けて来たといえ、親になった事も無いでは、その気分など知り様もない。
  まして、初めて我が子と対面するのが、その子が20歳にも なろうか という体たらくでは、論外と言われても しようのない所だろう。
  「まいったね、どーも」
  「うふふ」
  「ん?」
  「あの子だって、もう分かっていますわ」
  気が付くと、もう片方の出入り口に、優子が立っていた。
  「優子か。そうなら いいんだがな。ったく、俺が父親なんてなぁ。ガラにもねェ」
  「……。後悔、してらっしゃるんですか? あなた」
  優子の声は、普段とは打って変わり、かたい。
  嵯峨は、言葉を発しない。
  「私は――」
  「そ、そんなツモリで言ったんじゃねぇよ」
  今度は優子が沈黙する。
  「俺は お前と、最後まで一緒に居ると誓ったんだからな」
  「あらあら、20年も妻を放ったらかしに していた人の言葉とは思えませんね」
  「う……スマン」
  優子の表情と口調は、すぐに元に戻った。
  それでも、この話題は微妙な物だと、嵯峨に認識させるには充分だった。
  「しかし、優輝アイツが分かってると、何故そんな事が言える?」
  「妻の勘、ですわ♪ あらあら、でもこの場合、対象は息子ですから、母の勘、かしらね?」
  「……お前も大概たいがい、細けェなぁ」
  「うふふふ、私の悪い癖、ですわね」
  「ふ、お前にゃかなわねぇな」
  「あら、御存知ありませんでしたか? 母は無敵、なんですよ♪」
  「ぅへ。恐れ入りやした」
  二人しか居ない艦橋は、わずかな間では あったが、優しい空気に包まれた。

  艦隊再編中で動く事の出来ない連合軍から、帝国の予想侵攻ルートの一つの監視を依頼されたG・サジタリアスは、単艦、連合の星系の一つ、ペルムス星系の外れに居た。
  太陽系で言えば、カイパーベルト、或いはオールトの雲といった辺りに相当する場所だ。
  当然、小惑星が大量に浮かんでいる事 自体は、不思議な事ではない。
  のだが……今、G・サジタリアスの眼前に広がるがんしょう地帯は、明らかに不自然な程、密集していた。
  「やっぱり、何かの罠なんじゃないか?」
  「ここまで岩の多イ所では、レーダーも うまく機能シませンからね」
  「その条件だけを見るなら、向こうも同じ状況だと思いますけど……」
  「ンなコタぁねぇな。ここは奴等の庭なんだぞ? 状況だけ見りゃ、圧倒的不利、だな」
  この状況についての議論が為される中、マセラトゥさんの表情が変化したのは、ある意味必然の事だろうか。
  「岩礁群の奥に、艦隊を感知。正確な数が把握不能でス。総数、推定200。艦載機群も展開シてイる模様!」
  「来やがった!」
  「でも、幾らか隠れているにしても、少ないと思いませんか?」
  「おっさん、どうするんだよ?」
  「判ってる。恐らく このあんしょう宙域にゃ、何か手が加えられていると見た方が賢明だろうよ」
  「それは?」
  「ま、おいおい分かるだろ。安心しろぃ、このフネぁ、何が あろうとちや しねえからよ」
  「まあ、その辺りは信頼してるぜ」
  「おっし。艦長、俺はコスモ・シャドウで先行するぞ」
  嵯峨さんは先輩に声を掛ける。
  「あ」
  「うン?」
  「……いや。何でも、ない」
  先輩は、何を言おうと、いや、何を言いかけて、やめたのだろう。
  「そうか。じゃ、ちょっくら出てくらぁ」
  嵯峨さんが艦橋から出て行き、制御卓コンソールの情報を精査している間に、コスモ・シャドウが発進して行った。
  『コスモ・シャドウ、出るぞッ』
  「気を付けて下さいね、嵯峨さん」
  『おう』
  コスモ・シャドウが視界から消えた後で、G・サジタリアスも微速にて、前進を開始する。
  地形のせいで、まだ捕捉ほそくされていない可能性も無くは なかったが、所詮 希望的観測。用心に越した事はない。
  このふねならば、帝国艦が百来ようと千来ようと、 物の数ではない。が、もちろん本質は そこには無い。
  あくまで様子を見るのが、僕等の本分だ。
  相手の出方をうかがった後は、速やかに後退する予定だった。
  ゆっくり、ゆっくりと前進するG・サジタリアスが、岩礁の中程まで来た時、状況は一変する。
  「!? 艦長! ディメンジョン・クリスタルが、中和さレてイまス!」
  「何だって!?」
  「でも、帝国艦隊とは まだ、距離が あるのに……」
  「そうか、あの岩だ! 岩礁群の中に、歪曲空間を補正する何かが取り付けてあったんだ」
  「中和、進ンでイまス。18……19……20%を突破、尚も進行中!」
  「ま、まずいんじゃねえか?」
  「このままじゃ、直撃弾を食らう事も有り得ますよ!」
  「……! 全砲門、砲撃開始! 周囲の岩塊を排除するんだ!」
  艦橋が、にわかに騒然と し始める。
  走る緊張感に、僕も含めて誰もが、持つべき疑念を抱く事も出来なかった。
  おかしいのだ。
  考えれば判る事だが、この仕掛けは、明らかにG・サジタリアスを意識したものだ。
  そして、仕掛けの大仰さから考えて、当てずっぽうに設置したとは考え難い。
  つまりこれは――
  だが、この時の僕等の心理状況では、そこまでの考えに至らなかったとしても、無理も なかったかも知れない。
  機関砲、高角砲、副砲、主砲、そしてミサイル発射管の全てが、一斉に、連続して火を噴き、見る間に周囲の小惑星が、小石サイズにまで破砕されていく。
  ただ、如何いかんせん数が多過ぎた。
  「中和率ダウン。シかシ、止まってはイませン!」
  「レイジ、撃ち続けて! マセラトゥさん、岩礁から抜ける最短コースを お願いします!」
  「正面、帝国艦隊の方向が最も早イでス、が――」
  「判った! エンジン全開……突っ込むよ!」
  「ええっ、先輩!?」
  「このまま手をこまねいていたら、やられるだけだよ。大丈夫、すれ違ってさえしまえば、追撃されたりは しない筈だよ」
  この間にも、未だディメンジョン・クリスタルの減衰は続いていた。
  この判断は正しいと同時に、時間との勝負だった。
  ディメンジョン・クリスタルが完全に消え去ってしまえば、本当に直撃弾を受ける事も あるかも知れない。
  問題は、帝国艦隊の ど真ん中を突き抜けるまでだ。
  G・サジタリアスにとって致命的となりそうな主力砲は、艦正面にしか無い。
  プラスして、M13銀河の航宙艦は、余りに巨大。
  回頭運動を したとしても、こちらを追尾する事は出来ないだろう。
  小口径の砲ならば、G・サジタリアスを墜とす程の威力は無い筈。
  すれ違った後は……一目散に逃げるだけだ。
  「HFドライブが使えれば――」
  「ディメンジョン・クリスタルを常時展開していたからね、仕方ないよ。どこかで充填じゅうてんしないと いけないな」
  光圧駆動回路は――ことに、G・サジタリアスに搭載されている それは――蓄えられるエネルギーの総量こそ大きいが、蓄積には時間が かかるらしい。
  HFドライブを使えないのは、ディメンジョン・クリスタルによって、既に莫大ばくだいなエネルギーを消費していたからだった。
  「あっ、でも嵯峨さんは どうするんです?」
  「合流出来るよ、父さんならね」
  既に どの辺りに居るのかも判らない嵯峨さんの事を思い出した僕に、先輩は軽く請け負う。
  それは信頼しているという事なのか、僕には判らなかったが。

  「くそ。こないだ程じゃねぇが、動きが鈍いッ。ガイン、原因は判らんのか?」
  『フメイ』
  「ぬう」
  搭載人工知能ガインに訊ねるも、その答えは素っ気の無いものだった。
  勢い、出撃したまでは良かったが、コスモ・シャドウは またも原因の判らぬ不調に見舞われていた。
  (チッ、人の身で なくなってすら、全てが自由になる訳じゃねぇ、ってか。ままならんぜ)
  ぎこちない動きしか出来ない鉄塊を何とか操りながら、帝国艦の戦闘能力に的を絞り、無力化していく嵯峨。
  『悪魔めぇぇぇ……キサマだけは、キサマだけはぁぁッ!』
  「ッ……しつこい野郎だ」
  そこへ、会いたくもない相手が、狙ったようなタイミングで現れる。
  『いつまでも やられたままだと思うなァァ、我々 人類を舐めるなよ!』
  「……文脈的には間違ってねぇからな。ツッコミ辛いぜ」
  ぼそりと ごちる嵯峨。
  そのコスモ・シャドウの周囲へ、今まで見たものとは形状の異なる数隻の艦が、取り囲むように現れた。
  「む?」
  不明艦群から、目には見えないが、何かが発せられる。
  「これは――」
  『既にフィールドが形成された! 今更 逃げられんぞ!』
  コスモ・シャドウの頭上と足元に、多角形の光跡が現れる。
  その内側は、まるでさざなみ立つ水面みなものようにも見えた。
  『沈めえッ! 負の海へ!』
  その言葉を契機とするように、二つの多角形が、コスモ・シャドウを挟み込むように近付いていき、遂には内側の空間に捕える。
  一つに重なり合った多角形が、ゆっくりと消えて行く。
  そこに、コスモ・シャドウの姿は無い。
  『ハハハハ! やった! やったぞ!!』
  しかし、スヴェード・ロドラームの高笑いも、長くは続かなかった。
  「ディラックの海。虚数空間とかいうヤツか?」
  『!?』
  多角形の光跡が消えた辺りの空間が、歪んでいた。
  無論、目に見えるような物ではない。が、続けて、目に見える変化が現れる。
  歪みから現れたのは、当然、コスモ・シャドウだ。
  完全に歪みから脱すると、背後の歪んでいた空間は、見る間に復元していった。
  『な……っ』
  「興味深いな。そこまでの技術を保有しているとは」
  不敵に腕組みをしたコスモ・シャドウは、無傷。
  『馬鹿な……! 負の海から生還するなど!?』
  「済まんな。この機体は反物質でも稼動出来る。つまり、虚数空間という奴は、燃料貯蔵庫に どっぷり浸かったようなモンなんだよ」
  『そ、んな事が――』
  「おかげで、コイツも腹ァ一杯だとよ」
  通信機から、コンコン、とコンソールを叩く音が届いた。
  『く、くっそおおおおおおおッ! バカにしやがってえええッ!!』
  「吠えた所で どうともならんよ。いい加減、俺等に ちょっかい出すのをめたらどうだ?」
  『何者だっ! 何者なんだ、貴様はあああッ!!』
  「東風とうふう、か」
  『おのれぇえぇぇぇ!!』
  音を伝えない筈の真空を、木霊のように伝播するかに、スヴェード・ロドラームの叫びが響き渡る。
  気付くと、不毛な やり取りをしている間に、他の帝国軍は撤退を完了したようだった。
  「随分、手際が良いな。くっ、集団戦のノウハウは、向こうが一枚上手うわてかよ」
  100年もの戦闘経験を有する嵯峨とはいえ、それは あくまで、個対個、個対多の話だ。
  先方に一日いちじつの長があるのは、明らかだった。
  友軍を追う様に、撤退を始めたスヴェード・ロドラームの艦隊を一瞥いちべつし、コスモ・シャドウはG・サジタリアスへと帰艦した。

  嵯峨が艦橋へ戻り着くのを見計らうかの様に、新たな帝国艦隊が現れる。
  一難去って、また一難か、と思っても、無理からぬ事だ。
  だが、そうではなかった。
  『地球人諸君、改めて名乗ろう。帝国軍 騎士級司令官、アルスルーヴェ・クーゲルだ』
  モニターに現れた男を見て、おかしな話だが、むしろ ほっとしてしまう一同。
  「クーゲルさんよ、遂にアンタが出て来たかい。こいつぁ手こずりそうだな」
  『勘違いしないで貰いたい。今日の我々は、挨拶に来ただけだ』
  若干の挑発を込めた嵯峨の言葉にも、クーゲルの態度は全く揺るがない。
  「何?」
  『データは送っておく。ドルドーニュ星系、第4惑星ヴェインド。我が帝国の主星だ。その気になったなら、訪ねてくれ。悪い様にはしない、とだけ言っておくよ』
  「戦ってる相手に、何を……」
  まるで状況を理解していないかの如き言い様に、つい、優輝の口が動くが。
  『我々が戦っているのは、連合だよ。君達に交戦の意思は無い、と聞いているが?』
  「何故、そんな事を」
  『知っているのか、と? 無論、直接 聞いたからだよ。彼にね』
  すっ、と、クーゲルが一歩、画面から退く。そこに立っていたのは――
  「……!!」
  「御堂……か」
  「あ、あんた、何で そんなトコに居るんだよッ!?」
  『済まんな、ユ――いや、嵯峨』
  志賀の詰問きつもんにも、御堂の視線は嵯峨から動かない。
  「……ああ。ま、お前が出てった後で、状況が変わっちまったからなァ」
  「な、なんでそんなに冷静なんだよ!? あいつは俺達を裏切ったんだぜ!」
  「黙れ。奴が出て行ったのは、俺達が連合に付く前だ。関係は無ぇ」
  「なッ」
  モニターから視線を落としただけで、志賀の方は向かずに、その言葉を斬って捨てる嵯峨。
  「ムカシから、お前の探究心ってヤツには感服していたが……。ま、アレだな。気が済んだら、帰ってこいや」
  『それも一興いっきょうだが。恐らく、それは無いだろう』
  「そうか」
  『ああ』
  「分かった……元気でやれよ」
  『お前も、な』
  「ふっ。俺にゃ、無用の台詞セリフさ」
  『そうだったな』
  二人の短い やり取りは、そこで終わりを告げた。
  『出来れば、君達とは刃を交えたくは無いものだ』
  再び画面に現れたクーゲルの言葉が、交信そのものの終了を示唆した。
  通信モニターが光を失うと同時に、その場にも沈黙が訪れた。
  窓の外では、クーゲル率いる帝国艦隊が、回頭運動に入っていた。
  よく訓練されていることを物語る、整然とした艦隊行動だった。
  そして、艦隊は一斉に主機関へ点火、最初は ゆっくりと、次第に速度を増して、G・サジタリアスから離れていった。
  誰もが、口を開きたかったに違いなかった。
  だが、嵯峨のまとった雰囲気が、それを言わせなかった。
  「何で……」
  ようやく、志賀が問い質そうとするが、嵯峨は それをさえぎった。
  「人が――」
  「!?」
  「人が、信念によって定めた道を……誰が遮る事ができる? 誰にそんな権利がある? ……そんな物ぁ、たとえ俺にだって、無いんだ」
  反論できる者は いなかった。
  居よう筈が なかった。
  誰よりも、今 離れてゆく彼に、最も近かった者が、そう言ってしまったのだから。

  それから3日が過ぎ、打診していた乗員退避の目途めどが立ったとの事で、数隻の連合艦がG・サジタリアスへ接触してきた。
  連合の中型艦二隻に分乗したG・サジタリアスの地球人達は、それぞれ別の星系へ向かう事になったようだ。
  幾らか例外が あるものの、結局、艦橋に顔を出した事が有るか無いかが、そのまま、残る人と退避する人の違いになった。
  これも、認識の差なのだろうか。
  念の為もあり、僕は嵯峨さんと、見送りというていで艦の外へ出ていた。
  ガトリング・ホーンで出てはいたが、僕は、艦から離れずにいた。
  今からでも強引に、連合艦に押し込まれ、退避させられてしまうんじゃないか。
  そんな無意味な心配が あったのは確かだ。
  一応受け入れて貰えたとはいえ、残る事にした人達の中で僕だけが、一度ならず、退避を勧められた事も大きかった。
  理由は、判らなくもない。
  特に原田さんなどの場合は、遠回しに、美緒さんを落ち延びさせたかったのだろう。
  僕が退避組に回るとなれば、きっと美緒さんも付いて行く。そんな勘定か。
  だが、申し訳ないけれど、僕は最初から残る事に決めていた。
  美緒さんも、僕に付いて残るだろう事を、織り込み済みで。
  覚悟がある、と言えば聞こえは良いかも知れないが、そんな大層なものじゃないんだ。
  何か……そう、使命感、のようなものを、感じたのだ。
  このふねの進む道の先を、最後まで見届けろ、と、何かが僕の中で叫んでいる。
  そんな気がしただけだ。
  またしても、埒も無い思考に沈んでいる間にも、連合艦は進んでいた。
  少しの寂しさと共に見送る僕の前で、徐々に別々の方向へ、離れて行く艦。
  大丈夫、きっと事態が落ち着けば、皆また、再会出来る筈だ。
  (すぐに迎えに行きます。そして、地球へ帰りましょう)
  心の中で、連合艦に向かって、そう語りかける。
  しかし、悪夢は再現される。
  スローモーションのように、一条の閃光が、片方の艦を貫き――
  瞬きの間に、それは爆発の華となった。


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