PHASE_3 「火星宙域」

  他者のつけた道、他人の示した答えに、一体いか程の価値があろう?
  道は己で切り開いてこそ意味を成すものであるし、自らの答えは、自らの内にしか無いものだ。

  それから数日が経ち――
  G・サジタリアスは、火星を至近しきんに望む位置まで進出していた。
  けれど、ようやく地球での悶着もんちゃくを忘れかけていた僕等は、事態がとんでもない方向へ進んでいる事を、いまだに知らずにいたんだ……。
  そんな、ある日の艦内通路。
  「ハタと気が付いたんですが」
  「ん?」
  先輩の顔を見るなり僕は、真っ先に考えるべき事を誰も口にしていない事に気付いて、聞いてみることにした。
  「このフネの航路の予定って、どうなってるんです?」
  「ハテ」(´ω`)〜*
  「…………。いや、はて と言われても」(~д~;)
  「レイジ。君は、どこへ行きたいんだい?」
  「えっ」
  まさかこちらへ振り返されるとは考えていなかったので、返答にきゅうしてしまう。
  「特に……考えていませんでしたね」
  「そうか〜」
  にっこりと笑って、先輩は身振りで同道を示唆しさした。
  先輩の後について移動しながら、答えを待ったけど、結局のところ、目的地に着くまでそれは得られなかった。
  辿たどり着いたのは、格納庫の上段に位置する、艦載機格納エリアだった。
  ちなみにG・サジタリアスの格納庫は、幅こそ大したことはないが、高さと奥行きは相当なものがある。
  そしておおむね、中ほどから若干上、と言った位置で仕切られていて、上部は艦載機、下部は、例の人型メカ用に割り当てられているらしい。
  「やぁ、シモン」
  「あ、ユーキサン。ドウモドウモ」
  先輩が、そこで何やらごそごそと作業をしていた青年に声を掛けると、振り返った彼も挨拶を返してきた。
  「レイジ、彼はアキバ・シモン。整備班の班長を任せた人ね」
  「はぁ、どうも。佐々木レイジです」
  何の脈絡も無く、紹介されても……こんな反応しか出来ないんですけど。
  「アキバ・シモン言いマス。ユーキサンに大役オオセツカリマシタ」
  それでも彼は屈託のない笑顔で返してくれた。
  「シモン、そろそろあれ、出来た頃かと思うんだけど?」
  「?」
  「OKOK、アワテナイアワテナイ、ネー」
  「もったいぶるなよー」
  おどけてみせるシモンさんに、苦笑いで返す先輩。
  というか……“もったいぶる”のは先輩の得意技では? と、つい口から出かかった嫌味を、僕は慌てて飲み込んだ。危ない危ない……。
  そのシモンさんの背後には、シートが掛けられた大きな物があった。多分これが先輩の言う所の“あれ”なのだろう、と察しをつける。
  「ではゴカイチョー」(/ ̄▽ ̄)/
  案の定。シモンさんがシートを引き剥がしたそこには、ずんぐりとした飛行機らしきものが現れる。
  「おー、出来てる出来てる」
  嬉しそうな先輩をよそに、僕は先ほどまでの会話と この物体の間に、一体どんな因果関係があるのかと、しきりに考えていた。とは言え……その答えを知るのは先輩ただ一人な訳で、僕が考えを巡らせた所で答えが出るものでもないだろう事は、すぐに思い至ったので、考えるのは やめにした。(;-_-)
  「レイジ」
  「あ、はい?」
  丁度そのタイミングで、先輩が僕へ向き直る。
  「これ、僕とシモンで設計した、ホーン・ド・コアって航宙機なんだ」
  「はぁ」
  「こいつはね、部分部分を交換する事で、色んな状況に対応できるんだよ」
  「ふむふむ」
  「でね、その形態の一つに、サーチ・ホーンっていうのがあるんだけど」
  「サーチ……。探査用、という事ですか」
  「正解〜。それを使ってさ、宇宙のあちこちを調べて回るのが、僕の夢なのさ」
  つまりは――それが先刻の答え、という事らしい。
  「なるほど……明確な行き先が無いのは、そういう理由だからなんですね」
  「うん」
  一つの疑問が解消されたけれど、宙ぶらりんな事項は残っている訳で。
  「だとしても、“行き先不明”のままという訳にはいかないでしょう。他の人達も気にしているのでは?」
  「そうなのかな?」
  「と、思いますが……」
  実際の所、どこからこんなに集まったのか、G・サジタリアスには200人ほどの人々が乗っているらしい。
  当然、僕にとって全員が全員知り合いという事は無く、それは、他の人達にしても同じだろう。
  彼らがどんなつもりで乗り込んだのかは判らないけれど、流石さすがにピクニック気分で乗っているなんて事は無い……はずなんだけど。
  考えれば考える程、不安になってしまう。
  「レイジ、ホーン・ド・コアこれ、6機揃える予定だから、1つ使ってみるかい?」
  「考えておきます……」
  自分では上の空で覚えていないんだけど、僕はそう答えたものらしい。
  これが後々大変な事態を招くと知っていたら、人の話は ちゃんと聞くものだと思ったね。

  考え事をしいしい、僕は隣の重力ブロックへ向かおうとしていたようだ。
  気が付くと、丁度中間の居住区にいた。
  ちなみに、格納庫区画の真隣が重力ブロックなのだけれど、構造上この二つは直接の行き来が出来ず、一階層上の無重力居住区を通らないと辿り着けないんだ。
  「あっ」
  通路の先に見つけた人影を認識するや、考えるより先に、直交する通路へ身を隠していた。
  もう癖になってしまっていると気付いて、苦笑する。
  そんな必要は全く無いと、頭では判っているのだけれど……元来た通路を そっとうかがう。
  勿論もちろん、その先に居たのは、原田さん、と……もう一人?
  多少距離があったけれど、その少女に見覚えが無い事だけは判った。
  原田さんが少女に、何事か話し掛けているように見えたけど、声をひそめているのか、ここからでは会話の内容は聞き取れなかった。
  強張こわばっているようにすら見える原田さんに対して、表情の無い少女からは、何の感情も読み取れない。
  まるで――綺麗な人形を見ているみたいだった。
  最終的に見つかってしまうまで、どの位の時間が経っていたのか。
  自覚するのは かなり後の事になるけれど、僕はこの時、少女にかれたのかも知れない。
  少女の名は、原田 美緒。
  原田さんの妹さんなのだそうだ。
  そんな簡単な説明を受けている間、美緒さんは じぃっと僕を見ていた。
  ……こんな間近でも、やはり、感情を感じない瞳で。

  その何時間か後。
  G・サジタリアスは、トラブルに見舞われていた。
  いや、見舞われたというより、トラブルの方が飛んできた、と言うべきだろうか。
  「どうやら、停船しろって言ってるようだね」
  先輩の表情が、真剣味を帯びる。
  接近する未確認の飛行物体が発見されたのは、今から十数分前のことだった。
  未確認、と言ってはみたものの、地球外知的生命体などという非現実的な存在が唐突に出現でもしない限り、それは火星軍所属の機体と見て、ほぼ間違いなかった。
  この時代、人類は確かに太陽系のほぼ全域を踏破していたが、頻繁ひんぱんな行き来は火星から内側の内惑星系に限られていたし、それだって、貨物便などを含んだ定期船ぐらいが せいぜいだった。
  しかも、今G・サジタリアスの航行している空間は、定期船航路からは かなり離れた空域。
  となれば、火星軍機と見るのが、ごく自然な成り行きなのだ。
  「また、ですか……」
  「また、だな」
  困ったような、呆れたような、判断のつきかねる表情を浮かべる一同。
  火星軍機は、執拗しつように艦の周囲を旋回しながら、威嚇いかく射撃を繰り返している。
  「しつっこい奴だなぁ」
  「よっぽど性格の悪い奴が乗っているのかも知れんのぉ」
  志賀さんと東条さんが、少々行き過ぎた感のある人物評を放り投げていた。
  正にその時、火星軍機からミサイルが発射されていた。まさか二人のやり取りが聞こえた――なんて事は無いと思うが。
  ミサイルは誘導装置を切っていたようで、艦すれすれをかすめて通り過ぎる。
  もっとも、これだけ巨大なG・サジタリアスまとなのだし、当てる気ならば誘導装置のないミサイルでも当てられるだろう。
  (そう考えると、あのパイロットは腕の立つ人物なのかも知れないな)
  等と場違いな感想を僕が浮かべている横で、先輩は文字通り“違うスイッチ”が入っていた。
  「……流石に頭に来たな。ちぃっとばかしきゅうでもえてやるか」
  「えっ?」
  まただ。
  実の所、過去にも無かった訳じゃないのだけれど……ここ最近の先輩の変わり様は頻度が高過ぎた。
  先輩が何事か制御卓コンソールを操作すると、一瞬遅れて僅かだが振動が伝わって来た。
  「な? なんじゃ!」
  「優輝? 食らったのか?」
  面食らう東条さんと志賀さんに、先輩は事も無げに言い捨てる。
  「擬装ぎそう爆破した」
  「な、何じゃと!?」
  舷窓げんそうに駆け寄り見下ろすと、確かに前方甲板のおおいが砕け散り、左右後方に流れている所だった。
  簡易な擬装のせいでシンプルになっていたシルエットが、本来の姿をさらけ出す。
  いか程の威力を秘めているかはいまだ判然としないものの、鎌首をもたげる蛇さながらに砲身を持ち上げた三連装の砲は、不気味な威圧感を見る者に与えようとしているようだった。
  「先輩まさか――」
  「撃ち落とそうってんじゃねぇよ。こっちも威嚇で返すだけさ」
  振り返り制止しかけた僕の言葉を遮り、そうしつつ、コンソールも操作する先輩。
  「一番砲塔、自動追尾、目標の鼻先に叩き込む……!」
  「お、おい優輝、待――」
  志賀さんが先輩を止めようとしたけれど、全ては遅かったらしい。
  硬質な駆動音を立てているであろう巨大な砲塔が、ゆっくりと遷移してゆき――
  目もくらむ閃光が舷窓を満たした。
  視界が元の色を取り戻すまで、何秒掛かったろう?
  誰もが状況を確認しようと辺りを見回す中、最早そんな必要も無いは、既に目の前に提示されていた。
  舷窓正面上にある大型スクリーンを何気なく見上げた僕は、そこに映るものの意味を理解するまで、少しの時間を必要とした。
  そして理解した瞬間……凍りついた。
  いや、僕だけじゃなかった。
  その場の誰もが、蒼ざめた表情で凍りついていた。
  理屈ではなかった。
  火星は、既に地球から見る月よりも大きくなっていた。
  その火星に、巨大な火球の花が咲いていたのだ。
  事の重大さは、目の前のモニターが示唆しさしている。
  威嚇射撃が、火星を直撃したのは明らかだった。
  もはやここに至っては、地球で軍の制止を振り切ったことなど、子供の悪戯いたずらにも等しいだろう。
  現地の状況が直接確認できないことは、この際、逆に有り難くすらあった。
  もしも想像通りの光景が広がっていたとしたら……僕らは意思の全てをくじかれていたはずだ。
  「メインエンジン全開! 全力噴射じゃ!!」
  逸早く我に返った東条さんが、わめきに近い声を張り上げた。
  声に押されたかに、動き出すG・サジタリアス。
  メインモニターに映る火星が、見る間に小さくなってゆく。
  “それ”が何を意味するのか。
  今はまだ、誰も知らない。


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