PHASE_1 「ヴォイド領域」

  元々、物に「色」など付いていない。
  ごく狭い帯域の、電磁波の反射を眼球で受けているに過ぎない。
  これは、「音(声)」も、「臭気」も、「味」すらも、同じ。
  そう、物に存在する属性は、ひとえに その“形状”だけなのだ。
  いや、あるいは それすら……。

  断続する激しい揺れと、爆発音。
  生きた心地、なんて言葉が空々そらぞらしく思える程だった。
  それは誇張でも何でもなく、僕の存在そのものがひしゃげて、つぶされて、バラバラに吹き飛び、粉々になって、風に舞い散る所を想像できそうな程に。
  何かを喋るなんて気には、これっぽっちも なれなかった。
  それ以前に、こんな状況で口を開こうものなら、間違いなく舌を噛む自信があった。
  自分でも状況と思考が乖離かいりし過ぎていると感じた、その時。
  爆発音と、それに伴っていたのだろう揺れが、ほんの少し小さくなった気がした。
  「……?」
  僕はそこまで来て、やっと目を開ける事が出来た。
  ふわふわと目の前で揺れる美緒さんのポニーテールに鼻をくすぐられて、思わずクシャミをしかけたが、しかし、文字通り“それどころではなかった”。
  余りに強く、長くつむっていた為に、何だか目が おかしい。
  正面舷窓いっぱいに、衛星軌道から見た火星のような光景が広がっていた。
  「……?」
  意識は、はっきりしているつもりだった。
  それでも、僕は状況を飲み込む事が出来なかった。
  「ここは――!?」
  美緒さんを抱えたまま、ほうけたように窓外の光景を眺めていた僕は、先輩の言葉に我に返る。
  僕等はまず、状況の把握から始めなければならなかった。
  「ひとず、通常空間へ出られたらしいけど……」
  制御卓コンソールの上で、先輩の手が休み無く動き続け、その目が艦のコンディションを確認している間に、僕は窓の外の状況を、可能な限り報告した。
  「これは……まずいな」
  先輩のひたいの横には、冷や汗だろうか、丸くなった水滴が幾つも浮かんでいた。
  「どうやら最初から、あの星の重力圏に出ていたみたいだね。このままだと、まともに正面から突っ込んでしまう」
  「何とか ならないんですか!?」
  我ながら間の抜けた、無意味な質問だった。
  このフネを最も知り、唯一、状況を的確に把握している人に向かって、するたぐいのものではない。
  それでも先輩は、努めて冷静さを保って、艦の状態を教えてくれた。
  「主推進器メイン・エンジン、ウイングの姿勢制御用推進器スラスター、共に応答無し。もしかしたら損壊しているかも知れないね」
  「他に手は――」
  「だけど、手が無くなった訳じゃない」
  言い掛けた僕と被さる様に言い切った先輩は、再びコンソールに向かう。
  音も無く惑星表面が迫る中、数秒か、数十秒かが経ち。
  何かに押されるように、その映像が するすると下方向へ滑り出し始める。
  いや、艦首が持ち上がって行くのだろう。
  「後は、艦体がつかどうか……かな」
  まるで、推移を見守る第三者かのような言い様。
  どうしてこの人は、こんな状況でこんなに冷静なんだろう?
  「うわあああああ!?」
  目前の惑星へ、墜落してゆくG・サジタリアス。
  正面映像からは消えても、下方向を映したモニターには、ぐんぐんと惑星が迫っている。
  何とか艦首を持ち上げられた事で、真っ向からの衝突こそ避けられたが、惑星表面に艦体をこすろうとしている状況には変わりがない。
  案の定、先程までとは比べ物にならない激しさの揺れが襲ってくる。
  身体に感じるGの掛かり方と、映像から判断して、艦首右前方といった辺りを擦り付けながら、胴体着陸しているようだった。
  ちらと窓外映像を見た限りでは、惑星の表面物質なのか艦の構造物なのか、判別できない何かが大量に舞い飛んでいた。
  やがて……それも収まった。
  どれだけの時間が掛かったのか、きっと長い、長いり跡を残して、その末端に艦はたたずんでいるのだろう。
  やっと、これでやっと一息付ける。
  僕がそう考えたのは、自然な事だ。
  けれど、それもほんの束の間の事だった。
  に気付いたのは、なかば偶然だったのかも知れない。
  先程見つけた、先輩の顔の横に浮く水滴。
  何故か もう一度、僕の視線はそこに向かった。
  「ぅ?」
  動いている?
  「お疲れ様、レイジ。……ん? どうかしたのかい?」
  僕はどんな顔をしていたのだろう?
  少なくとも、僕の中のもやもやは、先輩に伝わったようだ。
  「ええと、その、先輩の汗が、動いているような……?」
  「!」
  顔色を変えた先輩が目だけを巡らせて、僕の指す、自らの汗の水滴を追う。
  頭ごと振ったのでは、それ自体が空気の流れを生み、意味を成さなくなってしまうからだ。
  それでも、これだけの事が立て続けに起こった後で、そんな判断が出来る先輩は――やはり常人ではない。
  「ッ! レイジ、簡易タイプでい、宇宙服を着るんだ! 他の三人にも、頼んだよ!」
  「は、はい!」
  明らかに後方へ流れていく水滴を確認するや、行動は早かった。
  さすがにそこまでは首が回らなかったが、先輩は艦橋を出て行ったようだ。
  シートベルトを外して、もぞもぞと、座席と美緒さんの間から抜け出す。
  (宇宙服、宇――)
  急ぎ用意しなければ、と意気込んだ所で、僕は とんでもない事に気付く。
  (宇宙服、って、どこに……?)
  一気に蒼ざめる。いや、蒼ざめていた、はずだ。
  確かにカリスト等、何度か着込んだ事はあったけれど、それは格納庫の隅にあった収納棚から出したものだ。まさかこの緊急時に、格納庫まで行く訳にはいかないだろう。
  第一、格納庫までの道中だって、無事とは限らないのだ。
  まさか先輩がそんな事に気付かぬ筈は無いだろうし、考えてみれば、格納庫にしか無いなんて事の方が おかしい。
  (慌てるな、必ず第一艦橋ここにも有る……はず!)
  とにかく、想像通りの事態ならば、一刻を争うのだ。パニックになっている暇すら惜しい。
  先ずは一番可能性の高そうな、艦橋後方から探してみる事にして、立ち上がる。
  (あれ?)
  若干軽いが、“立てて”いる。
  その事実と、今の状況が、何故ここまで噛み合わなかったのか。
  (ああ、そうか、今は惑星に不時着しているんだから、惑星の重力を感じている訳か)
  そこに至る事で、更に次の事実に到達出来た事は、言うまでもない。
  (!? それって……もしかして?)
  「いやぁ、脅かさないでくれよレイジ〜、てっきり空気漏れかと思ったじゃないか」
  どうやらほぼ同時に気付いたらしい、戻ってきた先輩に、苦笑いしか返せない僕だった。
  「ぅ、んあ?」
  「むーん、一体何事じゃ?」
  気を失っていた志賀さんが気付き、次いで、どうも寝ぼけているらしい東条さんが艦橋に入って来る。
  「……平和なヒトタチだなぁ」(´д`;)
  「……ですね」(~д~;)
  どっと疲れが押し寄せる、僕と先輩が居た。
  その後、未だ気絶している原田さんを先輩が、美緒さんを僕が背負って、彼女達の部屋へ寝かせに行き、その足で僕も自室に戻り、ぱたりとベッドへ倒れ込んだ直後、泥のように眠りについたのだった。
  後々確認した所にると、格納庫はもちろん、各個室、艦橋、重力ブロック等々などなど、基本的に全てのエリアに多めの数の宇宙服が用意されているのだそうだ。
  しかも、地球をってすぐに行われた、くだんの講習で触れたらしく、見事に聞き逃したのがばれて、お説教されてしまう始末。
  何をやってるんだろうねぇ、僕は。(-_-;)ゞ

  僕は、夢を見ていた。
  (ん……ここは、また?)
  実際には見た覚えの無い区画に、また先輩と、御堂という人が居た。
  「光世紀こうせいきの世界へようこそ……ってトコか?」
  「冗談にしては、たちが悪いな」
  「冗談なんぞ言っちゃあ いねえよ。現に、100光年どころか、すっ飛び越してウン10億光年の彼方に居るンだぜ? 俺達ゃ」
  「想像も つかないな」
  「ついたらついたで、そりゃ怖いわ」
  「ごもっとも」
  先輩は、例によって立体映像の設計図面らしきものをいじくりながら、視線を交わさずに会話をしていた。
  「それにしても」
  「ンあ?」
  今回映し出されていたのは、ホーン・ド・コアのもののようだ。
  けれど、どれも見覚えの無い形状のものばかりだった。
  中には、コスモ・ワーカーの手足を無理矢理据え付けたようなものまである。
  「しかし、凄いな、これは……。流用の乱用が」
  脇から覗き込んだ御堂さんが、もっともな突っ込みを入れる。
  「ほ、放っといてくれ……。つーかよ、一つ一つ別個にデザイン考えてたら日が暮れちまうぜ」
  「……面倒なだけなんだろう?」
  「ぅ……。うっせぃってのッ」(; ̄∧ ̄)
  「まあ、程々にな」
  「おう。さてと、そろそろ修理始めねぇとな。いつまでもブッ壊れたままにもしておけん」
  席から立ち上がり、先輩が部屋を出て行った。
  その後ろ姿を見送って、御堂さんも どこかへ行ってしまった。
  誰も居なくなった見覚えの無い部屋を、見るでもなく、聞くでもなく、何故か僕は
  そして、意識が ぼやけて行き――
  僕は、目を覚ます。

  「うえええぇええぇえ……」(((;@д@)))
  『だから、いきなりエンジン吹かすなと言ったろ〜』
  口調はいつも通りだけど、目を回して今にも吐きそうになっている僕にも、通信機越しの先輩はスパルタだった。
  何をしているかと言えば、僕は今、ホーン・ド・コアに乗って、第二惑星の衛星軌道で慣熟訓練中なのだ。
  僕自身は覚えが無いんだけど、使いたいと言ったものらしい。
  特に嫌な訳でも、興味が無かった訳でも無いので、先頃完成した3号機に乗ってみたんだけど……。
  これがまた、全く言う事を聞いてくれなくて。
  もう二度目の搭乗なんだけど、今日もまたキリモミ飛行をしている僕なのだった。
  『機械類に掛かったら掃除大変だから、そんなトコで吐くなよ〜』
  さらりと無理無茶難題を おっしゃる……。
  とにかくもメニューをこなし、どうにかこうにかフネまで戻る。
  ぐったりしていると、先輩が飲み物を持ってやってきた。
  「お疲れ様〜。どうかな、初回と違いはあったかい?」
  「さあ……どうでしょう。ヒタスラ キモチワルカッタデス……」
  心底げんなりしている僕を見て、さすがに気が引けたのか、先輩は ぽりぽりと頬をいてから、操縦サポートシステムの改良をけ負ってくれた。
  少しは扱い易くなればいいけどなぁ、と思いつつ、自室で一眠りする事にした。
  ああ、忘れる所だった。
  修理作業と並行して、現在地特定の為の観測も行われていたんだけれど、その結果は とんでもないものだったんだ。
  2日前、重力ブロックの広場――
  乗員全員が集められて、ざっとではあるが現在の状況が説明された。
  「ヴォイド?」
  「ああ」
  「……って、何だ?」
  志賀さんのお約束にもひるまず、先輩は解説を始めた。
  もっとも、普段と違い この状況では、本当に知らない人も多そうなので、代弁のつもりなのかも知れなかったが。
  今、僕達が居るのは、宇宙の泡構造とも言われる、ヴォイド領域の ど真ん中らしい。
  これは、とんでもなく巨大なシャボン玉のようなもので、内側には恒星から惑星、星間塵せいかんじんに至るまで、物質という物質が極端に少ないんだそうだ。
  そう言えば、ここで見る夜空は、やたらに暗かった。
  惑星の大気は薄く、その分、星がハッキリ見える筈なのに、だ。
  近辺きんぺんに星が無いとなれば、それもその筈、というものだ。
  ただ、全くのゼロではないそうで、その証左しょうさがこの、“ヴォイド太陽系”と仮の名称を与えられた、さびしい恒星系だった。
  ヴォイド領域の中心部に、ほんの僅かに残された星間物質で構成されたのだろうと推測されるこの恒星系は、僕達の居た太陽系と比較すると、遥かに小規模と言えた。
  地球型の岩石惑星は、今居る第二惑星と、隣の第一惑星の二つのみ。他には、木星より二回り程小さい木星型ガス惑星が一つあるのみ。
  主星である恒星にしたって、太陽系の太陽と比べたら、だいぶ小さいのだ。
  この先、人類がこんな所まで来られるようになるのかは判らないけれど、とにかく名前が無いでは不便なのは、間違いない。
  そこで、4つの星に、暫定名称としてVSS1〜4が付与された。
  VSSとは“ヴォイド・ソーラー・システム”、つまりヴォイド太陽系の略だ。
  恒星をVSS 1とし、外側へ向かって第一惑星VSS 2、G・サジタリアスの現在地、第二惑星VSS 3、木星型の第三惑星VSS 4、という訳だ。
  「それで優輝、地球はどっちになるんだ?」
  含みは無いんだろうけど、志賀さんが気遣い不足気味の質問をすると、別の意味で先輩の顔が曇る。
  「まだ判らない。鋭意捜索中だよ。そもそも……このヴォイドが、僕等の居た銀河系の隣にあるものとは限らないからね」
  「ん? ヴォイドってのは幾つもあるのか?」
  「……うん。この宇宙は まんべんなく泡構造が広がってる。百や二百じゃあ効かないね」
  こう立て続けでは、さすがに先輩も疲労を隠し切れないようで、一瞬言葉に詰まる。
  「そうなると、もしかしたら僕達はもう……」
  「すまない。そうなる可能性もある事は、心に刻んでおいて欲しい」
  単純に――驚いて、言葉を継ぐのを忘れていた。
  今の今まで、先輩のこんな物の言い様を聞いた事は無かったからだ。
  「て事は、俺達はまだまだ“絶賛迷子中”なんだな」
  「迷子じゃなくて、当ての無い旅人、ぐらいにしましょうよ……」
  見兼ねてフォローに回ってみるが、効果は薄かったようだ。
  「何にせよ、これ程恒星に近い位置に出たのは、不幸中の幸いでした。そうでなければエネルギー不足になっていたかも知れない。補修作業にも何倍もの時間が掛かった事でしょう」
  全員の顔を見渡しながら、先輩の言葉が続く。
  蛇足かも知れないけど、説明しよう。
  太陽系では標準となりつつある、光圧駆動回路。
  G・サジタリアスにも搭載されているこれが、艦の全ての動力源となっている。
  つまり、集光率次第で、小さな照明はもとより、艦最大のパーツであるエンジンに至るまで、内部機構の全てがトーンダウンしてしまうのだ。
  ちなみに。
  絶対零度の真空でも、時空の短距離スケールで光子の放出・吸収が起こる為、恒星から遠く暗い空間であっても、低出力ながら光圧駆動回路は安定した出力を得る事が可能なのだそうだ。
  ……うん、ごめん。僕も何の事だかサッパリ判らない。
  難しい話はとにかく、損壊した艦体の修理も、もうすぐ終わるという事だ。
  でも、それがまさか、僕がキリモミる日々の始まりだったとは。
  宇宙は謎だらけ、人生は何が起こるか判らない。まったくもって理不尽でございまする。

  重力ブロック、酒保しゅほ
  酒保と言っても、酒の類は置いていない。日用品や雑貨が主だ。
  20世紀末の人類文明崩壊以前に存在した、日本という島国の、海上部隊の方式を踏襲しているのだそうだ。
  さらに言えば、“店”ではない。艦の外に人の世界が無い以上、貨幣経済など成り立ちようがないのだから。
  「いつものかい?」
  シャマを見た酒保の男は、当人の答えを聞く前に、何かを取り出しカウンターに置いた。
  「毎日すまない、オルテガさん」
  「何の。必要な物を必要とする誰かに。それが俺の仕事だから」
  酒保併設の庭園のベンチに移動したシャマは、受け取った痛み止めを打つと、そのままベンチに寝転ぶ。
  こんな事が、日課になりつつある。
  効き始めた痛み止めと、春の陽射し程度に調整された照明と気温が、シャマを微睡まどろみにいざなう。
  G・サジタリアスに乗り込むまでは、こうも穏やかな日々が、自分に訪れるなどと想像だに出来なかったシャマだったが、日を追う内、少しずつではあるが、周囲に溶け込んでいた。
  「うなされてるみたいね」
  「大丈夫なのかな……」
  「ッ!」
  どうやら眠ってしまっていたらしいと気付き、カッと目を見開くや、がば、と身を起こすシャマ。
  「キャッ」
  「!?」
  耳元で上がった小さな悲鳴に、一瞬たじろぐ。
  そこに居たのは、原田 奈美と、白長滝しなたき 咲葉だった。
  「ねえ、何か うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
  「……。いや、何も問題は無い」
  ふい、と顔をそむける。
  「あの、その、私医療班なので、異常が無くても、違和感とかでも、遠慮せずに言って下さいっ」
  「本当に、何でもないんだ」
  こういう押しの強い奴等は苦手だ――
  右腕をかばいながら、シャマは立ち上がり、その場から退散しかける。
  「あっ」
  「う!?」
  一歩目を踏み出そうと上げかけた足が、腕を掴まれたせいで空を切る。
  バランスを崩したシャマは、そのまま逆再生さながらに、ベンチへ座る格好になった。
  無論その理由は、咲葉がシャマの左腕に怪我を見つけたからだ。
  ただ彼女の場合問題なのは、言葉よりも、怪我の部位を引っ掴む方が早いという事だ。
  その速さ、最早もはや神速と評しても良かろう程に。
  「な――」
  「ケガ」
  何をする、と言いかけたシャマだったが、言わせては貰えなかった。
  「そ、それは……。このてい――」
  「あら、ちゃんと治療しなきゃ。咲葉さん、お願いできる?」
  「はいっ、任せて下さい!」
  この程度問題無い、と言いたかったのだが、やはり言わせてはくれず、本人の意思を半ば無視する形で状況が進んでいた。
  「さ、医務室行こう?」
  「お、おいっ!」
  意外な力強さで、有無を言わさず引っ立てられてしまうシャマであった。
  「くっ……。拾って貰っておいて言うのもなんだが、この船は お節介を焼くのが好きな連中の集まりだな」
  「そ、そうかな? そんな事無いと思うよ。小さな怪我だって、放っておいたら大変な事にも――」
  仕方なしと腹をくくったシャマは、大人しく医務室まで連行され、椅子に座らされて治療を受けていたが、悪態を吐く事までは我慢できなかった。
  左腕の傷の治療が終わり、やっと解放されると考えていたシャマだったが、相手を見誤っている事は、火を見るより明らかだった。
  「これ……」
  案の定、他に怪我が無いか探し始めた咲葉に、右袖をまくられ、腕を見られてしまう。
  シャマの右腕は、一瞥いちべつしただけで判る程に、骨格が歪んでいた。
  「! ……昔、ちょっとな」
  見られたくはなかったが、見つかってしまった以上は仕方ない、というように、シャマは呟く。
  「治さないの?」
  「治りやしねえよ……。何人も医者にさじを投げられたんだ」
  「でも、この艦なら――ううん、なら、何とかしてくれるんじゃないかな」
  「あの人?」
  「関口 優輝さん」
  「ああ……。確かに、只者ただものじゃないってのは、俺でも判る。だが、幾ら何でも――医療だぞ?」
  そんな専門技術を、持っているというのか?
  シャマのその疑問に答えたのは、誰あろう優輝本人だった。
  「邪魔すんぜ」
  「えっ、関口さん!?」
  まるで、二人のやり取りを聞いていたかの様に、医務室の扉をくぐり近づいてくると、驚く咲葉に眉毛と視線で答えつつ、無造作にシャマの右腕を取る。
  「どれ、見せてみろ」
  「!?」
  「ふむ。これなら治るぞ」
  ほんの数秒、シャマの腕を眺め回していた優輝は、事も無げに言い切った。
  「バカな! 医者が見放したんだぞ!?」
  「医者? フ、現在いまの地球圏の医療技術など、このフネの設備に比べれば、児戯じぎにも等しいってモンよ。大船に乗った気で――いや、もう乗ってる、か?」
  言って、笑う優輝。
  「良かったね、シャマ君!」
  「え? あ、ああ……」
  釈然としないものを抱えつつも、無邪気に手を握ってくる咲葉に、今まで感じた事のない心持ちになるシャマであった。

  「デファーニ、か……」
  少し離れ、二人の向こうに何を見ているのか、優輝の呟きは、しかし、誰にも届くことは無かった。


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