PHASE_2 「旅人、自由なり」

  与えられた知識には、何の意味もない。
  そこに意味を与えるのは、行使しようとする意志。
  しかし、最初から与えられるだけで、己から求めることをしないまま成長した人間には、そのかなめである“意志”が弱まってしまっている。
  おのずから求めない行為には、何の意味もない。
  そこには、カラっぽの容器があるだけだ。

  「ぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁ」
  開かれた口からは、呼気音とも、うめきともとれる声音が漏れている。
  寒くはない筈だったが、寒気が治まらない。
  身体の震えも止まらない。
  誰かが見たら、何かに怯えているのかと見られるかも知れない。
  けれど、そのように見られても、間違いではないのかも知れない。
  理由など、無い。
  ただ……ただ、怖いのだ。
  何が?
  対象すら判然としない。
  漠然ばくぜんとした、カタチのない何か。
  そうとしか言い様がない。
  そこに在るのに、無く。
  そこに無いのに、在る……。
  少女の頬には、知らず、涙が伝っていた。

  ようやくに修復作業を終え、VSS 3の衛星軌道に停泊しているG・サジタリアスは、今、新天地へ向けての出航準備を終えようとしていた。
  艦の修理は、思い掛けず日数を要した。
  いや、どうも聞いた限りでは、修理するついでに、改修もしていたらしいのだ。
  突っ込みを入れたい所だったが、それは必須の事らしかった。
  こんな辺境に放り出された そもそものきっかけである、暴走した空間跳躍航法、HFドライブ
  言われてみれば その通りなのだが、これの完成を見ない限り、僕等は永遠にヴォイド太陽系から離れられないのだ。
  とは言え、そこは先輩のやる事。
  やはりと言うか何と言うか……。
  他にもアレコレ、あちこちいじくっていたらしい。
  何やってんですか、先輩。
  ちなみに このかんに、ホーン・ド・コアの4、5号機も完成し、後は6号機の組み上げ作業を残すだけになっていたが、こちらは先輩の手を離れて、完全にシモンさんに任されていたようなので、ノーカンにするにしても。
  「さて、と」
  席に着くや先輩は、手ぐすね引いて待ち構えていた風に、ピアニストさながら、制御卓コンソールに指を滑らせた。
  「うん、調子は上々みたいだ。さて、今度こそ、人跡未踏の地を目指して、出発しようか!」
  心なしか、口調までも上り調子に感じた。
  改修されたというエンジンが、うなりを上げているのが、聞こえて来るようだ。
  「ディメンジョン・クリスタル展開」
  「ディメンジョン・クリスタル、展開を確認シまシた」
  この、ディメンジョン・クリスタルというのが、HFドライブ最大のきもなのだそうだ。
  これが未完成だった為に、この前のような事態におちいってしまったらしい。
  何か見えるものなのかと、艦外映像に視線を向けたけれど、特に何も見えなかった。
  そして、先輩に続いて復唱しているのは、マセラトゥさん。
  先輩いわく、ぱんぱんに詰まった知恵袋のような人、との事で、操艦のサポートやらデータの解析やらをやって貰う為に、艦橋要員になって貰ったんだそうだ。
  それって雑用係じゃ……とは、さすがに言えなかったけど。(-_-;)
  「了解。続けて、HFドライブ起動」
  「HFドライブ、問題無く稼動シてイまス。60秒後にプログラムスタートシまス」
  「それで先輩、どこへ向かうんです?」
  「まずはヴォイドから出ようと思ってる。ここからじゃ、観測も容易じゃないからね。目的地選定どころじゃないよ」
  制御卓コンソールのあちらこちらに目を配り、僕に向く余裕は無さそうだったけれど、回答はしてくれる先輩。
  ふと、先般の出来事が頭をかすめたけれど、先輩の事だ、今度は大丈夫……な、筈。
  『HFドライブ、カウント、スタート』
  前回同様、機械音声のアナウンスが流れ始める。
  ほんの少し不安になりながら、僕は無意識に、シートに背中を押し付けていた。
  『5……4……3……2……1……HFドライブ、スタートシマス』
  そう言えば、前回は美緒さんを膝に乗せたんだっけ。
  思い出すと、顔が赤くなってしまいそうだ。
  『HFドライブ シュウリョウ』
  代わりに座席の肘掛けを握り締めようと、手を――動かす必要は無かった。
  「え?」
  果たして5秒と経たずに、余りにもあっさりと、その時間は終わった。
  こないだのあれは、何だったのかと思う程に。
  「通常空間復帰完了」
  「艦体各部、異常認めらレませン」
  「ん? 本当に移動したのか?」
  「したよ〜。論より証拠、外見てご覧よ」
  苦笑いしつつ、先輩が手元も見ずにコンソールを操作すると、消えていた舷窓スクリーンに艦外映像が戻り――
  「ぅわっ!?」
  そこに現出した光景に、僕は思わず、情けない声を上げてしまった。
  他の人達は、言葉も無く見入っている。
  一瞬、作られた映像なのではないかとも疑う。
  作られた物でないとしたら、本当に、艦の外に、この光景が広がっているというのか。
  こんな場所が存在するなんて……。
  舷窓には、巨大な火球が燃え盛っていた。
  ……それも、4
  「い位置に出られたみたいだね」
  G・サジタリアスが転移した先は、4つの恒星が一所ひとところにひしめく、4重連星系だった。
  「副長」
  「ん?」
  「スぐに艦を遷移せんいさせて下さイ。最外縁の恒星に直撃さレるコースにありまス」
  「わかった。最適の脱出コースを算出して貰えるかな?」
  「入力は終わってイまス」
  マセラトゥさんがコンソールの当該とうがい表示部分をスッ、と指でなぞり、先輩の席の方向へ弾く仕草をすると、情報は先輩のコンソールへ表示される。
  ようは、先輩の操作一つで終わるという事だ。
  「おぉ、迅速なお仕事。御見逸おみそれしました」m(_ _)m
  「イえイえ」
  ぐい、と艦外映像の恒星達が左へ流れて行き、推進器が艦を押し出しているのであろう、振動が伝わって来る。
  「お?」
  景色を見ていた志賀さんが、何かに気付く。
  「どうしました、志賀さん?」
  「いや、気のせいか? 何か今、宇宙船っぽいものを見たような……」
  「ええ? そんな筈は無いと思うよ、志賀。ここは人類の知る天球儀の外だもの」
  「だ、だよな?」
  「まさか、宇宙人との遭遇ですかね?」
  僕としては、半ば茶化すつもりで言ったのだが、二人は窓にへばりつく勢いで探し始めてしまった。
  「目で探スより、データを見た方が早イと思イまスが……」
  「ですよねー」
  一応二人へ聞こえるように言ったつもりだったんだけど、どうやらマセラトゥさんと僕の言葉は、耳に届かなかったようだ。
  結局データは放置される事になったが、後で ざっと見た限りでは、“もしかしたらという可能性”もあるのかも知れない。
  そう思わざるを得ない内容だった。
  確かに、映っていたんだ。
  が。

  定例になりつつある、夢の中の出来事――
  いつもの部屋、先輩はまた立体映像の設計図面をいじっている。
  そこへ、これも例によって、御堂さんが入って来る。
  「ユウキ」
  「おう、御堂。これからは大気圏内外を往復する可能性もあるからな、往還艇造らんとと思ってよ」
  「そうか。それは良いんだが――」
  「む?」
  「見たぞ、カリストの少年。姿で、ああいう行動は取らない方が良くはないか?」
  御堂さんが、妙な表現をする。
  まるで先輩に、別の姿があるかのような……。
  「そう、だな……。太陽系を離れたら何とかしようと、考えちゃいたんだが」
  す、と立ち上がり、壁際へ流れて行く先輩。
  そこにあるパネルに触れると、壁がスライドして、水槽とおぼしきクリアーパネルが現れる。
  「これは」
  「こないだの一件で、こっちに回すエネルギーを食われたんで遅れ気味だが、もうそろそろ完成する。そうすりゃ
  やはり先輩の表現も、おかしい。
  水槽は、ごぼごぼ、と発生し続ける気泡のせいで、見ただけでは中に何があるのかは判らない。
  けれど僕には、
  気泡の向こうから、誰かに見られた気がした。

  HFドライブは、想定よりも多量のエネルギーを消費する事が、明確になった。
  エネルギーを蓄積する為、G・サジタリアスは4重連星から少し距離を取り、数日の停泊を余儀よぎ無くされていた。
  と言っても、今回は損壊した部位も無く、その上4つもの恒星に照らされている事で、ひと月近く滞在したヴォイド太陽系のような事にはならないだろうけど。
  ……あれ、また言い忘れていた?
  損壊する事態になって初めて分かった事だけど、G・サジタリアスは本当にとんでもないフネだった。
  自己修復出来るのだ。
  エネルギーが尽きた、とか、艦が真っ二つ、なんて事にならない限り、という条件はあるようだが、諸々もろもろを考え合わせれば、有り得ない事と言っても良いんじゃないだろうか。
  いや、もしかしたら、真っ二つの状態からでも、このフネならば復元してしまうのでは?
  誰も何もしていないのに、グッシャグシャだった主翼が元通りになっていくのを見てしまっては、そんな気さえするのも無理はない話だ。
  ちなみに、僕に限っては、のんびりはさせて貰えなかった。
  せっかくの停泊時間なんだから、という理由で、またもやホーン・ド・コアで慣熟訓練をする羽目になっていた。
  酒保で酔い止めでも貰って飲むべきだろうか、と思い付いたのは、乗り込む寸前だった。
  (次回からでいいか……)
  腹を括って発進した僕だったが、どうやら酔い止めの出番が回って来る事は無さそうだった。
  「おっ? おおっ?」
  『レイジ、どうだい?』
  「こ、これは、まるで別物ですよ!」
  『そうか〜、それは良かった』
  あれ程言う事を聞いてくれなかった じゃじゃ馬が、突然大人しくなった感じ。
  いや、そんな程度じゃないな。
  手足の一部か、と思える程、素直に動かせたんだ。
  やっぱり物事、つっかえたり引っかかったり、上手く行かないよりは、スムーズに進行した方が、当然気分は良いよね。
  すっかり高揚してしまった僕は、最後は先輩に自動帰還システムを遠隔起動されて、強制的に回収されるまで、飛び回っていたものらしい。
  時間の経つのも忘れて没入ぼつにゅうするなど、いつ以来の事だろう?
  ともあれ、これでまともに飛ばせる下地が出来たという事で、これ以降僕は、サーチ・ホーンを駆って、度々たびたび調査に出掛ける事になるのだった。
  でも、まさかその事が、あんな事態に発展するとは……。
  いくら何でも、想像出来る訳も無かった。

  4重連星系を皮切りに、本格的に宇宙をあちこち調査――いや、放浪?――し始めたG・サジタリアス。
  僕も、訪れた先々で、艦を離れて調査にいそしむ時間が増えた。
  今日も調査に出掛ける事になっていた僕は、格納庫に降りて来た。
  ホーン・ド・コアは、格納庫の上段左右に3機ずつ、艦首側から時計回りに、番号順に並んでいる。
  つまり僕の使っている3号機は、出入り口から一番遠い。
  「よ、っと」
  キャットウォークあしばを伝わず、出入り口近くの手すりから最短距離を飛ぼうと、足を掛けた時。
  壊れたラジオが鳴っているような、妙な音がしている事に気付く。
  辺りを見回すが、6機のホーン・ド・コア以外に、目立った物や怪しい物は見えない。
  気にせず乗り込もうと飛んだのだが、2号機のブース前を通過した時、何かが視界の隅に映った気がした。
  3号機ブースの手前の壁に掴まり、1回転してキャットウォークに降り立つ。
  隣のブースを覗き込むと、ホーン・ド・コア2号機の足元に、何やら丸い物があった。
  先輩もシモンさんも、性格上きっちり片付ける人達なので、ブースの中にホーン・ド・コア本体以外の物が在る時点で、それはおかしいと言って良かった。
  近付いてみると、それはサッカーボール大の、金属質の“たま”だった。
  「……ラジオ、じゃ、無さそうだよね?」
  僕の呟きに反応するかに、それまでピーガー鳴っていたその金属球が、突然黙る。
  そして次の瞬間、球体のあちこちが出たり引っ込んだりし始め――
  「!?」
  遂には、どこかで見たような形になった。
  これは……そう、確かにどこかで見た覚えがあるのだが、思い出すに至らない。
  もどかしい思いに呻いている間に、は、再びガチャガチャと変形をし、球体に戻ると、僕の足元を掠めてゴロゴロと転がってどこかへ行ってしまった。
  ここで、僕は思い出すべきだったのかも知れない。
  だけど、その“二つの事実”は、今の僕には とてもつなげて考えられるようなものではなかった。
  見失ってしまった上に、調査に出掛ける為に ここに居るのだと思い出した事もあり、球体の件は一旦脇に置いておく事にした。
  改めて、乗り込むべく3号機に近付く。
  (……?)
  何だろう、違和感があった。
  だいぶ見馴れた感のあるサーチ・ホーンとは、何か、どこか違うような……。
  「あ、シモンさーん」
  丁度、ホーン・ド・コアの置かれたエリアの隣に、シモンさんが見えたので、声を掛けてみる。
  「おや、レージサン。ドウモドウモ」
  「ええと……。僕のホーン・ド・コア、何か弄りました?」
  「イエイエ、何もしてマセンよ? ワタシ今、新しい機体の組み立て忙しいデスカラ」
  ホーン・ド・コアは、既に6号機まで、予定の全機が完成していた。
  という事は、また性質の違う艦載機が増えるものらしい。
  「ふむ、そですか。うーん……」
  「ン? レージサン、誰か乗せるデスカ?」
  3号機を見下ろしてうなってしまった僕を見上げて、次いで機体を見たシモンさんは、先に違和感の正体に気付いたようだ。
  「え? どういう事です?」
  「コックピット・モジュール、ツインシートタイプになってマスよ?」
  「ああっ」
  言われてようやく、僕も理解した。
  そういう物もあると聞いてはいたけど、僕自身は複座型コックピットを見るのは初めてなので、無理からぬ事とも思うが……それにしても、これは。
  多分、両方を横に並べて見なければ区別が付かないだろうと思える程、単座型との外見上の差が無かった。
  まあ、それはいいとして。
  「でも、シモンさんじゃないとすると、一体誰が……?」
  先輩は近頃、席を外す時間が更に増えていたので、先輩がやった可能性も無くは無いのだけれど、そうすると理由が説明つかないし。
  「…………」
  取り敢えず、呟きながらもキャノピーを開放した所で、思わず固まってしまった。
  後部座席に ちょこんと座っていたのは……美緒さんだった。


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