PHASE_3 「嵯峨 光政という男」

  こんなものか、と区切ってしまうことは、あるいは簡単なことかも知れない。
  ただ、だからと言って、やり遂げなければ、認められ、得る事もない。
  つまづいても、流されながらでも、いいじゃないか。
  後ろ向きだって、悪いことじゃあない。
  人からどう言われようと、一歩がどんなに小さくとも、前に進んでいるなら それでいい筈だ。
  あきらめ切ったことを口にして、それで済んだと思い込むよりは、遥かに。

  「……えー、と。何をしてるノカナ?」
  動揺し過ぎたのか、語尾が裏返ってしまった。
  元々、ホーン・ド・コアのコックピットは かなり狭い。
  宇宙服のボリュームが少なからず あるとは言え、僕ですら、多少身体を押し込む感じになるぐらいなのだ。
  その筈、なのだが、美緒さんが座っている所を見た限り、そんな感じは微塵みじんも無かった。
  もしや、複座型は単座型より広く作られているのだろうか?
  お、っと……いけないいけない、例によって美緒さんの反応が無いので、らちも無い思考に走ってしまった。
  「これから調査に出掛けるんだけど、もしかして、一緒に行くつもり……だったりする?」
  しっかり宇宙服を着込んで、後はヘルメットを被るだけ、の美緒さんが、うなづく。
  ここまで来ると、答えの判っている質問をするのも どうなんだろう、と悩んでしまう。
  いや、それはともかく、彼女を連れて行くのは さすがに気が引けた。
  いくら連れ出して欲しいと頼まれているとは言え、艦内を回ったり、地球で そこらにドライブに行くのとは訳が違うのだ。違い過ぎる。
  (でも、降りてくれと言って降りてくれるかどうか。無理矢理引っぱり出すというのも……。説得できる自信も……)
  一人葛藤かっとうと戦う僕が、まさにオーバーフローしかけていた その時。
  「……へいき。へっちゃら」
  「――!? 美緒さん、今……?」
  聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりのボリュームだったけど、確かに聞こえた。
  いや、初めて聞いた声にも驚いたのは確かだが、それ以上に。
  「君も、、の?」
  抱えたヘルメットで顔を隠してしまった美緒さんが、再び頷く。
  全ての疑問が、氷解してゆく気がした。
  後はもう、言葉を費やす必要は無かった。
  僕等は艦を発進して、目的の場所へ。
  そこには赤色巨星と、全てを飲み込む時空の穴、ブラックホール連星を成していた。
  ブラックホールは、赤色巨星からガスを引き剥がし、吸い込んでいた。
  引き剥がされたガスは、ブラックホールの周囲に円盤状に渦を巻き、降着円盤という状態となる。
  この円盤は、摩擦によって加熱され数百万度という超高温になり、強いX線を放出している。
  また、この膨大なエネルギーは、宇宙ジェットという現象も引き起こす。
  この状態の天体は、クエーサーという名で呼ばれるらしい。
  ブラックホール自体は目に見えないが、赤色巨星と、超高温の降着円盤が可視光を出しているので、目的地を間違う事も無い。
  むしろ、あらゆる波長の電磁波を高出力で放射している為、近付き過ぎに注意せねばならない。
  好適な距離を保って停止し、観測機器をフル稼働させる。
  『レイジ、観測は順調かい?』
  「あ、先輩。ええ、今の所は」
  『ふむふむ』
  「うわぁッ!?」
  てっきりふねからの通信だとばかり思っていた僕は、いきなりヌッ、と外部モニターいっぱいに映ったコスモシャドウに驚いて、け反ってしまった。
  レーダーがあるだろう、って?
  だって、ねぇ。
  地球は遥か数十億光年の彼方なんだし、他に飛行物体が居るなんて思わないもの。
  見てなかったよ……。
  「せせ、先輩!? 脅かさないでくださいってば!」
  「おや、そんなつもりは無かったんだけど」
  今回の観測対象であるクエーサーという天体、どうやら先輩は特に気になっているようだった。
  元々は、自身が調査したいと言っていたのに、これまでの案件は全て、僕がこなしていたのだ。
  まあ、艦載機はともかく艦自体は、先輩抜きには文字通り“ウンともスンとも言わなくなってしまう”ので、仕方ない部分も あるのだが。
  一通り観測作業を終えたが、先輩は今少し残るという事で、先に帰艦することになった。
  「じゃあ、お先に戻りまーす」
  『おう、お疲れ。あんま荒っぽい運転すんなよ? 一人じゃねぇんだからな』
  先輩は いつの間にかになっていた。
  こちらからの映像では、後部席に誰かが乗っていても、向こうのモニターには映らない筈なのだが……しっかり ばれていたようだ。
  「ああっ、いやあの、これは――」
  『お? やっぱ誰か乗ってんのか?』
  「なっ!? カマ掛けたんですかーッ!」
  『わはははは! モテる男は つらいな、レイジ!』((* ̄∀ ̄))
  「ムキーッ!」ヾ(`Д´#)ノ
  反転して、バルカン砲ぐらい お見舞いしたろかっ……と、思ったけれど、既に自動帰還システムを起動していたし、そもそもサーチ・ホーンは、探査機器搭載スペースの確保の為に、ホーン・ド・コア唯一の固定武装であるバルカン砲すら取り外した、非武装の形態だったりする。
  と、美緒さんが後ろから手を伸ばして、くいくい、と袖を引っ張って来て。
  「?」
  かなり硬い宇宙服のせいで、身動きの難しい所、ぎりぎりまで振り返る。
  (……餅つき)
  「へ?」
  しばら〜く、類推してみた。
  (もしかして……“落ち着け”、と?)
  もちろん、頷きで答えてくれる美緒さん。
  ……うん、誰か翻訳機下さい。(0口0;)

  いつもの夢、いつもの部屋――
  いつものごとく画面に見入る先輩と、それを覗き込む御堂さんが居る。
  そう言えば、この夢も もう、何度目だろう。
  目覚めた後には覚えていないとはいえ、夢の中では見馴れた光景になってしまった。
  「今度は何だ?」
  「あぁ、さっきクエーサーに行って来たんだが、ちぃっと思いついた事があってな」
  「ふむ?」
  「新機軸の出力装置が出来そうなんだが、実証試験するにしても、今のままのホーン・ド・コアにゃ積めないんでな、1機、改造しちまおうと思ってる」
  「現状では能力不足だと?」
  「稼動時間が短い。余裕という奴は、持つに越した事はないからな。ほれ」
  先輩の見ている立体図面では、ホーン・ド・コアをシャープにしたようなデザインが、ゆっくりと回転していた。
  図面を睨んだまま、御堂さんの方へタブレット端末を突き出す先輩。
  「ん? ……降着円盤と、そこから放射される宇宙ジェットのエネルギー効率は、50%にも達する、か。核融合でも ほんの数%、核分裂が1%未満なのを考えれば、桁違いどころの話ではないな」
  「だろう? そっくりそのまま、とは行かねぇが、出力比は6倍以上に――」
  「む?」
  突然、先輩が言葉を切り、例の、壁に埋め込まれた水槽の方を向く。
  「完成したか」
  水槽自体は壁の中のままだったが、内部の状態を知る事は出来るようだ。
  「ようやくだな」
  「ああ。さて、そうとなりゃ、さっさと済ませちまうかな。いい加減やらんとな……」
  「掛かるのか?」
  「いや、何分も掛からん筈だ」
  「そうか」
  不思議な やり取りは終わり、先輩が壁を開き、御堂さんが出て行った。
  僕の意識も、そろそろ覚醒の時間のようだ。
  最後に見たのは、前にも見た水槽の中から、こちらを見つめる、目、だった。

  「イヤ〜、やっと完成シマシタよ」
  「シモンさん、お疲れ様です〜」
  その日格納庫へ降りると、僕の姿を見つけたシモンさんが、一仕事終えた満足感をただよわせていた。
  何だか、先輩にコキ使われている感にしか思えないのは、僕だけだろうか?
  ともかくも、僕はシモンさんをねぎらった。
  「フウ。それでは、ヒトヤスミ ヒトヤスミ〜、して来マス」
  言い残して、シモンさんは自室へ去って行った。
  見送り、後に残された僕は、シモンさんの苦労の結晶である、目前の新型艦載機を見上げた。
  確か、大気圏往還用の機体で、名前はデリバリーライナー、と言っていたような。
  さすがに無いな、この名前は……。
  誰が命名してるんだろう?
  直方体、言ってしまえば箱のようなそれは、近い物を探すなら、バス……だろうか。
  と言っても、見た目はバスでも、サイズは縦横共に倍にしたぐらいありそうだったが。
  「おう」
  「あ、え?」
  「デリバリーライナー、完成したようだな」
  他に誰も居なかった筈の格納庫だが、気付くと隣に男が立っていた。
  このふねに、乗員リスト等という物は存在しない。
  ……あったとしても、覚え切れないだろうけど。
  なので、どちらにしても乗員――その数約200人――の顔を全て覚えている訳も無いのだが。
  突然声を掛けてきた この人に、見覚えは無かった。
  「はい。……ええと、あの、どちら様で?」
  「ん? 細けぇコタぁ気にすんな、レイジ」
  いやいや、細かくない、細かくない。
  (……あれ? 今、僕の名前を……それに この人、どこかで?)
  「……やっぱり、俺の顔に見覚えがあるんだな?」
  悪戯いたずらっぽい笑いを浮かべた口から、考えを見透かしたかのような言葉が降ってくる。
  「貴方は――!?」
  一体、と言いかけて、僕は唐突に、思い出す。
  普段なら、目を覚ますと共に忘れてしまっていた、夢。
  夢だとばかり思っていたけれど、この人は、夢の中で先輩達が見ていた水槽の……。
  「どうやら お前さんにゃ、特殊な能力が あるみてぇだな」
  「う?」
  「ずっと見てたんだろう? “俺”と、御堂の やり取りをよ」
  「!!」
  もう間違いなかった。
  この人は、先輩の――
  (第二人格、じゃぁねぇよ?)
  (なっ!?)
  「うん、まぁ何だ。優輝のの、嵯峨さが 光政みつまさってんだ。よろしくな、レイジ」
  「は、い」
  気圧けおされ過ぎて、“その単語”の とんでもない意味が理解に至るまで、随分掛かってしまった。
  「……え。お、や、じ? ……えぇぇぇぇ!?」
  驚いておいてから、もう一度振り返るが、既に嵯峨さんの姿は格納庫に無かった。

  HFドライブでの――厳密には、HFドライブではなく、ディメンジョン・クリスタルの展開に必要なエネルギーが膨大なのだが――消耗を回復する為、G・サジタリアスは、クエーサーを遠目に望む位置に停泊している。
  艦の運行を一手に引き受けている優輝にとっては、束の間の休息である。
  たまには、との思いもあり、奈美と連れ立って展望室に来ていた。
  言葉少なに、艦外映像で、宇宙ジェットを噴き出し続けるクエーサーを見つめる二人。
  「……何だか」
  「ん?」
  沈黙に耐え兼ねたように、奈美が ぽつり、呟く。
  「私達、凄いものばかり見ているのよね。一生掛かっても、本当は見ることの出来ないものばかり。でしょう?」
  「んー。ところがね〜、実を言うと、それほど難しいことじゃあないんだ。ただ見るだけなら、ね」
  「そう、なの?」
  いぶかに返す奈美。
  こんな場所に来られたのは、ひとえに、人智を超えた このふねだから、と、半ば思い込んでいた。
  「このフネは、確かに特別製さ。だけど、今の地球製の宇宙船なら、ここまで来る事は可能なんだよ。もちろん、乗っている人の一生が終わる前に、ね」
  「そんな……。だって、ここはもう、宇宙そのものの果てが すぐそこ という所なんでしょう?」
  「うん、確かにね。でも、計算上は1Gで加速を続ければ、大体2、30年で、ここまで来られるんだ。ただ、止まれないんだけどね」
  「止まれない……?」
  「ん。真空中での機動というのは、意外と難儀なんぎでね。決まった位置で止まるには、同じだけのエネルギーが必要なんだ。つまり、例えば、そう。100光年先が目的地なら、50光年までは加速を続けて、そこから先の50光年は、減速しないと、目的地を通り過ぎフライバイしてしまうのさ」
  水平にした左手を目的地に見立てたのか、優輝の右手人差し指が、その上を通り過ぎていく。
  「…………」(((・ ・;)
  「ちょ、ちょっと難しかったかナ?」
  「え? あ、う、うん。ちょっと……ね」
  言いよどみ、視線をらした奈美の表情は、困惑というよりは、さびしげに見えた。
  「その……な、奈美」
  「!」
  「僕に付いて来た事、後悔してるのかい……?」
  あの親にして、この子あり、なのか。
  嵯峨と同じ事をしているとは、夢にも思わぬ優輝であった。
  「……さっきまで、してた」
  「ッ」
  優輝としては、覚悟の問い掛けだったとはいえ、やはり こういう時の奈美は、率直だった。
  「でも、もう、してないよ」
  「えっ?」
  「いつ以来かな? ……名前で呼んでくれたの」
  「うっ……いや、その……どうにも気後きおくれしちゃって……ごめん」
  「良かった。本当言うと、信じていいのか、迷い始めてたから」
  常の鷹揚さなど どこかへ吹き飛び、たじろぎ項垂うなだれる優輝とは対称的に、き物が落ちたような、晴々はればれとした表情を見せる奈美。
  「はぁ、きついなぁ……奈美は」
  「そう? でも、そこがいいって言ってくれたの、だよ?」
  「うぐっ。それは……。そろそろ、忘れて貰えると有り難いんだけどな、あの時の事……。恥ずかしいんだけど」
  「嫌でーす。絶っ対っ、忘れてあげなーい」
  トマトも負けそうな赤い顔になってしまった優輝に、悪戯っ子のように、舌を出す奈美。
  「ううう……降参させてくれ〜」
  「ダーメっ」
  言葉とは裏腹に、心底楽しそうな奈美なのだった。
 
  ちなみに。
  このやり取りを、その能力で“感じ取って”しまったレイジと美緒が、目一杯空調の効いた それぞれの自室でのは――言うまでもない。

  クエーサーでの探査を終え、星系を離れたG・サジタリアスだったが、今は通常航行していた。
  これまでの航海で、艦体各部に異常が出ていないかを調べる事になったのだ。
  特に、空間跳躍航法、HFドライブを多用した事で、エンジンへ過度の負担が掛かったりしていないか、等が重点的にチェックされた。
  いや、何と言っても、あらゆる項目が乗員の生命に関わる可能性がある。
  その他のチェックポイントだって、おろそかに出来るものなど一つとして有りはしないのだが。
  この一斉大点検の為、先輩達は艦橋かんきょうを出払っていた。
  今、艦橋で留守番をしているのは、僕、美緒さん、そして東条さん。
  「うむ、珍しい組み合わせじゃのぉ」
  「……東条さん。それ、3回目ですよ……」
  「うむっ? す、すまんの。沈黙は苦手でのぅ」
  確かに、音声としての会話は、全くされていなかった。
  だけど、僕と美緒さんは ずっと会話していたんだ。
  そう、例の能力で。
  何を話していたのかって?
  そ、それは言えないな……。
  うん、ダメ、絶対。
  「優輝、終わったぜ。……って、あいつは まだだったか」
  「ただイま戻りまシた」
  「やれやれ。チェック項目が多過ぎるぜ」
  そうこうする内に、点検を終えた人達が、ちらほらと戻って来る。
  労いの言葉を掛けるべく、振り返ろうとした僕だったけど、それを押しとどめようとでもいうのか、制御卓コンソールに注意を喚起する表示が出現した。
  同時に、制動がかかり、艦の速度が落ちる。
  「ぅおっと? 何があったレイジ?」
  つんのめりかけた身体を、座席の背もたれを掴んで留め置くと、嵯峨さんが僕の席まで流れて来る。
  「判りませんが、センサーが艦前方に何かを感知したようです」
  全員が手近のコンソールで状況を確認している中、僕は警告の内容を探る。
  正面の舷窓モニターには、目に見える物は何も映っていないのだが――
  「重力……勾配こうばい?」
  コンソールの表示から、辛うじて読み取れた単語を拾い上げる。
  さすがに、先輩やマセラトゥさんのようには いかないものだ。
  「まさか」
  同じものを見ていた嵯峨さんの表情が、けわしくなる。
  「レイジ、艦を停めろ。主砲用意、真正面で構わん、一発ぶっ放せ」
  「えぇっ? は、はい」
  矢継ぎ早の指示を、何とかこなす。
  G・サジタリアスが逆噴射で速度を殺す間に、一番砲塔が身動みじろぎし、砲身を整列させる。
  間を置かず放たれた閃光が、光の矢となり飛び去った。
  原理は判らないが、明らかに光速度でない以上、レーザーではないようだ。
  突き刺さる物も無い宇宙の闇へ向かって進む光条が、視界から消え去るかに思われた瞬間、光の矢が ぐにゃり、とコースを変えた。
  「な、何だ今の?」
  「流離さすらう時空の穴。って所だな」
  嵯峨さんの言葉は、驚く志賀さんに答えたのか、それとも独り言だったのか。
  数刻の後。
  「軌道計算終了。発射角調整……完了」
  「おし、射出してくれ」
  「特殊ポッド、射出シまス」
  旅客機の翼端灯に似た光信号を発しながら、ミサイルの外殻を流用した、小さな機械が流れて行く。
  「それで、これは一体どういう状況なんです?」
  「あれがブラックホールだってのは、判るだろ?」
  「何となく、そうじゃないかとは……」
  「ありゃぁな、星系に属さず、不定軌道を彷徨さまよう、はぐれブラックホールなのさ」
  「そんなものも あるんですね」
  「なもんでな、衛星軌道に信号弾を転がしといたって訳よ」
  「ブラックホールにも衛星軌道なんてあんのか、おっさん」
  「地球などとは比較にならなイ程 距離が開きまスが、もちろンありまスよ」
  志賀さんの問いには、マセラトゥさんが答える。
  嵯峨さんはと言えば、おっさん言うな! ……と、憤慨ふんがいしていた。(-_-;)


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