PHASE_4 「デイジー・ワールドの予感」

  言葉は、その存在自体が嘘をはらむ。
  発せられた言葉は、大気を震わせる前に虚構きょこうまとい、分子運動であるがゆえごうとでも言うべき、“誤解”をともなって伝わる。
  それは とても気持ちの悪い事だ。
  言葉は入れ物うつわにしか過ぎず、人は、中身を自由に入れ替えて使っている。
  使われるたびに、言葉は虚飾きょしょくまみれてゆき――
  やがて、意味を失くす。

  「いいアイデアだと思うがな? あの辺を回ってりゃ、時間は遅く流れる。中の物の劣化が遅くなるんだからよ」
  「だとしても、ブラックホールをタイムカプセルの埋設場所にしようなんて」
  「よくもまあ、そんな事を考え付くもんだな、おっさん」
  タイムカプセルなんて単語、久しぶりに聞いた気がする。
  どうやら信号弾の中に、何か詰め込んだらしい。
  一体何を入れたのやら。
  それにしても……志賀さん、わざとやってませんか?
  気が付くと、いつの間にか戻っていた先輩が、その嵯峨さがさんの背中を、複雑な表情で見つめていた。
  だけど、無理もないだろう。
  嵯峨さんが姿を現したのは、つい先日の事だ。
  先輩の父親として余りに若い見た目は、わずらった大病を、艦内で冷凍睡眠コールドスリープしつつ治療していた、という理由で、若干強引に納得してもらったのだが。
  僕等はそれで良くとも、先輩にとっては意味合いが異なる。
  父親の顔も知らず、ずっと母子二人という家庭で育ち、20歳にもなろうかという頃になって、突然父親だと言われても……受け入れ難い筈だ。
  先輩の心中は うまく読めなかったけれど、色々な感情が ごちゃ交ぜになっている事は、伝わって来た。
  「おう、優輝、戻ったか」
  「…………」
  嵯峨さんが声を掛けるが、先輩は答えない。
  それは、無視したというよりは、返答にきゅうした、と言う方が正しいのだろう。
  嵯峨さんがガリガリと後ろ頭を掻き、艦橋に微妙な空気が流れる。
  その空気を吹き飛ばしたのは、全く想像だにしない人物の一声だった。
  「あら、あなた。お帰りなさい♪」(^-^)
  「ぅおっ!?」
  「……か、母さん!?」Σ(0口0;)
  先輩と嵯峨さんが、同時に目をいて驚く。
  一瞬、僕も誰だか判らなかったけど、おぼろげな記憶を辿ると、何とか思い出せた。
  先輩の家に何度か お邪魔した時に、会っていた。
  そうだ、この人は、先輩のお母さん、関口 優子さん。
  ……あれ? つまりそれって……嵯峨さんの奥さん!?
  考えるまでもなく当たり前な筈なのに、その二つの事実がつながると、妙に驚いてしまうから不思議なものだ。
  ……いや、ちょっと待って?
  先輩も優子さんも、嵯峨さんに会うの、最低でも20年以上振りなんだよね?
  それで お帰りなさい、の一言、なの?
  おかしくない?
  何かが おかしいよね?(滝汗
  いつもの困ったくせながら、当事者よりも葛藤かっとうしてしまう僕なのだった。
  「乗ってたのなら、何で言ってくれないの、母さん」(;´・ω・`)
  「あら〜、言ってなかったかしら?」(^-^)
  「聞いてないよ!」
  (はい〜?)(゜゜?)
  どうやら、先輩からして知らなかったようだ。
  普通ならば有り得ない状況だろうけど、優子さん、見た通り、常識の通用しない人だから……。
  でも考えてみれば、ほぼ艦橋と自室の往復のみの先輩と、重力ブロックに居たのであろう優子さんがニアミスすらしなかったというのは、判る話だ。
  それ程、このふねが巨大だという事でもあるのだろう。
  「……相変わらずだな、優子」(-_-;)
  「あなたも お変わりなく♪」(^-^)♪
  (通じてねぇ……)
  (母さんマイペース過ぎるよ……)
  二人揃ってガックリと肩を落とす、先輩と嵯峨さん。
  (……この親にして、この子あり?)(^ ^;
  (聞こえてっぞ〜〜、レイジッ)(;¬_¬)
  おっとっと、嵯峨さんにジト目で見られてしまった。(汗
  「そ、それで母さん、艦橋に来るなんて、どうしたの?」
  「あら、そうだったわ。あのね、お部屋の水道が壊れちゃったみたいなの」
  「おう、見てやるよ」
  「助かります、あなた♪」
  名乗り出て、優子さんと連れ立って艦橋を出て行く嵯峨さんは、心なしか、いや、間違いなく照れていた。
  「いや〜、久しぶりに会ったけど、やっぱ お前の母ちゃんキョーレツだな」
  我に返った志賀さんが、疲れた顔の先輩の肩を叩き、初めて会ったであろうマセラトゥさんは、呆気にとられたまま、固まっていた。

  夢を見るたび来ていたせいで、見馴れてしまった部屋。
  だけど、幾つか変わった事がある。
  今まで居た優輝先輩は おらず、嵯峨さがさんが居る事。
  「! 君は……確か佐々木君、だったか?」
  「あ、ど、どうも」
  入って来た御堂さん、そして……、僕が居る事。
  「ユウキ、これは一体?」
  「おう、御堂。まぁ、ちゃんと説明すっからよ」
  振り返った嵯峨さんが、御堂さんに椅子をすすめる。
  長い話に なりそうだった。
  嵯峨さんの、御堂さんに対する、僕の説明。
  だけで終わるかと思いきや、僕に対しても、簡単にではあるが、嵯峨さんと御堂さんの、皆に話していない部分を語ってくれた。
  二人が、文明崩壊以前、つまり20世紀の生まれだという事。
  まるで人間にしか見えない嵯峨さんの全身が、極小サイズの機械の集合体である事。
  御堂さんが、時の旅人である事……等々。
  「お前さんにゃ、アレコレ筒抜けだからなぁ。下手に隠し事しても仕方無かろう?」
  御堂さんはたしなめたさな顔をしていたけれど、何故そこまで? とたずねる僕に、嵯峨さんは笑って、そう言うのだった。
  そして最後に。
  「ウィスパシー能力
  「ウィ、ス……?」
  「お前さんの異能力の名前だ。俺が考えた」
  唐突に何を言い出すのだろう、この人は。
  やはり理解に苦しむ。
  「この能力者を、“ウェイヴ・ウィスパー”と呼ぼうや。どうだ?」
  「ウェイヴ・ウィスパー。……“波動をささやく者”、という事か?」
  「さすが御堂、的確だな。俺の推測じゃレイジ、お前さんの能力は、あらゆる“波動”を感じ取るものだ。知っているか? 現代物理学は、この宇宙は粒子と波動で出来ている、と規定している。だが、その片割れの粒子も、大元は波動なんだ。お前さんは、望めば、この世の全てを見通す事も出来るのかも知れんぜ」
  呆気にとられて、言葉が出なかった。
  余りに話が飛躍していた。
  本来なら個人が一生掛かっても見る事の出来ないだろう、宇宙の あれやこれやを見て来た今となってすら、まだ手に余る規模の話だった。
  「そ、んな事を言われても……。僕には実感も、ありませんし」
  混乱の極みにおちいりながら、辛うじて、それだけ口にする。
  「……だろうな。意図して使えている訳でも無さそうだしなぁ」
  後ろ頭をガリガリとく嵯峨さんに、図星を指され、返す言葉も無い。
  そうなのだ。
  どんな条件、タイミングで発動するのかは、未だに判ってはいなかった。
  もっとも、そんなに常時起動されては、僕の脳細胞がパンクしてしまうというものだが……。
  「さて。俺がふねを留守にしてもいいように、そろそろメインコンピュータに起きて貰うとするか」
  「また、謎な表現を……」
  「ん? ああ、そりゃな、当然だ。G・サジタリアスコイツのメインコンピュータにゃ、俺の盟友ともが組み込まれてるんでな」
  「ご友人が……?」
  少しは判ったつもりになっていたが、やっぱり この人は、僕の理解の外の存在であるらしい。
  「んー、まぁ、これくれぇ教えても いいか? 俺の脳であり、心臓であるコアCQNNコクーンっつうんだがな。規模は違うが、ふねのメインコンピュータも同じモンなのよ。それこそが、盟友のコアなのさ」
  「はぁ、判ったような、判らないような……」
  「その内、嫌でも会わしてやるよ。そうすりゃ判るだろ」
  笑いながらバシバシ背中をはたいてくる嵯峨さん。
  「痛いです……」(X_X;)
  「おぅ? すまんな、どうにも“微妙な匙加減”ってのは苦手でなぁ」
  「気をつけろよ、ユウキ。お前さんの場合、冗談にならん。レイジ君を小間切れ肉に変えるなど、造作も ないのだから」
  「物騒な事をサラッと言うんじゃねぇよ……」( ̄д ̄;)
  本当に冗談のつもりで言っているのか、御堂さんの真意は見通し辛く、どっちもどっちです、とは、さすがに言えなかった。

  「何だ、こいつぁ。まるでデイジー・ワールドだな」
  「デイジー、ですか?」
  「ああ。俺も詳しくは知らんが、大昔の理論に出て来る仮想の世界でな。とある惑星に白と黒のデイジーだけがある、っつう思考実験さ」
  その惑星を見つけたのは、ほんの数時間前だった。
  恒星からの距離、公転及び自転周期、重力、大気組成等、9割がた地球と似通った星のようだ。
  ここまでならば、珍しくは あっても、宇宙全体から見て、可能性はゼロではない。
  しかし、大雑把ざっぱに観測したデータを見る限り、なんと植物が繁茂はんもしているらしい。
  「ついに、地球外生命と遭遇した訳ですね……!」
  「そうなるなぁ。だが、こりゃあ?」
  興奮気味の僕の横で、嵯峨さんは怪訝けげんな表情をしていた。
  「どうしたんです?」
  「まだ、はっきりしたコタぁ言えんが……」
  これも珍しく、要領を得ない嵯峨さんの答えだった。
  「ちょいと用意したいモンが有る。俺も後から追うが、注意はおこたるなよ」
  調査に行く旨を提案する僕に、そう言い残して、艦橋から出て行く嵯峨さん。
  この時は、さして気にしていなかったのだが……。

  先輩は留守番をするとの事だったので、僕と美緒さん、志賀さん、マセラトゥさんが、完成したばかりのデリバリーライナーで、惑星に降下してみる事になった。
  「おや、お出かけデスカー?」
  「シモンさん。今日も組み立て作業ですか? お疲れ様です」
  格納庫上段後方、作業用スペースでは、シモンさんが作業していた。
  毎回必ず見かけるので、ここで寝泊りしているんじゃないかと疑いたくなる程だ。
  「モーちょっとデ完成なのデース」
  言って、振り返ったシモンさんの視線の先には、ホーン・ド・コアの改修機が鎮座していた。
  夢の中、例の部屋で見たような気がする奴だった。
  「ちょっとカッコ良くなってる? シモンさん、これもサーチ・ホーンとかに換装出来るんですか?」
  「ノーゥ。残念デスが、互換性はナッシングなのデス」
  「あれ? そうなんですか」
  「おおぃ、レイジ、行くぞぉ」
  もう少し談議していたかったが、下段にあるデリバリーライナーのブースから、志賀さんの お呼びが掛かる。
  「あぁっと、行かなきゃ」
  「ハイハイサー、行ってラッシャイ」
  「行ってきますー」
  シモンさんに見送られて、下段へ降りる。
  この頃には、先日見かけた おかしな物体の事は、すっかり忘れていた。
  「すまない、待って貰えないか」
  「あれ、オルテガさん」
  デリバリーライナーに乗り込み始めていた僕らに、男が声を掛けて来る。
  酒保のカウンターに陣取るだけあって、乗員のほとんどが彼を見知っている――筈、だ。
  もっとも、オルテガさんにしてみれば、さすがに全員は覚えていないだろうけれど。
  「まだ乗れるだろうか? 私も連れて行って欲しいのだが」
  「定員には余裕がありますけど、また一体どうしたんです?」
  「惑星上に植物を確認したと聞いたのでね、食糧調達が出来るのではないかと考えたのだが」
  僕などは、植物と聞いても、そちら方面の発想には至らなかった。
  でも確かに、太陽系を出て以降は補給する場所も無い為、自給自足でまかなえる食糧に限られてしまっている。
  自給出来ない種類については、備蓄びちくが底を尽き次第、至極当たり前だが食堂のメニューから消えていた。
  好むと好まざるとにかかわらず、酒保の責任者という立場が、オルテガさんを急き立てるのだろう。
  「そうですね。滅多に無い機会ですし、僕も手伝いますよ」
  「すまない、助かる」
  こうして、オルテガさんを加えた6人で、惑星に降り立つ事になった。
  と言っても、嵯峨さんはコスモ・シャドウで、後から来ると言っていたし、実質5人だったが。
  デリバリーライナーに乗り込み、艦を離れる。
  海岸線を選び、惑星に降り立つと、まずは大気組成がチェックされた。
  酸素濃度は若干高目のようだが、やはり、呼吸は可能なようだ。
  僕等は恐る恐るヘルメットを脱ぐ。
  「……ん、ん。はぁ。思ったより、臭いが ありますね」
  「良く似たシダ植物でスが、もシかシたら、地球のものとは組成が違うのかも知レませンね」
  地球の海に良く似た潮の香りと共に、何か……あまり嗅ぎたくはないたぐいの臭気も漂っていた。
  「どうやら、ここにゃ古代植物しか生えてねえようだなあ」
  志賀さんが辺りをざっと見回すが、果実をつける種類の植物は見えない。
  生えているのは、いわゆるシダ植物というものだけのようだ。
  「と、なると……」
  「ああ。食える種類ヤツは、えかもな」
  探す前から、可能性は だいぶ低くなってしまった。
  「それにしても、ロケーションはいいですね」
  「でスねぇ」
  「おぉ、探索済んだらよ、フネごと降りて来て、他の連中にも久しぶりのナチュラルな重力って奴を味わわしてやりたいよな」
  着陸地点周辺は岩盤だったが、海岸線を目で追うと、砂浜らしきものも確認できた。
  空は晴れ上がっていて、心地の良い陽光が照り、時折吹く風が、植物群を撫でて行った。
  耳を賑わす潮騒しおさいをBGMに、カンバスに向かいたい気分になる。
  いや、本格的な絵を描いた事は、一度も無いんだけどね。
  が、そんなアーティスティックな気分にひたる僕の横で、志賀さんは。
  「むふふふ。レイジ、何考えてんだ?」
  「……ハイ?」
  唐突に矛先を向けられても、さっぱり判らないんですが。
  「砂浜見て、美緒ちゃんの水着姿でも想像してたんだろ? スケベ♪」
  「んなっ!? ししししししてません!」
  「そんなに慌てなくてもいいだろ〜」
  志賀さんのニヤニヤが止まらない。
  くっ、こうまで動揺してしまうとは……一生の不覚だ。
  「やはり、動体反応無シ。本当に植物のみの星のようでスね」
  マセラトゥさんのレーダーによる探査が済み、ともかくも一時の休息を終え、食糧に なりそうな物を探す事になった。
  遠く、大気の中にかすむ程の距離には、山地らしき地形も認められたが、少なくとも周囲数十キロは平坦な地形と見えた。
  そこに、見渡す限りの森が広がっている。
  地球でも、太古の時代には数十メートルにもなるシダ類が群生していたと言うが、それらには及ばないものの、10メートル近い個体も散見された。
  「やっぱり、食べられそうなものは無さそうですね……」
  「そうだね。そもそも果実というのは、それを食べる昆虫や動物に、種子を運んで貰う為の機能だから、この星では発生する必然性が無いのだろうね」
  食料品店をあきなっていたから、という訳では無いと思うが、オルテガさんは知識も豊富だ。
  最初の内は、全員が視界の中に納まっていたのだが、気付くと、隣に美緒さんが居る以外、誰も見えなくなっていた。
  多少不安にはなったが、まさか置いて行かれるなんて事は無いだろう、と思い直す。
  動く物は居ないと言われた事もあり、僕の心配は せいぜいその程度だった。
  だけど、その油断が、まさかの危機を招く。
  当ても無い食糧探しに、気分が滅入りかけていた、その時。
  どこか近くで、茂みが がさり、と音を立てた。
  「ッ!?」
  驚いて振り返った、僕等が見た物は――
  出来の悪い冗談だと思いたかった。
  何が起きているのか、全く理解できなかった。
  目の前に現れたは、僕の知る いかなる生物とも違う物だった。
  しゅうしゅう、と、薄気味の悪い音と共に、腐った肉のかたまりのようなそれが、霧状の何かを噴き出しながら、何本ものつたを くねらせている。
  (植物……なの、か?)
  いや、そんな事を考えている場合ではない。
  ない筈なのに、足が、動かなかった。
  「う……っ?」
  動かないどころの話ではなく、何故か、立っている事すら危うくなっていた。
  (これって、あの霧のようなものの?)
  腐った肉のような本体が、粘着質と見える糸を幾筋も引きながら、がばり、と二つに裂ける。
  「! オルテガさん!?」
  半身を腐肉に飲み込まれていたが、確かにオルテガさんだった。
  「……。に、げろ……」
  僕等に気付いたオルテガさんが、そう促すが、既に僕も美緒さんも、足だけでなく身体中の感覚が麻痺しつつあり、逃げるどころか、むしろ、へたり込んでいる状態だった。
  本体の周囲で くねっていた蔦が、ゆっくりと、僕等へ近付いて来る。
  ぼやけ始める意識の中、美緒さんだけでも逃がさなければと、手を伸ばそうとしたが、願いもむなしく、指一本動かなかった。
  (このままじゃ……)
  蔦が、ついに僕らに辿り着き――
  絡め取られ、後は、喰われるだけとなった。
  美緒さんと二人、揃って持ち上げられ、地面から浮き始める。
  (こんな、ところ、で)
  死ぬのか――僕は。
  だが、突然持ち上げる力が消え、僕等は地面に投げ出された。
  「う、あぁっ」
  「生きてっか、レイジ!」
  霞む目を巡らせると、そこには何か――剣?――をたずさえた、嵯峨さんが居た。
  「なん、とか」
  舌も上手く回らず、声もかすれて、嵯峨さんに届いたかは判らない。
  「バカ野郎、無理して喋らんでも、お前にゃアレがあるだろう!」
  (う、っ、そうでした。……! 嵯峨さん、あいつの中に、オルテガさんが!)
  「何だと!?」
  ギリギリ保たれた意識を支え、それだけ伝える。
  けれど、それが限界だった。
  僕の意識は、くらふちへ沈んで行った。
  「……!」
  目を覚ました途端、僕は飛び起きた。
  嫌な夢を見た感覚だけが残っていた。
  どんな夢だったのかは、思い出せない。
  だけど、多分、現実に起きた事よりは、マシだと思えた。
  どうやらここは、デリバリーライナーの中のようだ。
  見回すと、惑星に降下したメンバーが揃っていた。
  ……一人を、除いて。
  「目、覚めまシたか、レイジさン」
  「はい……あの」
  オルテガさんは、と聞きかけたのだが、聞くまでも無い事が判ってしまった。
  能力を使ったわけじゃない。
  そんな事をしなくとも、メンバーの表情を見れば、察しが付いてしまったのだ。
  (助け出した時にはもう、手遅れだった。俺が もっと早く着いていりゃあ、助けられたんだろうが――)
  誰もが押し黙る中、嵯峨さんの思惟しいだけが届く。
  恐らく、デリバリーライナーと速度を合わせ、並行して飛んでいるのだろう。
  (そんな……)
  艦へ帰り着くまで、沈黙だけが、その場を支配していた。

  オルテガさんの お葬式が、しめやかに営まれた。
  遺体も無く、家族も居なかった為に、略式に ならざるを得ない部分もあったが、乗員のほぼ全てが彼を見知っていた事もあり、葬儀には艦の全員が参加しているようだった。
  誰もが沈痛な面持ちで彼の遺影に向かう中、僕だけは、彼をいたむ思いの他に、もう一つ、悔恨かいこんの念に襲われていた。
  彼の一番近くに居たのは、紛れも無く僕だ。
  そして、不確定な情報ではあったが、嵯峨さんからの注意喚起もあった。
  にもかかわらず、僕は自分を、美緒さんを危険にさらし、あまつさえ、オルテガさんを犠牲にしてしまった……。
  事が全て済んでから、何かが出来たのでは、等と考えても、どうにもならない事ぐらい、判っている。
  だけど、判るからといって、そんな納得の仕方が出来るわけもないのだ。
  「くそッ!!」
  いつもの、嵯峨さん達の隠し部屋へ入ると、嵯峨さんが、壁に拳を叩き付けている所だった。
  「落ち着け、ユウキ。如何いかな お前だとて、全能ではないんだ。避けようも無い事もある……」
  「判ってる。そんな事ぁ判ってんだ。だが、俺は また――!」
  御堂さんがなだめるが、嵯峨さんの激情は抑えようもない。
  「嵯峨さん……」
  「レイジ?」
  「すみません……。気をつけろと言われていたのに。僕が、注意していれば――」
  謝る僕に、嵯峨さんの反応は、意外なものだった。
  「いや、少なくとも、お前のせいじゃねぇよ」
  「でも――」
  「おかしな臭いを、感じなかったか?」
  「え? ……ええ、降り立ってすぐ、潮の香りに混じって、何だか嫌な臭いが、微かに」
  何の関係があるのか、妙な質問だと思いつつ、答える。
  「それな、ヤツが発していた、神経を減殺げんさいさせるガスだったよ」
  「それじゃあ、僕達は、着いて すぐから……?」
  「そういう事だ。おそらく、正常な判断が出来ていたのは、降りて何分かの間ぐらいなもんだろう。あの星で正気を保てるは居ない。俺のような存在でもなければ、な」
  それが、気休めの為に言ってくれているのか、事実なのか、僕には判断できなかった。
  少なくとも、言葉一つで降ろせるようなものでない荷を、肩に乗せてしまったのは確かなようだ。
  こうして、惑星デイジー・ワールドにおける、地球外起源生命とのファースト・コンタクトは、最悪の結末を迎えた。
  僕の中に、後悔だけを残して。


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