PHASE_5 「復活」

  批判するというのは、相手をおとしめる事で、自分の見かけの立場を上に見せる行為だ。
  そんな事をしている暇が有ったら、己を高めろ。言葉ではなく行動で示して見せろ。
  くつがえがたい現実をもって、相手を制すれば良いんだ。

――嵯峨達が学生ひとだった頃の、ある教師の言葉

  「ただのラッキーだったんだな……」
  疲れた顔で、志賀が言う。
  第一の神殿で1枚目のキー プレートを手に入れた優輝達だったが、その後 巡った二つ目、三つ目の神殿は空振りに終わり、四つ目の神殿で ようやく2枚目のキー プレートを手に入れたのだった。
  加えて、万事ばんじが体力勝負だった第一の神殿とは異なり、以降の神殿では知恵をためされる局面も多々あり、殊に、湖畔に建つ四つ目の神殿では、広大な空間を細かく仕切り、その小部屋ごとに難解な謎や設問を解かなければ進めないという底意地の悪いもので、一同は心身双方に多大な疲労を溜めていた。
  「うん……。だけど、これで」
  「大変だったねぇ」
  「俺、知恵熱 出そうだぜ……」
  「志賀君、何一つ考えてなかった気がするけど?」
  「うわ、ひっでえ。そりゃないぜ原田」
  「必要な物は集まった。皆、急ごう」
  2枚のキー プレートを揃え、達成感にひたり始めていた一同を、御堂が急かす。
  第二の神殿を攻略した後、一度G・サジタリアスへと戻った一行は、治療の済んでいた御堂と合流していた。
  「どういう事です?」
  「すまない、理由は説明できないが、何か嫌な予感だけが あるんだよ」
  そう言われては、優輝達としても気が急かない理由も無い。
  つい忘れそうになるが、何より、この空間は異常だ、何が起きても不思議ではない。
  一行は少しの休憩を取った後、ばたばたとカーゴ・ホーンへ乗り込み、飛び立つのだった。

  大陸船の動力炉、バベルの塔へと戻って来た優輝達。
  左右の台座に、それぞれ対応するキー プレートをめ込むと、中央の台座、その上面が左右に開き、新たなプレートが現れる。
  「制御鍵板キー プレート、“大地の絆”。まさか、生きて再び、これを目にする事が出来ようとは。感謝するぞ、少年」
  「いえ……。僕等だって、自分達の為にした事ですから」
  言いながらも、プレートを手に取り、扉へ進み出るゴウズ。
  ついに、最後のファクターが揃い、制御室への道はひらかれた。
  差し出されたキー プレートは、ゴウズの手を離れ、扉へと吸い込まれた。
  中央に縦に走った、切れ込みの様な隙間が、ゆっくりと左右へ広がって行く。
  そこは、塔の体積のほとんどを占めていると言ってよさそうな、広大な空間であった。
  中央の上下から、筒状の構造が空間の中心に向かって張り出しており、筒状構造の先端から伸びる巨大な鉤爪かぎづめが、光球を保持しているように見えた。
  不思議な色の光を放つ光球は、さながら変光星の様に明滅を繰り返している。
  「これが――」
  「そうだ。これこそ、緋色の神の力。うつしと言っても良い」
  「これを少し分けて貰い、嵯峨を甦らせる訳か」
  「ええ。でも、一体どうやって、それを実行すれば良いのかが……」
  「取り敢えず、嵯峨のコアを投げ込んで みたらどうかな?」
  「な!?」
  またしても、とんでもない事を言い出すソウマ。
  「いくら何でも適当過ぎるだろ、ソウマさん……」
  「いや……明確な手段が不明な以上、やってみる価値は有るかも知れない」
  志賀が呆れるが、御堂はすつもりのようだった。
  明らかな方策が無い上、それを探している猶予ゆうよもまた、無い。
  確かに、一理ある場面ではあった。
  「それしか、無いのか……?」
  自問自答の様に呟く優輝の肩に、手を置いたのは、優子だった。
  「母さん?」
  「大丈夫」
  根拠は さて置くとして、その一言で心を決めた優輝が、持ち込んだ嵯峨の核を、光球目掛け力一杯投げ付ける。
  すう、と光球へ吸い込まれてゆくCQNNコクーン
  やがて、チリチリと、静電気でも起きているかのような音が し始める。
  それは徐々に大きく、パリパリと、誰の耳にも届く程になって行き、ついには稲妻いなずまのような轟音ごうおんを発するに至る。
  直視できぬまばゆい光の中、嵯峨の核には既に、変化が起き始めていた。
  周囲の あらゆる物質、水分、空気、漂う塵埃、いや、光さえもが、核に吸い寄せられているようだった。
  そのせいで一瞬 奪われた視界が、元に戻った時には――そこに、人の姿を取り戻した嵯峨が居た。
  「……! お、う?」
  「父さん!」
  「やったぜ! おっさんが復活だ!」
  状況を掴めない嵯峨に、優輝達によって経緯けいいが説明される。
  「そんな事に なってたか。良く頑張ったもんだな、お前等」
  「後継者殿」
  「む」
  一同をねぎらう嵯峨の前に、ゴウズが進み出、かしずく。
  「お初に御目に掛かる、私は緋の神を信奉する民の神官、ゴウズ」
  「息子達が世話になったようで。感謝致します、ゴウズ殿」
  対する嵯峨も、自らも片膝を着き目線を合わせると、これまで見せた事のなかった程の、丁寧な対応を見せる。
  「勿体もったいなき お言葉」
  「して下さい。俺は そんな、あがたてまつられるような存在じゃあない」
  「しかし――」
  「“彼”の力を受け継いでいるとはいえ、俺は彼ではない。俺は“俺”ですから」
  「……承知した」
  「また会えるとはな、嵯峨」
  「御堂!? お前は……」
  「足なら あるぞ」
  嵯峨達にとっては、お約束なのだろう、優輝達には判らない言い回しで、請け負う御堂。
  御堂もまた、優輝達の説明に補足する形で、自らの辿たどった経緯を語った。
  「そうか……。何にしても、お前が無事で良かったよ」
  「そして、脱出の目途めども立った、んじゃないか?」
  「“アレ”を もう一度やるのは、あまり気が進まんが……そうも言って いられまい」
  「とにかく、一度ふねに戻ろうよ」
  「そうだな。随分 壊しちまったからなぁ。早く直してやらんとな」
  優輝達と共に、G・サジタリアスへと帰艦した嵯峨。
  「…………」
  だが、再び目にした艦は、嵯峨の最後の記憶にあるよりも更に、見るも無残な姿と なり果てていた。
  あまりの惨状さんじょうに、しばし言葉を失う。
  「お前らァ……こ、こんなにベッコベコに壊しやがってェェ」
  「ご、ごめん。これでも ぎりぎり だったんだよ」
  満身まんしん創痍そういを通り越し、フレームすら歪んでしまったG・サジタリアスふねを見、がっくりと肩を落とす嵯峨。
  「ええぃ、言ってもしょうがねぇ。直すぞ、下がってろ」
  他の者を下がらせると、装甲板に触れる。
  見る間に、歪んでいた艦体が元の平面を、曲面を、取り戻していく。
  裂けていた部分はふさがり、損壊していた箇所も、一瞬で再生される。
  直後、嵯峨を中心として爆発が起こり――
  「うわッ!?」
  起こった、と思った時には、逆再生さながらに、爆光と火炎は嵯峨の中へ吸い込まれていた。
  「……っ。ふぅ」
  「だ、大丈夫なの、おじ様? 爆発してたように見えたけど……」
  「おう。早く直してやりたかったんでな。素粒子段階から分解 再構成したら、核爆発 起こしちまったよ。ちょいと力の無駄遣いだったかも知れんがな」
  「…………」
  その後、大破したブースト・ホーンの回収に向かった先で、違う意味で嵯峨が爆発したのは、言うまでもない。
  主にほこ先が向けられたのは、ソウマであったが。

  ともあれ、山積していた問題は、あらかた解決クリアされ、残る問題は、いよいよ、この空間よりの脱出のみと なりつつあった。
  一行は、大陸船の艦橋に相当する神殿へとおもむく。
  これまで見て来た神殿群と比べると、小ぢんまりとした――それでも地球の平均的な古代神殿よりも大規模な――それは、階段ピラミッド状の外見をしていた。
  昇降機エレベータの類は無いとの事だったので、内部を進み、ひたすら階段を登り、頂上部の部屋へ到達する。
  「ここが、この大陸の航法を司る場所だ。……もっとも、1万年も放置していたのだ、まともに動くかは判らぬが」
  優輝達を招き入れたゴウズが、簡単な説明と共に、諦念ていねんにじませる。
  嵯峨と優輝がチェックを始める。
  大陸船が存在 出来ている以上、動力及び、機能に問題は無い筈だった。
  そうでなければ、航行は ともかく、重力は消失し、大気は散逸さんいつし、そもそも生物の生存できる環境など維持できていない筈だからだ。
  だが、一頻ひとしきいじってみたものの、反応は無い。
  「ふむ……? 何だ? 何か起動キーのようなものが必要なのか?」
  「! まさか?」
  嵯峨の言葉を受け、何かに思い至ったゴウズが、部屋の中央へ進み出る。
  よく見れば そこには、まるで鍵穴のような穴が開いている。
  「無い……。奴等め、こんなものまで奪ったというのか」
  「ゴウズさん?」
  「王の証、“三種の王器”の一つ、錫杖しゃくじょう。それが、この部屋の機能を起ち上げる鍵なのだが……」
  「無い、な」
  「おおぃ、やっと着いたぜ」
  嵯峨が部屋の中を見回すが、それらしいものは無い。
  そこへ、志賀、ウォン、優子、遅れて御堂が入って来た。
  「志賀? 随分 遅かったね」
  「優輝ぃ。おっさんも よう、御堂さん病み上がりなんだぜ? ちょっとは考えてやれよう」
  見れば、どこで拾ったのか、杖を突きつつ、御堂は荒い息を吐いている。
  「ぬ……っ。すまねぇな、御堂」
  「す、すいません、御堂さん」
  「いや……。気に、しないで、くれ」
  喋るだけでも難儀なのだろう事は、見ただけでも判る程だった。
  しかし、御堂の持つ杖を目にしたゴウズの、顔色が変わる。
  「お、お主、どこで それを!?」
  「これかい、じいさん? 御堂さんがキツそうだったんで、俺が探して来たんだよ。途中の脇道に転がってたんだ」
  「…………」
  「うわっ、ゴウズさん!?」
  ふら、とゴウズが傾き、慌てて優輝が支えに入る。
  「す、すまぬな、少年。反乱者共やつらの、余りの不埒ふらちな行いに、目眩めまいが してしまった。まさか、王器を打ち捨てるなどとは……」
  「何にせよ、探し回る手間は必要なくなったな」
  嵯峨が開いた掌に凝集された物質が、T字のシンプルな杖を生み出す。
  「ほい、御堂、こいつと交換だ」
  身体を支えてやりつつ、造り出したものと取り替えた杖を、ゴウズに手渡す。
  受け取ったゴウズが、それを穴へ差し込むと、部屋全体がほのかな光を発し始めた。
  「どうやら問題無く動かせるみたいだね」
  「ゴウズ殿、共にこの空間ここを抜け出すという事で、宜しいですな?」
  「む……。後継者殿、だが、我等は――」
  「ずは ここから抜け出しましょうや。先の事は、それから考えれば良いでしょう」
  「かたじけない」
  「俺が裂け目を造ります。そこに大陸を進めて下さい」
  「判った」
  「優輝、ソウマ、外へ出るまでは、フネ大陸ここに乗っかってるだけだ。お前等も ここで何か手伝っとけ」
  「そのつもりだったよ」
  「判った」
  「っと、そうだった。ゴウズ殿、この大陸船は どちら向きにも進めるのですか?」
  「機動は可能だが、主噴射口メイン・ノズルは ここより南東に」
  「判りました。では北西方向に裂け目を造りましょう。発進可能になるまで いかほど?」
  「機能に問題が無ければ、直ぐにでも」
  「了解です」
  言うや、その場から嵯峨が消える。
  『聞こえているな? 北西の端に着いた。モニタリング出来るか?』
  優輝の持つ通信機に、嵯峨の声が届く。
  大陸のサイズから言えば、G・サジタリアスの現在位置は、大陸船のメイン・ノズルと ほぼ変わらない。
  約5000キロの距離を、一瞬で跳んだ事になる。
  「ゴウズさん、船首付近の映像は見られますか?」
  「少し待て。……確か……」
  記憶を手繰たぐるように、装置の表面に指を なぞらせて行くゴウズ。
  ややあって、正面の壁に、大陸のふちおぼしき映像が映る。
  「映ったよ。父さんは、どこに?」
  『デカ過ぎて位置合わせが大変だな、こりゃあ……。何か目印になるようなモンは映ってないか?』
  「そう言われても……あっ」
  嵯峨に促され、映像に目を凝らしていた優輝が、何かを見つける。
  「どうした、少年?」
  「あれは――」
  優輝が指した部分を、ゴウズが操作し拡大すると、樹木も無く下草すらまばらな、荒涼とした風景の中に ぽつんと、石塔のようなものが あるのが見て取れた。
  映像の拡大率が不明な為、実際の大きさの判断は付き兼ねたが、少なくとも映像に映る範囲に同様のものは無いと見えた。
  「映像の中に石塔が建ってる。これなら どうかな?」
  『石塔、だな? 判った、探してみるぜ』
  程なくして、嵯峨の方でも発見したのだろう、映像の範囲に嵯峨が入って来る。
  「こっちから姿が見えるようになったよ」
  『了解だ。早急に済ませます、合図したら全速で突っ込んで下さい』
  「お任せした」
  石塔を背にし、大陸の外へ向いて立つ嵯峨が、優輝、ゴウズに それぞれ促す。
  だが、それきり動きを止める。
  その背中には、逡巡しゅんじゅんが見て取れるかのようだった。
  次に動いた時、それは既に終わっていた。
  前方の空間に十文字の裂け目が生じたかと思うと、ぐいぐいと、見る間に巨大化して行く。
  「発進する」
  ゴウズの言葉と操作に遅れる事 数瞬、小さな振動が伝わって来た。
  映像の中の裂け目に、大陸が接近していく。
  少しずつ、少しずつ、裂け目へと吸い込まれるようにして、大陸が映像から消えて行き、やがて映像そのものが届かなくなった。
  誰もが息を飲み、言葉を発する事も無い中、恐らくは粛々しゅくしゅくと進行しているであろう、異相空間よりの脱出行。
  大陸級の質量 ゆえに、時間が掛かるであろう事は、事前に予測は していたものの、その場の誰にとっても未知の体験、緊張するなと言う方が無理だろう。
  そのまま、長い時が過ぎる。
  壁面の映像は、艦橋神殿のすぐ外の景色に切り替わっていたが、遂に そこにも、裂け目が映り始めた。
  得体の知れぬものへの恐怖にも似た、緊張感に襲われる一同。
  しかし、そんな思惑とは無関係に、事態は呆気あっけ無く終了した。
  「出た……!」
  一様に明るかった視界が、唐突とうとつに闇に覆われる。
  そこには、久しく忘れていた、星々のまたたきが広がっていた。
  誰からとなく、歓声が上がる。
  「皆、お疲れさん。これでオールクリアだな」
  消えた時 同様、いきなり現れるや、労いの言葉を発する嵯峨。
  「おかしなものだな。あの空間へ落ちるまでは、この様な光景に心 動かされる事は無かったのだが」
  星空を見るゴウズの目には、光る物が見えた。
  「慣れていくものですから、何事にも。それ故、初心 忘るるべからず、という言葉も生まれたのでしょう」
  「そうだな」
  ゴウズから見れば、300年を生きた嵯峨とて、ひな鳥も同然ではあったが、その言葉にはうなづく事 しきりであった。
  「んで、どうだ、皆。しばら大陸ココ厄介やっかいになって行くってのは。いや無論、ゴウズ殿の意思 次第なんだが」
  喜びにひたる一同へ、嵯峨が提案を投げ掛ける。
  「私は構わない。むしろ、君達と共に在りたいとすら思っているよ」
  「いくらデカイっつっても、大陸と比べちゃ艦の中も狭いしなあ。俺は賛成だな」
  他の者も、異論は無い様子だった。
  「んじゃ、骨休めも兼ねて、ゆっくりするとしようぜ」
  艦橋神殿を出、カーゴ・ホーンを街の方向へと向ける。
  G・サジタリアスの横へ着陸し、降り立った一同が一息く。
  「おっし、そんじゃあ――」
  言い掛けた嵯峨の背後、G・サジタリアスふねの向こうで、突如、爆光が弾けた。


STAGE_Y・PHASE_6 目次へ戻る
 
星の涯てのG・サジタリアス TOPへ戻る 今日は もう おしまい