PHASE_4 奸計かんけい

  夢を見ることの出来る者は幸せである。
  夢という気球に乗っていなければ、現実という大海に没するしかないからだ。

  僕も多少、操作系を覚えたので、最近ではマセラトゥさんと共に、先輩の交代要員として、艦橋に居る事が増えた。
  M13銀河ここへ来るまでは、サーチ・ホーンでの探査が主任務だったのだけど、ここはM13銀河人の支配地域、他人の庭である。
  好き勝手に うろつくのも はばかられた。
  もっとも、そんな事 言ったら、この艦そのものが“人の家の庭をウロウロして”いるとも取れるが。
  「んあ? 何じゃい こりゃ?」
  「どうしたんです、嵯峨さん」
  「いぁ、通信っつうか、文書がな、送信されて来たんだが」
  「? 発、オルドス連合、宛――」
  覗き込むと、それは確かに文書だった。
  何故 通信ではなく、文書なのだろう?
  読んでみると、殿でんの助力をう、的な内容のようだった。
  それは いいんだけど……。
  「オルドス連合? とは何ぞや? ってぇ話よ」
  「僕にかれても」
  「……まぁ、そうだよな?」
  二人して苦笑いするしかない状況だった。
  内容自体も随分ざっくりした文面で、詳細も記されて いなかった事も手伝い、嵯峨さんは早々に拒否回答を送信していた。
  ところが、これが後々、小さくない問題を引き起こすと判っていたなら、対応も変わっていた筈なんだ。
  無知は罪、とは誰の言葉だったろう?
  「さてと。量産型の仕上げ、してくらぁ」
  「あ、はい。行ってらっしゃい」
  「一人じゃ寂しかろう? 美緒チャン呼んでやろうか? ……ああ、誰かに呼んで貰う必要も無いか?」
  「ぬぐッ!?」
  いや、実は今まさに話をしていたなんて事は……あったりする訳で。
  しかも、丁度艦橋へ入って来る所だなんて。
  「おう? おや美緒ちゃん」
  「……レイジ、からかっちゃ、だめ」
  エレベータの到着音に振り返った嵯峨さんが、美緒さんを認める。
  嵯峨さんの前まで来ると、その顔を見上げて、ぽそりと、しかし きっちり釘を刺す美緒さん。
  「ぅぇ。……スミマセン」(0_0;)ゞ
  そういえば、優子さんにも頭が上がらない感じだったし、嵯峨さんって、もしかして……。

  嵯峨の返答は、日を置かず、連合首都星に達していた。
  「しかし、はっきりと断って来ましたな。あの様子では、引き込むのは無理でしょう」
  「何、鳴かぬならば、鳴かせるまでよ」
  「と言うと?」
  「先頃、君の所のリー君が、帝国の船を数隻、拿捕だほしたそうじゃないかね」
  「……! なるほど、それを使って」
  「ふふふ……。どう転んでも、我々に与する事になる。いや、そうせざるを得ない状況を創り出してしまえば――こちらの勝ちだ」
  オルドスに集まっている、各星系の……いや、惑星開発公社、各星系支部のトップ達。
  オルドス星系は、M13銀河人類発祥の地である。
  つまり、この星系から他の星系へ広がっていったという事だ。
  その第一惑星が、南天連合の暫定的な首都星となっていた。
  オルドス星系政府、大統領府。その高層建築、60階 会議室――
  ここが、M13銀河を牛耳る者達の巣窟そうくつだった。
  「だがまずは、仕込みを せねばなるまい」
  「仕込み?」
  「我々が、あの船に打診した内容を、それとなく帝国に流すのだ」
  「色めき立つでしょうな、帝国は」
  「それで先走ってくれれば、仕込みは完了というものだ」
  「それならば、数人、心当たりが ありますぞ。からの情報の中に――」
  一人の男が手元で何やら操作すると、壁面スクリーンに何人かの帝国軍 司令官達が表示される。
  簡易なプロフィールも付いている それを眺めた男達は、一人の男に目をめた。
  「ふむ、まさに、打って付けの人材だな」
  「これで、仕込みも完璧ですな」
  「しかり。この二手でチェックメイト、という事だ」

  「ふぅ。っと、まぁ、こんなモンだろ」
  「ヒー……。サガサン、人づかい荒いネー……」
  額の汗を拭う真似をする嵯峨の向こうで、仰向けに倒れ、荒い息をくシモン。
  「文句ゆーな。だがまぁ、お前ぇは良くやってくれてるよ。サンキューな」
  苦笑いしつつ、嵯峨の振り返った先には、新たな人型メカが屹立きつりつしていた。
  「コスモ・フラッパー。完成だ」
  「モーこれっきりにしてホシイネー……」
  満足そうな嵯峨に対して、いかにも ぐったりしているシモンに、更なる試練が降りかかる。
  「んあ? なぁに言ってやがる。まだ終わってねぇぞ? 非武装のシャトル・ホーン、ワーカー分解して3号機、そこまで行って、やっと終了だ」
  「……ノォー……」
  「私も手伝っているのだ、頑張ろうではないか、シモン殿」
  床に べっちゃりと伸び、ヘタっているシモンに、エールを贈るエルセイル。
  いつの頃からか、エルセイルもシモンを手伝うようになっていた。
  「エルセイル サン、タフ過ぎヨ……ワタシ着いて行けないネ」
  「引っ張る側が言う台詞じゃねぇなぁ。しかし、人手が足りんのは確か、か。……ん?」
  格納庫の隅、照明の当たり辛い位置に、何かが あるのを、見つける嵯峨。
  それは、いつぞやレイジの遭遇した、あの球体であった。
  「こいつは? ……おぉいシモン、お前こんなモン作ったのか?」
  「ホワィ? 知らないネ。何でショ? コレ」
  一見して、高度なテクノロジィの産物である事を理解した嵯峨は、シモンに訊ねるが、覗き込んだシモンにも、見覚えは無い。
  「お前も知らんのか? 今の地球で、他に こんなモン作れる奴が居るとは思えんが……どこから紛れ込んだんだ?」
  「サァ?」
  「丁度いい、ちょっくら弄って、人手の足しに すっか」
  ひょい、と持ち上げた球体を手の上で転がしながら、既にイメージが湧きつつある嵯峨だった。
  数日後、球体には簡易的ながら胴、手足が与えられ、人間サイズの人型支援ロボットとなる。
  紛れ込んだ、と表した嵯峨だったが、それは意図した発言ではない。
  だが、その表現は、真理の一端を突いていた。
  それが“何を意味するか”が判明するのは、しかし、まだ先の事であった。

  一旦の休憩を挟む事になり、嵯峨が格納庫上段へ上がって来ると、そこに御堂が居た。
  「御堂。何か用だったか?」
  「ああ。別れの挨拶をしようと思ってな」
  「なん、だと? 第一お前、M13銀河こんなとこで、どこへ行こうってんだ」
  「クーゲル氏のもとへ行こうと考えている」
  「…………」
  「すまんな、世話になっておきながら。勝手を言っている自覚は あるんだが」
  寝耳に水で驚きを隠せない嵯峨だったが、冷静さを取り戻すのは早かった。
  「……ほれ」
  「何だ?」
  嵯峨の投げて寄越した物を掴むと、それはホーン・ド・コアの起動キーだった。
  「6号機の鍵だ。足が無けりゃ、どこにも行けまい?」
  「何も言わず行かせてくれるのか?」
  「言えねぇよ。お前だって、俺が巻き込んだようなモンだからな」
  それは、ふねいざなったという事だけでは、ない。
  そもそも、20世紀に生きていた御堂が、23世紀の現在いまに存在する“異常な事態”の切っ掛けを作ったのも また、嵯峨だったからだ。
  「そうか。だが、これだけは言っておくぞ。後悔など、していない。ここに居るのは、自らの意思だ、とな」
  「……おう。達者でな」
  「お前さんも、無茶は するなよ」
  「確約は出来ねぇな」
  そこで やり取りは終わり、御堂は去って行った。
  心に開いた穴は、これで幾つ目だろうか。
  らちも無い物思いに沈む。
  だが、そんな時間すら、嵯峨には許される事は無い。
  艦内を満たした警告音に、嵯峨の足は、意思の命ずる前に動き出すのだった。

  嵯峨が艦橋に戻り着いたと同時に、通信が繋がる。
  レイジ達と交代して艦橋に居たのは、マセラトゥと志賀だった。
  『見つけたぞォォ、連合の犬めぇ!』
  「ぬっ? 誰だ貴様」
  『連合に尾を振った犬如きがッ! 人の様な口を利くんじゃない!』
  何の前触れも無く、モニターに大写しになった男は、暴言の極みを尽くしていた。
  「…………」
  押し黙る。が、それは気圧けおされたからではない。
  既視感デジャヴ奔流ほんりゅうあらがっているのだろう。
  それだけ“あの男”のインパクトが強かったという事か。
  『出し惜しみなど せんぞォ。おいッ、例の奴を見舞ってやれ!』
  『司令!? 開戦も していないというのに、そのような……』
  『これは戦争ではない! 危険因子の排除だ! カスの如き余所者が、連合に すり寄ろうとしているのだぞ! 撃滅すべきなのだ!!』
  いや、訂正するべきか。
  狂っていた。それも、ギルボガルハなど問題に ならない程に。
  『撃ち尽くす つもりで撃てッ!』
  確かに、上下関係というものは、人間関係を保つ意味において、一定の効果を持つ。
  だが、それは無論、万能の方策ではない。
  例えば そう、 などだ。
  案の定、命令は実行される。
  レーダー上では、艦隊から無数の光点が分離し、一斉に こちらに向けて移動を始めていた。
  「推定、大型ミサイル。多数、来まス!」
  「ど、どうすんだよ、おっさん!?」
  「ほっとけ」
  マセラトゥが報告し、焦りが声に乗る志賀に、涼しい顔の嵯峨の反応は、馴染みとなった、理解に苦しむものだった。
  「ほ、放っとけって……」
  「まぁ何だ、G・サジタリアスコイツが どんだけの代物なのかをよ、見とけって」
  不敵な笑みを崩さない嵯峨。
  志賀が、嵯峨の顔とレーダーの反応を交互に見比べている間も、見る間に距離は縮まり、艦外映像に映り始める、大型ミサイル。
  突然、漆黒の宇宙空間に溶け込むようにして、ミサイルが消失した。
  「うっ、ミサイルが?」
  「転移ワープミサイル、か」
  二人が同時に嵯峨を振り返るが、特に変わった様子は無い。
  G・サジタリアスこちら側が、何かをした訳ではなかったようだ。
  数秒の後、艦の後方で、突如 無数の爆光がはじけた。
  「アホか。ディメンジョン・クリスタルは、言わば転移空間をまとっているようなものだぜ。如何いかに転移ミサイルといえど、効果は無いってぇの」
  「……なンとも」
  「……はー」
  へなへなと、腰砕けになる二人。
  「でも嵯峨さン。まったく弱点がなイとは、言えなイのではなイでスか? どんなものにも、必ずウィークポイントは あるものじゃなイでスか」
  「そうだな。超技術の集積回路みてぇな この艦と言えど、物理的に存在するモンだからなぁ。強いて挙げるとすれば――二つ程、手が無い訳でもない」
  「そうなんか?」
  「ああ。先ず一つは、ディメンジョン・クリスタルそのものを、中和、もしくは無理矢理ぶっ壊す。……ま、こりゃ無理だろうがな。直接触れるか、よっぽど近付かない限り、そんな真似は出来んだろうし、やろうとしても、近づく前に撃ち落とされるんがオチだ」
  「うぅン。で、もう一つは?」
  「今一つは、こりゃ結構単純だ。内部で一発ドカン! ってヤツさ」
  「そ、そりゃ。これ以上ない有効打に なりそうだな」
  「だろ?」
  「どちらかとイうと、後者の方が可能性が ありそうでスね」
  もちろん、向こうが考えつく可能性が、という意味で言ったのだが、嵯峨にとっては予測の範疇はんちゅうだったようだ。
  「ああ。出入りのチェックは入念にする必要が ありそうだな。万が一にも やられちゃ、そこでオシマイだしな」
  ミサイルが弾切れを起こしたのか、攻撃は艦砲射撃に切り替わっていた。
  無論、実体弾が光学兵器に なったからといって、G・サジタリアスには傷一つ付く事もない。
  しかし、全く効果が無いと判って尚、帝国艦隊からの砲撃が止む気配は無い。
  「さて」
  「おっさん? どこ行くんだよ」
  「無視しっぱなしに しといても黙りそうもねぇんでな、ちぃっとシバいてくらぁ」
  「嵯峨さン!? シかシ そレは――」
  「何、やり過ぎたりゃあ しねぇよ」
  心なしか、ステップも軽やかに、嵯峨は艦橋を出て行った。
  何分もせぬ内に、コスモ・シャドウが発進して行く。
  『ハハハハ! 出て来たな! この艦の装甲は新開発されたラミネート アーマーだ! ビーム兵器など通じんぞ!』
  「はァん? ラミネートがナンボの もんじゃい。第一、コスモ・シャドウコイツにゃビーム系の武器なんざ積んでねぇよ」
  G・サジタリアスへ向けられていた砲撃が、コスモ・シャドウへ集中されるが、やはり掠りもしない。
  ただし、弾道コースとしては直撃し得るものであり、少なくとも兵の練度は高い事がうかがえた。
  とはいえ、如何いかんせん相手が悪過ぎた。
  G・サジタリアス同様、直撃コースを取っても、コスモ・シャドウを すり抜けるだけであった。
  『ぐ・ぐ・ぐ……何なのだ、コイツ等は!? 一体何者なのだ!』
  「喧嘩売るなら、相手を見て売れと、教わらなかったか?」
  ライフルを構えるコスモ・シャドウ。
  だが、何かを躊躇ためらったのか、一旦は構えたライフルを下ろしてしまった。
  『おっさん? どうかしたのか?』
  「いや……。この角度からコイツで撃つと、加減がな。仕方ねぇ、ブン殴るか」
  とんでもない事を呟きつつ、とうとう、ライフルを膝の保持機構に留め、無手に してしまう嵯峨。
  次の瞬間、帝国艦隊とG・サジタリアスの間の空間から、コスモ・シャドウの姿が消えた。
  『ぬううッ、どこへ――うおおおッ!?』
  未だ通信の繋がっていた艦橋では、相手の映像が激しくブレていた。
  どうやら本当に、あの巨大な軍艦を“殴った”らしい。
  『な、何が起きているのだ!?』
  『司令! メインエンジンが……破壊されました!』
  『何だとおお!? い、一体どうやって――』
  『そ、それが……あの巨人が突然直上に現れて、文字通り鉄拳を一撃したようなのです』
  そこで、ブツリと通信が途切れ、G・サジタリアス側からは状況が掴めなくなった。
  「……どこまでもトンデモだな、あの おっさんも。さすが、優子さんのダンナだぜ……」
  「そ、そうイう問題なのでシょうか?」
  呆気に とられるしかできない、艦橋の二人であった。
  『おおおお!? おのれぇぇぇェェ!!』
  その一方で、まだ通信の繋がっていたコスモ・シャドウには、艦隊司令の男の絶叫が木霊していた。
  「ああウルセェ」
  無造作に通信機能をオフにすると、嵯峨はコスモ・シャドウをふねへ向け、帰艦するのだった。
  推進機能を失い、漂流艦となってしまった旗艦を見てか、はたまた指揮系統が混乱したのか――砲撃は既に止み、G・サジタリアスのレーダーから艦隊の光点が消えるまで、一発の砲火も飛んでは来なかった。

  帝国軍との悶着もんちゃくの あった翌日。
  艦橋には、マセラトゥと志賀に代わり、東条と優輝が居た。
  「ん? これは……。東条さん!」
  「む。何か あったのかの?」
  「連合から、通信文で、会見の申し込みが」
  数日前 同様、宛名はオルドスだったのだが、優輝は“連合”という部分のみで判断したようだ。
  本来であれば、これが正しい判断なのだろうが、先日の事が あっての今日では、かえって事態を悪化させるだけであった。
  とはいえ、当人達には知る由も無い。
  レイジ達は、取るに足らない事として、報告していなかったからだ。
  志賀達からの、帝国の一部隊に絡まれた、という報告しか受けて いなかったのである。
  「父さんは、クーゲルという人は信用出来ると言ってましたけど……志賀の話を聞いた限りじゃ、帝国そのものを信用するのは危険なんじゃないでしょうか?」
  「そうじゃの……。連合の方は、戦おうという訳でも無いようじゃし、会見ぐらいならば、受けても構わんのではないか?」
  「じゃあ、そう返信しておきます」
  「頼むの」
  時を置かず、会見の場所、日時が指定された通信文が返ってくる。
  「早いのぅ。有能な政治家がるのかの」
  「そうですね。それで、誰が行くんです? 僕でも構いませんが」
  「うむぅ。儂が行こうと考えておるのだが、どうじゃろうか?」
  「東条さんが? ……確かに、会談というものはトップ同士で するものでしょうけど。それなら、僕が同行しますよ」
  「いやいや。儂一人で充分じゃよ」
  「えっ。でも、東条さん、足を操縦しないと ならないんですよ?」
  「ふふふ、舐めて貰っては困るのぅ。実は密かに、艦載機の操縦を特訓しておったのじゃよ」
  「……まさか、実機を操縦したいだけ、なんて言いませんよね?」
  「…………」
  ジト目で視線を投げ掛けて来る優輝に、うっかり黙ってしまう東条。
  「東条さん……」
  「さぁ、出掛ける仕度でも するかノゥ」
  裏声になってしまった言葉尻にも気付かなかったらしい。
  今すぐ出発する訳でもないというのに、そんな事を言いながら、艦橋を出て行ってしまう東条だった。
  「あっ。逃げたな……。まったく。仕方の無い人だなぁ」(-_-;)

  それから数日が経過する。
  この間は、ぽっかりと穴でも開いたかのように、何事も無かった。
  艦の中での事であれば、コスモ・ワーカーを戦闘にも耐え得る仕様に変更した、コスモ・フラッパーが完成したり、居住性を改善した、ホーン・ド・コアの移動専用仕様が完成したりしていたけど。
  「先輩、交代しますよ」
  「ん、ありがとうレイジ。頼むね」
  艦橋に入ると、そこに居るのは先輩一人だった。
  「東条さんは また ぐっすりですか?」
  僕は振り返り、相変わらず空席の艦長席を見遣る。
  「いや、連合から会談の申し込みが あってね。今 出掛けているんだよ」
  「えっ!? 一人で ですか?」
  「うん。どうかしたのかい?」
  何で一人で、と聞いたのかと言えば、何となく東条さんが動くなら、先輩を連れて行きそうな気がしたからだ。
  そして、それが肯定された事で、形の見えない不安が押し寄せる。
  「いえ……。大丈夫なんですか?」
  「? どういう事?」
  「志賀さんから聞きました。“帝国のギルボガルハ”と遭遇したって。そりゃ、どこにだって、良い人悪い人が居るのは判りますが、それなら連合も同じなのでは……」
  「……そうだね。そうかも知れない。でも、同盟を組むとか、まして参戦するだとか、そういう話ではないと思うから」
  「だと、いいんですけど」
  先輩だって疲れも溜まっている筈だろうと気付いたのは、一通り会話が済んでからだった。
  「あっ、すいません引き留めて。ゆっくり休んで下さい」
  「ははは、心配される程、疲れている訳じゃないよ」
  更に言葉を重ねている間に、結局先輩は艦橋を出損ねる事になってしまう。
  通信システムが呼び出し音を立て始めたのだ。
  「おや? はい、こちら艦橋」
  本来なら僕が応答しなければ いけない所だったが、反射的になのか、先輩が出てしまった。
  『こちら格納庫、ホーン・ド・コア4号機だ。発進許可を貰えるか?』
  「シャマ君。慣熟訓練かい?」
  『ああ。今日はエルセイルさんにも手伝って貰って、模擬戦を するつもりなんだ』
  「そうか。気を付けてね」
  『……ありがとう。行って来る』
  「いつの間に――」
  通信が切られた事を確認してから、僕は切り出した。
  「ん? シャマ君の事かい? 彼も頑張ってるよね。この数日ずっと訓練漬けだよ」
  「そうだったんですか?」
  「出来れば、出番など無いのが最善なんだろうけど……。何か あってからでは遅いから、と、ね」
  心なしか、先輩の顔色は優れない。
  この間の出来事から、先輩が心底争い事を忌避きひしているのはうかがえた。
  でも、何故なのだろう?
  余程の事が無ければ、あんな反応は しないと思うのだが……。
  艦外映像に映る、発進して行くクエーサーホーンとシザー・ホーンを横目にしながら、僕は そんな事を考えていた。
  人の言動には理由がある。
  どんなに奇異に映っても、そこには、その人なりの。
  そりゃあ そうだろう。
  何を、いつ、どこで経験したか。
  どんな人と、どんな交流があったのか。
  人の物の考え方を決定付ける要素は、数え出したら きりが無い。
  “判ろうとする”事は出来ても、“判る”筈もない。
  「ああ、東条さんが帰って来たよ」
  「――!?」
  物思いの淵から現実へと引き戻され、正面へ向き直った僕の目前で。
  それは、あっという間の出来事だった。
  小惑星の影から現れた十数機の、帝国のものと思われる戦闘機が、東条さんの乗ったホーン・ド・コアを取り囲んで、銃弾とミサイルの雨を浴びせた。
  音も無く、爆発、四散するホーン・ド・コア。
  先輩も僕も、声を発する事も ままならず、凍りつき、目を疑った。
  理解に、時間が掛かっているのではない。
  目で見た光景ものを、頭が、理解する事を拒否していた。
  一体何が起きて?
  何故 帝国軍が?
  何故 僕等を?
  『何故』という言葉が、湯水の様に湧いて来る。
  もちろん、それに答えをくれる存在は、無い。
  湧いたら湧いた分だけ、こぼれ落ちていくだけだった。


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